ひだまり

井守ひろみ

第1話:なんでこうなるの

 あたしの向かい席には友達と、チャラい男がいる。

 なんでこうなっちゃったのかな…最悪ね…。


 事の発端は2日前から話す必要がある。


 ゴールデンウィークが終わった翌日。

「またやられたの?」

 綾香あやか 彩音あやねと書かれている下駄箱の蓋を開けながら言う。

 身長146cmのあたしには、高い位置の下駄箱だったから届きにくくて、他の人と交換してもらった。

「うん」

 女友達の樋田といだ 茉奈まなは上履きをひっくり返して、入っていた画鋲を床に落とす。

 身長はあたしより少し高くて、155cm。

 犯人はわかってるし、茉奈にやめさせるよう言うこと、とはっきり言ってはある。

 けど当の本人が気弱だから、この手の古典的かつセコいイジメはまだ続いている。

「はっきり言わなきゃ」

「でも、もしそれでケンカになったら…」

 はぁ。


 イジメって、たいていイジメられる側に大きな問題があるものなのよね。

 こうも気弱でいるから、手を出しても安全とたかをくくられて、イジメは続く。

 かといってあたしが下手に手を出すと、あたしがいないところでジメジメした嫌がらせに逃げるだけ。

 いずれはなんとかしないとね…。


 この高校はイジメ問題が無いことで有名だけど、実際にはこんなものだったりする。

 表面化する大きな問題が無いだけで、問題が表面化しない程度のセコいイジメは起きているのが現実。

 2-Cの教室に入ると、連休明け独特の空気が漂っていた。


「えーっ!?連休にひかるとデートしたのーっ!?」

「うんっ、思い切って誘ってみてよかった~っ!」

 級友が二人で話をしている。

 新宮しんぐう ひかる

 2-Bの人気男子生徒。

 たしか身長177cm、サラリとした髪が嫌味なほど似合うという細身のイケメンで、3年や1年からも見にやってくる人がいるほどの人気ぶり。

 1年の頃から知ってるけど、キャーキャー騒がれる人に限って、あたしは興味を持とうという気になれなかった。自分でもあま邪鬼じゃくなのはわかっている。

 だから顔も知らないし、名前と身長、イケメンということだけはクラスでよく話に出てくるからという理由で知ってる程度。


 男に興味が無いわけではない。

 この人にする、という相手が今までいなかっただけ。


 新宮 輝はよく話題に出てくるから、名前は嫌でも覚えたけど、どうせチヤホヤされてる男にまともなのはいないと思っている。

「彩音」

「何、茉奈?」

「相変わらず輝くんの人気すごいね」

「そうみたい」

 自分でも棒読みな返事だなとわかる。

「彩音も相変わらずだね」

「あたしはあたしの気に入った人以外に興味ないから」

 かつて人見知りしていたけど、それが不毛なことに気づいてからは、ものをはっきり言うし、人付き合いも抵抗が薄れた。

「そういう人に限って意外にころっといっちゃうんだよね」

 苦笑いしながら茉奈が言う。

「その時はその時よ。そういうのも含めて縁ってやつでしょ」

「それもそうね」


「で、で?付き合うことになったのっ!?」

 さっきの級友はまだ話が盛り上がっているようだ。

「あたしから手はつないだけど、まだ…」

「きゃ~っ!なにそれっ!?」


 訂正。

 2-Bの輝について、他に知ってることは、相当チャラいってこと。

 ま、別にいいけど。

 本人がそれで満足なら。

 これが2日前の話。


 今日の話

 休み時間になると決まって隣のクラスが騒がしくなる。

 どこからともなく人が集まってきて、2-Bの教室前で溜まっている。

「はぁ。また神宮じんぐう 輝を見に来てるのかな」

神宮じんぐうじゃなくて新宮しんぐうね」

「どっちでもいいわよ。よくもまあ飽きないよね」

 あたしは呆れ口調で漏らす。

「それがすっごいカッコい~よ。彩音も見たらきっと気に~ると思うよ」

「あたしは顔で判断しないわ」

 そう。

 前に見た目で判断して、中身が残念な人にOKするところだった。

 何しろ…。


 1年の夏休みが明け、席替えして、さらに時間が過ぎて衣替えが行われた頃。

 あたしが密かにいいかも、と思っていた人が隣の席になった。

 当時1-Aだったあたしと席が隣になって、仲良くしていた。

 吉間きちまくんを挟んでさらに隣に茉奈がいた。

 身長172cm。優しい微笑みがよく似合う。クラスの女子にも人気のある、俳優でもやっていけそうなくらいの整った面立ち。髪は若干癖っ毛があるけど、それをバランスよく整えているのが好印象。

