第30話:もどってきたんだ

 ナイショにするはずが、ナイショにする前からもうバレてたなんて…。

 茉奈まな埋橋うずはしさんが仲良くなっててよかったわ。

 もし今も茉奈と仲が悪かったらどうなってたことか…。

 まさか他にも聞いてた人、いないわよね…。もしいたら完全に終わるわ。

 数日様子を見て、噂が立たなければ誰も聞いてなかったと考えていいわね。

 万一知られていたら、すぐに噂が広まるはず。


 幸い、埋橋さんはひかるに興味はなく、ナイショにしてくれるということだった。あたしの色恋沙汰を楽しむ茉奈は言うに及ばず。

 埋橋さんは、弓の手入れをしていた時点で他に弓道部員はいなかったということだから、少なくともそっちの心配はなさそう。

 このこと、輝に言うべきか…言わざるべきか…。

 うーん…黙っておくか…余計な心配をかけるだけだろうし。


 放課後になっても特に騒ぎになる様子はない。

 輝の追っかけも、試験期間だから数こそ少ないけど、まだ相変わらずいた。


 ピンポーン


 LINEメッセージが届いた。

 輝からだ。

『相変わらず女子に囲まれてる。彩音から見ていてあまり気分が良くないと思うけど、僕たちの関係は内緒だから我慢してほしい。本当は二人で逢いたい』

 ほんと、相変わらずよね。マメなところも。

『わかってる。あたしも逢いたい。けど試験期間だから、今はお互い勉強に集中しようね』

 と返した。

 すぐにOKのスタンプが貼られた。

 思わず顔がほころぶ。


 まっすぐ帰って、試験勉強を始める。

 そして夜になる。


 ♪♪♪♪


 ふと、携帯に着信が入った。

 輝だ。何か用かな?

「こんばんわ、輝」

「勉強中だったかな?」

「うん、でも一区切りしてるわ。どうしたの?」

「いや…用というか…」

 何やら口ごもってる感じがした。

「もしかしてあたしの声を聞きたくなっちゃった?」

 からかい半分で言ったつもりだったけど

「…………」

 沈黙する輝だった。

 え?

「まさか当たっちゃった?」

「そうだよ、悪いか?」

 恥ずかしそうな声色で答える。

 かわいいっ!

 輝をこんなにかわいいと思ったのは初めてっ!

 これまで恋人感覚が全然湧かなかったけど、急に輝を近くに感じてしまった。

「ううん、とっても嬉しいっ!」

 あたしも輝の声を聞きたかった。

 離れていても心はつながってるって思える。

「よかった」

「そういえば紘武ひろむのことなんだけど、どうして今までずっとあのことを黙ってたの?」

 あたしはこれまで持っていた疑問を投げかけてみる。

「あいつとは幼稚園からの腐れ縁でな、あの件は今まで僕に起きたどんな事件よりも衝撃だったらしい。察したあいつは、僕がまたあんな状態にならないよう、絶対に内緒とする事件として胸の奥にしまったんだ」

 それほどショックだったんだ…。

 でもあたしには話してくれた。

 そこまで認めてくれた以上、あたしも中途半端な気持ちで輝と向き合っちゃいけない。真剣に付き合わなきゃ。

「そうだったんだね。颯一そういちは?」

吉間あいつについてはよくわからん。何かあるはずだけど、僕に心当たりはない。同じ中学だったというだけだ。何かと突っかかってくるけど、あまり取り合う気はない」

 重要な場面で試した立場から思ったことだけど、颯一の優しさは本物。

 それは自信を持って言える。

 けど部活の中でも、やけに輝への対抗意識を燃やしているのはわかった。

 電車の事故で輝が入院した時、病院でもやけに輝へ対してはやけに恨みがましい様子だったことだけは覚えている。

 いつの日にか、颯一とも向き合わなきゃダメかもしれない。

 その後は何気ない会話をしていた。


「それじゃ、おやすみ」

「おやすみ。彩音」

 幸せな余韻を残して、電話を切る。

 今は輝と付き合ってることを知られるのはまずいから、表立ってイチャイチャはできない。

 けど、あたしは最初女の子をとっかえひっかえするチャラ男と思っていたし、女の子とデートするのは珍しいことじゃなくて普通のことだから、手をつないだり抱き合ったりしなければ、なんとでもごまかせそう。

