第25話:やっとおわった

 文化祭の一日目が無事終了した。

 日が傾いている今、次々に校庭から外へ向かって人影が流れていく。

 衣装についてはもう問題は起きないかな。

 手芸部室に行き、ひととおり部員が集まってきた。

「それじゃみんな、文化祭一日目お疲れ様。明日は一般開放なので今日の疲れを残さないようしっかり休んでね。それじゃ解散!」

 部長の号令とともに部員が一斉に帰り始める。

 ひかるの顔が浮かない感じだったけど、何かあったのかな?


 手芸部は完成済み作品の展示だけで、後は全校に提供した衣装くらい。何かあったら文化祭の最中でもすぐに連絡するよう言っていたけど、何も言ってこないことから、無事に一日目を乗り切ったらしい。

 これなら二日目も無事に過ごせそうね。

 とはいえ、あたしは明日一日ずっと部室の当番だけど。


「それじゃまたあしたね、颯一そういち

「うん、ゆっくり休んでね。彩音あやね

 あたしは気づいていなかった。

 颯一の心にあるモヤモヤした感情を。

 けれども、それを知るのはもう少し先の話。


 文化祭二日目

 今日は一般参加の日で、一般参加者退場後は後夜祭もある。

 校庭にキャンプファイヤーも組まれて、余韻を楽しむ時間とされているけど、このキャンプファイヤーを見ながら告白すると永遠にうまくいうというジンクスもお約束のように出ている。


 学校の正門まで来ると、すでに一般客がちらほらと集まっていた。

 けれども一般客の入場は10時から。

 それまでは点検や準備に追われる。

 手芸部室に入ってみるけど、特に変わったところや変えるべき点は見当たらない。

 すぐに部長も入ってきて、一般参加日の今日について少し会話する。

「それじゃ、今日の当番よろしくね」

「はい」

 今日はあたしが手芸部展示室の統括責任者で、ずっとここにいることになる。

 もちろん、あたしの他に交代で部員がくる。

 颯一そういちとは昨日十分に楽しんだし、ここでゆっくりしよう。

 本当は輝とペアでいるはずだったけど、ギクシャクしてるのを感じ取ったのか、輝は外された。


 しばらく過ごしているうちに放送が始まった。

「文化祭二日目を開催します。本日は一般客の参加もあります。安全に十分配慮して今日を乗り切ってください。なお、午後四時をもって一般開放は終了しますが、後夜祭は午後五時から開始しますので、時間の許す限り奮ってご参加ください」

 廊下からも拍手が上がり、文化祭二日目が始まった。


 で、はっきり言って暇。

 それほど混雑するわけもなく、常に五~十人くらいの見物客が出たり入ったりしている。

 いつもは自主的に制作した作品を展示しているけど、今年は文化祭に備えて輝が部員に出した課題作を展示している。


 コツコツ…。

 昨日、校内限りと知らずに文化祭へ参加しようとしたアッシュブラウンの女が正門を通り過ぎる。

「よっ、やっぱり来たか」

 正門を通り過ぎてすぐ、紘武ひろむに呼び止められる。

 アッシュブラウンの女は苦々しい顔で振り向いた。

「紘武…」

「あいつンとこにゃ行かせねーぜ」

 不敵な笑みを浮かべて、おもむろに背を預けていた壁から離れる。

「一年半ぶりってとこか。随分変わったなおめー」

「うるさいわねっ!輝の腰巾着こしぎんちゃくやってるあなたに言われたくないわよっ!そういうあなたこそ野蛮な態度は相変わらずねっ!」

 きびすを返して校舎へ向かおうとする女。

「ヘッ、あのことをバラされてーのか?」

 ピクッとして、足を止める女。

 恨みがましい目を紘武に向ける。

「ん?」

 紘武はバラすネタについて、ぼんやりと見えている程度。

 単にカマをかけただけだったが、何か隠していることだけはこれでハッキリした。

(さて…どうやって証言を引きずり出すかな…)