 茉奈が気弱なのはわかってたけど、席を一つ挟むだけでも、観察するのは結構難しかった。

 茉奈が吉間くんと話をしていた。

 気弱ではあるけど、人見知りではない。

「でね、今日通学路で…」

 教科書を出しながら喋っている茉奈が言葉に詰まる。

 吉間くんはなにかに気づいた。

「はい、これ使って」

 茉奈の教科書を吉間くんが閉じさせて、自分の教科書を差し出す。

 あたしはピンときた。

 いじめだ。

 多分教科書に落書きされたのだろう。

 さりげなくフォローしている吉間くんに、あたしは親近感を覚えた。


 交換した教科書を開こうとしたその表紙には、茉奈に対する悪口が書かれているのを見逃さなかった。

 授業が終わり、吉間くんは教科書を茉奈に返すのを見届けたけど、表紙に書いてあった落書きがなぜか消えていた。といっても、落書きがあったはずのところは少しくすんでいた。

「あ、ありがと~。吉間くん」

「ねぇ、吉間くん」

 あたしが話しかける。

「何かな?」

「どうやって消したの?」

「何の話だろうな?」

 かなりわざとらしくとぼけられた。

「あたしも知りたいな。消し方」

 にっこり笑って聞いてみた。

「こう、ライフル銃で頭を狙って…」

 片手で銃っぽい形を作って狙うふりをする吉間くん。

「映画でよくあるスイーパーの話じゃなくて」

「消しゴムで…」

「それじゃ消えないわよね」

 はぁ。

「何が心配なの?そこから話しましょ」

「彩音ちゃんが知ったら騒ぎを起こすでしょ」

 うんざりしたような顔で言う。

「失礼ね。何もかも無鉄砲に行動してないわよ。前の悪ふざけを注意したのだって、周りが明らかに迷惑な顔をしてるのを見かねたから代弁したに過ぎないわ」

「そこが怖いところなんだよ。本人がかわいそうだからって突っ走りそうだし」

「そんなことないわよ。茉奈ちゃんが困ってるのは知ってるけど。それにセンシティブな事情みたいだから…」


 コトッ。

 そこまで言うと、吉間くんは机に何かを置いた。

「虫刺され薬?」

「そ。このアルコールを使って油性のインクを拭き取ったんだ。一緒に表紙のインクも溶けるから、あまり使うとスッテンテンになっちゃうけどね」

 なるほど。

「で、やっぱりイジメなわけね」

「間違いないだろうな。前から相談には乗ってるんだけど、あの子は気弱だから、下手に俺が手を出せなくて」

 細かいところまで気が回る彼の内面に、あたしは心を惹かれていった。


 そんなある日。

 あたしは吉間くんに二人きりで呼び出されていた。

 これって間違いないわよね。

 何か言おうとして、言えない吉間くん。

 言いたいことはわかってる。

「彩音ちゃん、今まで隣で見てきたけど、俺が思ってたとおりの人でホッとしてるんだ。気は強いけど、しっかり周りを見てるし、出るところと引っ込むところの見極めも俺と同じ考えみたいだし、本当の優しさを持っているって」

「吉間くん…」

「そんな彩音ちゃんが好きです。どうか俺と、付き合ってくれませんか?」

「ありがとう。返事は来週いっぱいまでの間でいいかな?」

「もちろんいいよ」


 告白された翌日。

 放課後に、あたしは一人で三階のカフェで喉を潤している。

 運良く窓際の席を確保できた。

 吉間くんへの返事は決まっていたけど、軽く見られるのが嫌だったから返事を保留した。

 ふと下を見ると、少し離れたところに見覚えのある顔がいた。

 えっ?あれ…吉間くん?

 何か騒ぎになってるみたいだけど…。

 あっ、おばあちゃんに掴みかかってるっ!?