 スキンシップが無いのは寂しいけど、半年のお試しとはいえ輝の特別になれたのが何よりも嬉しい。

 それくらいは我慢しよう。


「ね~彩音は試験勉強してる?」

「あんまりできてないわ。手芸部がてんやわんやだったから」

 実際に文化祭が始まるまではほとんど部活にかかりきりだったから、いつもよりは勉強できていない。

「そういう茉奈はどうなの?」

「聞かないでって感じ」

 と言いつつ、茉奈は毎度試験結果上位の常連だったりする。

 あたしは上の下というところ。

 一度でも一科目でも赤点を出すようなことがあったら、部活を辞めて勉強するつもりでいる。

「あたしは本当にまずいかも…」

 埋橋さんが話に入ってきた。

 顔を半ば青ざめさせている。

「一学期の試験はどうだったの?」

「二科目で赤点…」

「ということは補習だった?」

「うん…幸い交流試合はかぶらずに済んだけど」

 学校の屋上から火矢を放って校庭の薪に着火させられる弓の腕でも、試験には弱いらしい。

 ちなみに赤点は100点満点中の30点未満と決まっている。

 平均点の三分の一、という流動的なものではない。

「茉奈に教えてもらったら?彼女は上位の常連よ」

「ちょっ!彩音っ!?」

「良いのっ!?」

 食いつく埋橋さん。

「そ~ゆ~彩音だって点は悪くないでしょ?」

「勘弁してよ。文化祭の準備でほんとに勉強できてないんだから。今から人に教えてる余裕なんて無いわよ」

 結局、茉奈が教えることになって落ち着いた。


 それにしても茉奈、すっかり埋橋さんと仲良くなってる。

 元々埋橋さんが仲良くしたくて茉奈に近づいたけど、茉奈が苦手意識出しちゃったことが発端だから、茉奈の態度次第ではあったんだけど。

 今の所は埋橋さんだけと仲良くしてるけど、少しずつ埋橋さんの友達とも打ち解けはじめてるように見える。


 数日が経ち、試験を明日に控えてるけど、あたしと輝の噂は特に立つ様子がなかった。どうやら他の人には聞かれてなかったらしい。

 心底ホッとした。

 それでもあたしにはわかっていた。

 こんなのは単なる時間稼ぎ。

 いずれは輝との関係はバレる。

 その時にいつから付き合い始めたかを追求される。

 嘘はつきたくない。だからぼやかすか、言わないかのどちらかだろう。

 どのみち輝の追っかけ達とは対立することになるのだから、少しでも不利な状況にすることは避けたい。


 試験期間でも、夜は輝と少しの時間だけでも電話をしあっている。

「こんばんわ、輝」

「今日も声が聞けてよかった」

 いつも追っかけ達が周りを囲んでいるから、あたしは下校の時も輝の側にいられないでいる。

 おまけに内緒にしておくためには、あまりベタベタしてると怪しまれる。

 こうしてお互いに付き合ってることを確かめる手段が、家に帰ってからの電話というわけ。

「今は仕方ないと思うけど、いつまで隠しておこうか?」

「お試し期間は伏せておきましょう。最初からそういう話でしょ?」

「そうか…僕は早く公認の仲になりたいけど、彩音のことは心配だからな」

 計算高い輝は、付き合ってることを明かした後に何が起きるか、全部わかっている。

 その上で周囲に認めさせて、あたしを守ろうとしているんだ。

 何気ない会話をして、電話を切る。


 長く感じた数日が過ぎた。

 緊張が張り詰めた試験も無事終わり、自己採点も上々。

 今日の五限が試験の最後で、今日から部活が始まる。

 部活…そうか…これでカーテンを作ったら輝は辞めちゃうんだよね。

 顔を見る時間は少なくなっちゃうな。


 スラッ


 軽い音を立てて手芸部室のドアを開ける。

「テストお疲れ様」

「部長もお疲れ様」

 まだ部員は揃っていない。

 クラス別に割り当てられている掃除があったり、用事があって帰る人もいる。

 退部の挨拶については文化祭の片付けで済んでるから、改めて言う必要もないというのが部長の判断だった。

「それじゃカーテン作り始めるね」

「よろしく」

 文化祭前までは仕上げる日が決まっていたから、輝が制作監督を務めていたけど、今はもう自由に活動していい状態になっている。

 輝に代わって今後はあたしが旗振りをしていくわけだけど、文化祭前と違ってキツい課題を出すつもりはない。

 課題を厳しくした理由は、文化祭に備えてのことだったんだから。

 そういう意味では輝に感謝しなきゃね。

 ここまであたしの理想とする手芸部の下地を整えてくれたのだもの。

 輝が退部しても、あたしはやっていけそう。