「ところであいつぁどーした?いつも一緒にいたあいつは」

「知らないわよ。もうあれから連絡もとってないわ」

 紘武への敵意を隠さず、ツンとした態度をとる女。

「女の友情ははかねーもンだな。やっぱあンなことがあったンじゃ仲直りも難しーンかな」

「部外者のあなたに何がわかるっていうのよ」

 女は否定をしなかった。

 つまり何かがあったことは確かということだ。

「あー、たしかにおめーらの関係つー意味では部外者さ。けど輝のことって意味ならむしろ俺は被害者だ」

 女は右手で左肘を軽く掴み、目を逸らす。


 その頃…

 黒いパンプスをカツカツ鳴らして正門を通り過ぎる一人の女がいた。

 艷やかな黒髪は肩上で切り揃えられていて、毛先はわずかに内側へカールして柔らかさを演出している、ダブルバングのヘアスタイル。

 身長は160cmよりわずかに及ばない程度。

 ネイビー地に白のドット柄のワンピースに、ライトブラウンのジャケットを羽織っている。

 一般客の波に乗っていて、紘武の目にはとまらなかった。


 紘武は時間稼ぎと真相究明を兼ねた話をアッシュブラウンの女と続けていた。

「もういいでしょ、そろそろ行かせてくれない?」

 苛立ちを隠さず、紘武にきつい口調であたる。

「へっ、行っても無駄だと思うけどな」

「どういう意味よ?」

「あいつ、今は誰とも付き合わなくなっちまってな。いったい誰のせーなんだろーな?」

「何が言いたいのよ?」

 ますます不機嫌な顔をするアッシュブラウンの女。

「さーてな。誰のせーだろうな」

 肩をすくめる紘武を見ると、女は紘武に背を向ける。

「いい?邪魔しないでよ」

 なかなか思うような証言を引き出せないと判断した紘武は

「あーったよ、行きな」

 と投げやりな言葉を浴びせかけた。

(少し泳がせてみるか。何かわかるかもしンねーしな)

 口にはしない裏の狙いを秘めながら。


 輝の周りには相変わらず女生徒の人だかりができている。

 その人だかりに気づく黒髪の女。

「あっ」

 中心にいる長身の男は少し変わったけど、間違いなく輝だった。

 輝が真剣な眼差しを送る女の視線に気づく。

 キャーキャーと騒ぐ女生徒と対象的に、お互い口を閉ざす。

 その様子に気づいた女生徒たちは、輝の目線の先にあるその姿を捉える。


 じっと見つめられる黒髪の女。

 輝を取り巻く大勢の女子が見つめる異様な威圧感に負けたか、何も言わず背を向けて歩き出した。

「なんで今さら…」

 輝がぼそっと呟いた声は、賑わう周囲の音に紛れて聞きとがめる人はいなかった。


「ちょっと、着いてこないでよ」

 アッシュブラウンの女は振り向いて紘武に抗議する。

「見てるだけだ。邪魔ぁしねーよ」

「見られてるのが鬱陶しくて邪魔なのよ」

「あいつ探すンじゃなかったンか?」

「………」

 何を言っても無駄と判断した女は、嫌悪を含んだ顔のまま歩を進めた。

 しばらくの時間が過ぎ、昼を過ぎる。

 アッシュブラウンの女は目的の顔を見つけ、大勢の女生徒に囲まれているのを見て一瞬怯んだ。

 けど意を決して近寄った。

「輝、少しだけ…話したいの」

「お前まで…」


 紘武は慌てて手芸部室に駆け込んだ。

「彩音っ!いるかっ!?」

「紘武?」

「話は後だ!来いっ!!」

「ちょっ…!」

 有無を言わさず引っ張られ、

「あたし、当番があるんだけどっ!!」

「文句は後だっ!!」

 ただならぬ様子に、あたしは思わず口を閉ざす。

 連れてこられた先は、輝とアッシュブラウンの髪をした女が向かい合ってるところだった。

 物陰に隠れているけど、向こうの物陰にも輝の追っかけと思われる女生徒集団がいるようだ。

「あなたはここでもずいぶん人気者ね。よほど…」

「こう見えても僕は忙しい。話は手短にしてくれ」

 輝は冷たい口調で突き放すような空気を出している。

「その…あの時のことだけど…」

 はぁ

 ため息をつく輝。

「もう済んだことだ。お互いもう関わらないと決めたはずだが」

「輝がどう思っていても…!」

 体にビリっと電気が走った。

 あのひと…輝を呼び捨てにしてる…!?

 輝は続きの言葉を遮るようにアッシュブラウンの女に近づいて肩に手を乗せる。

 そして何かを耳打ちした…ように見えた。

 そのまま横を通り過ぎて、アッシュブラウンの女は振り向くと思っていたけど、呆然と立ち尽くすばかりだった。


 あれは一体なんだったんだろう…?

 部室に戻ったあたしは、さっきのことを思い返していた。

 結局紘武は何も教えてくれなかった。

 文句はさんざん言ったけど、あの女についてだけは何一つ聞き出せないまま。

「どうしたの?彩音さん」

 この時間を担当する部室内案内のになりさんが心配そうに声をかけてきた。

「ううん、なんでもないの。少し考え事してただけ」


「これ素敵ね」

 手芸部の展示に興味を示した来場者がいた。品の良さそうな中年女性だった。

 顔に刻まれた笑顔ジワは、万の言葉よりも人の良さを現している。

「お気に召しましたか?]

「そうね、これなんてよくできてるわ」

 課題作として作った展示品を手に取る。

 夏休み前に出た課題作は、だいぶ上達した後だったからできはいい。

 入り口に近いものほど初期で、奥に行くほど夏休み前の作品が並んでいる。

 もちろんあたしが勝手に作ったものも展示した。

「特にこれなんてとてもすばらしいわ」

 おばさまはあたしが趣味全開で作ったバッグを手にとっていた。

「大きさといい、形といい、使い勝手が良さそうながらも上品な仕上げ。素材の選択もセンスが光るわ」

「ありがとうございます」

「これは誰が作ったのかしら?」

 手前味噌になりそうで少し恥ずかしい気分になりながら

「それ…あたしです」

「まあ!そうだったの!?どうしてこのバッグは一つだけなの?他のは同じものが数点ずつあるのに、このバッグは他にないのかしら?」

 おばさまは驚きつつ疑問をぶつけてきた。

「展示は課題作品が多いんです。今年度は部員が多くて、共通の課題を出していますが、その前の部員が少ない時期にあたしの趣味で作ったんです」

「ということはあなた、一年生ではないということね」

 すぐさま切り返してきた。

「はい、二年です」

「あなた、とてもいいものを秘めているわね」

「恐れ入ります」

 しげしげとバッグを眺め

「コンテストの出品はしたことあるかしら?」

 振り向かずに聞いてきた。

「いえ、趣味なのでそこまでのものは…」

「趣味でここまでのものができるなら十分よ」

 おばさまはバッグを置き、自分のバッグを開けた。

「申し遅れました。わたしはこういう者です」

 差し出された名刺を受け取る。

「全日本手芸促進協会…審査委員長っ!?」

「詳しいことはそのWebサイトを見てもらうのが早いわね。あなたなら最優秀賞にも選ばれる可能性が十分にあるわ。気が向いたら応募してみてちょうだい」

 まさかこんな身分の人に褒められるなんて、突然すぎて驚いたままのあたし。

 構わず審査委員長のおばさまは続けた。

「売り物とは違う、テーマをしっかり決めたものが選ばれる傾向が強いわ。自分で実際に使うことを考えないで、アイデアをよく煮詰めて作り上げたあなたの応募作品を待ってるわ」

「はい、その際はよろしくお願いします」

 おばさまはそのまま足を進める。

「ところでこのお祭りで使われてる衣装だけど、どこに出して作ってもらったのかしら?」

「それが…手芸部で全部作りました」

「まあ!それならもしかしてあなたも作ったのかしら!?」

「あたしは吹奏楽部の衣装を担当しました」

 おばさまは目を見開いて嬉しそうに感激しながら

「まあまあまあ!なら急いで見に行かなければならないわね!」

 いそいそと出ていこうとするおばさまは、ふと足を止めて

「あなた、お名前は?」

 振り向きざまに聞いてきた。

綾香あやか彩音あやねです」

 にっこりと微笑みを向けられた。

「応募待ってるわね。綾香さん」

「はい。本日の文化祭、ごゆっくりお楽しみください」

 はーっ…

 まさかあの協会関係者が来るなんて…しかも審査委員長って…。

「どうしたの?彩音さん」

「それが…」

 さっきのおばさまと話した内容をざっくりと説明した。

「すごいじゃないっ!応募しちゃいなよっ!」

「かんたんに言わないでよ。あれって入賞作品見たことあるけど、すっごくレベル高いのよ。あたしなんてとても…」

「でも審査委員長に褒められたんでしょ?絶対いけるって」

「そうかなぁ…」

「そうよ!やってみればいいじゃない」

 あたしはその名刺を定期入れにしまっておくことにした。


 出し物が単なる展示で、本当に興味がある人か暇つぶしに立ち寄る程度だったので、多くても同時に部屋へいるのは十人程度のまま。

 ここは入場無料というのもあるかもしれない。

 部活での出し物はほとんどが展示で、無料利用ができる。

 そもそも稼ぐことが目的ではない。社会勉強の一環なのだ。


「ただいまをもちまして、文化祭を終了します。片付けがありますので一般のご来場者様は速やかに校内から退出してください。繰り返します…」

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