 布を広げて、採寸を開始する。

 この布にも思い出がある。

 冷たい態度で寂しい思いをして買ってきて、日が沈んでからここへ置きに来て、その時だったわよね。

 紘武は輝が女の子と付き合わなくなった過去を教えてくれて、紘武がお試し交際を提案して、そのままあたしは輝と付き合うことになった。

 けど、それを弓の手入れで遅くなった弓道部の埋橋うずはしさんに全部聞かれてしまった。

「彩音さん」

「なに、どうしたの?」

「なにか手伝いましょうか?」

 部員の一人がそばにいた。

「カーテンは縫えるかしら?カーテンフックをつけるヒダが必要なんだけど」

「文化祭を乗り切ったんだから、それくらいできるわよ」

 輝を追いかけて入部してきたあの頃が、もう懐かしくすらある。

 とても頼もしい部員が育ったのも輝のおかげ。

「それならお願いするわ。この切った布をこのとおりの仕上がりサイズにしてくれる?」

「わかったわ」

 布を受け取り、ミシンに向かう。


「あのー」

 しばらくしてさっきの部員が来た。

「どうしたの?」

「ヒダのところはどうやって折るの?」

 ガクッ

 さっきは大見栄を切っていたわりに、これだった。

「カーテンならそこの窓にかかってるから、それを参考にするといいわ」

 別に意地悪したいわけではない。

 見様見真似みようみまねでやってみることの大切さを考えてのこと。

 できあがってるものから、どう作るのかを考えると、二度と忘れないというのがあたしの経験から言えること。


「カーテンフックまで手が届かなーい!」

「美術室に脚立があるから、それを使えばいいわ」

 あたしは構わずに布の裁断を続ける。

 切る段階で間違えると取り返しがつけにくいから、これはあたしがやっておきたい。

 気がつくと部員がだいぶ出てきていて、カーテン作りを手分けしていた。

 輝もやってきて、一緒に縫い始めている。


 久しぶりね、このまったりした感じ。この空気感は一年の頃を思い出した。

 輝が入ってきて、部員が増えてすぐの頃は疎外感。

 文化祭の準備はほとんど戦場のような張り詰めた空気だった。

 やっと落ち着いて部活に専念できる。

 輝がやってきてめちゃくちゃにされた手芸部だけど、輝がしっかり責任を取ってくれたんだ。

 そういう意味でも、もう輝を引き留めることはできない。

 これが輝と過ごす最後の部活…。

 刻一刻と、その時間が迫っている。

 一枚、また一枚、カーテンができあがり、取り付けに出ていった。

 もう夕方でも日が落ちている。

 そしてあたしが縫っているカーテンが最後の一枚。

「それじゃカーテンつけたらそのまま帰ることにするよ」

 そう言って、輝は白いカーテンとカバンを持って部室を出ていった。

 あたしはまだもうひとつのカーテンを縫っている最中だから、追いかけることはできない。

 また電話すればいいかな。

「うん、お疲れ様」


 スラッ…トン


 ドアが開閉の音を立てて、輝はドアの向こうへ姿を消す。

 そっか…カーテンが全部つけば輝は退部する。

 けど、あたしは輝がいなくてもしっかり部活を回していくって決めた。

 幸いにも部員からアヤアヤ呼ばわりされていた空気は無くなった。

 颯一のことはちょっと扱いに困るけど、一人の部員として接していこう。

 最後のカーテンを縫い終わり、つけに行くため部室を出る。

 脚立を使ってカーテンフックを一つ一つ引っ掛けていく。

「よし…終わり」

 夕闇に包まれた教室を後にして、あたしも帰ることにした。


 翌日の放課後


新宮しんぐうさん、もう来ないんだよね…」

 部長が寂しそうにつぶやいている。

 輝とは、何度も電話したけど退部については何も話してなかったよね。

 部員は幸い、ほぼ全員が残ってくれることになったけど。

「そうね…寂しくなるわね」


 スラッ


 ふとドアが開き

「何しけた顔してるんだ?ふたりとも」

『えっ!?』

 そこには輝が立っていた。

 ここには用事が無いはずの輝が。

「輝、もう帰宅部じゃ…?」

 慌てて立ち上がるあたしの目の前に一枚の紙が、輝直筆の退部届が広がる。


 ビリィッ!


 それが左右二つに引き裂かれて、輝の顔が飛び込んでくる。

新宮しんぐうひかる、退部を取り消します」

 ぱあっとあたしの顔がほころび…

「輝っ!」

 感極まったあたしは、思わず輝の胸に飛び込んでいた。

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