 あたしはカバンをもって、急いで階段を降りようとするけど、トレーを持って昇ってくる他のお客さんとのすれ違いや、席のレイアウトに邪魔されて思うように進めない。

 やっと降りたと思ったら、吉間くんとおばあちゃんはそこにいなかった。

 三階で見た、そこにいた通行人の数人に声をかけて事情を聞いた。

「いや、よくわからないけど急に学生が掴みかかって、怒鳴っていたみたいだ…」

 ということだった。

 どんな事情があったのか知らないけど、おばあちゃんに手を上げるなんて、茉奈ちゃんに対するあの優しさは嘘だったのかな…。


 聞いても、本当のことを話してくれないと思ったあたしは…


 後日、吉間くんの告白を断った。


 この時点でも時間はまだ過去で、10分ほど前のこと。

「それじゃ茉奈、一緒にお昼いこっ」

「うん」

 気弱な茉奈ちゃんだけど、1年の3学期に席が後ろになったことで話をして、仲良くなった。

 2年に上がっても同じクラスになって、席は離れてるけど仲良くしている。

「それじゃ席取っておく~」

「よろしくね」

 早く食事トレーが用意された茉奈ちゃんがテーブルへ歩いていく。

 あたしはそのすぐ後を追うようにそっちへ向かう。


 おっ、茉奈。しっかり席を取ってくれ…。

 あっ…後から来た人に絡まれてる。

 あれはたしか1年の時の級友だったはず。

 かなり強引に茉奈のトレーを突き返されて、タジタジしている。

「ちょっと、何やってるのよっ!」

 あたしはその場に割り込んでいく。

「あっと、アヤアヤが来たよ」

 アヤアヤはあたしを煙たがる人たちのニックネーム。綾香 彩音だからアヤアヤ。

「おーっ怖っ」

 冷やかすように囃し立てる。

「見てたわよ。先に茉奈が席を取ってたじゃない。後から来て割り込むなんてどういうつもりっ!?」

 そう。先にトレーを置いていたのは茉奈。

 それを後から来て、おそらく弱気な茉奈だからと、退くように言ったのだろう。

「ほかも空いてるでしょ?そっち行けばぁ?」

「そういう問題じゃないわっ!わざわざ人のいるところに割り込むのはマナー違反じゃないかって言ってるのっ!」


 そうこうしているうちに、周りも席が埋まっていく。

「彩音…席がなくなってくよ…ここは早く別の…」

「っ!」

 ここで言い合ってても時間の無駄になるだけ。

 茉奈の言うことはもっともだけど…。

 ここで引くわけにはいかない。


「悪ぃな。ツレが迷惑かけて。ここは引くから許してやってくれよ」

「はあっ!?」

 思わぬ乱入に素っ頓狂な声を上げた。

 知らない男が茉奈のトレーを奪って、別の席へ持っていく。

 茉奈はあわあわして男についていった。

「ちょ…勝手にっ!」

 あたしはまだ割り込んできた二人に言いたりなかったけど、茉奈をほうっておくこともできない。

 二人をキッと睨んで、あたしは茉奈の後を追う。


 言い合ってた相手二人はキョトンとして、その成り行きを見守っていた。

 コトン。

 知らない男は自分の隣に茉奈のトレーを置く。

 その席はちょうど三つ空いていた。

 うち一つが茉奈。そして茉奈がついていってしまったから、仕方なくあたしも後を追ってきた。

「どうぞ、向かいの席に」

気障キザ…」

 ぼそっと口走った茉奈。

 彼女は時々スイッチが入る。スイッチが入ると、途端に口が悪くなる。

 見てる方はハラハラしちゃう。

 男に促されるまま、ここで波風立てても他の席が空くわけじゃないから、黙って座ることにした。

 茉奈の向かい席についたあたしは、勝手にトレーを持っていった斜め前の男を見る。


 ドキッ。


 キレイな顔立ち…。

 スラリとした体に、サラリとした黒髪。

 ついつい見入ってしまった。

 顔が思わず赤くなってしまう。

「あっ…あの…」

「せっかくのお昼がまずくなっちゃうよ。余計なことだとは思ったけどね」

 あたしが言おうとしたことを先に言われてしまった。

「ほっといてくれてよかったのに」

「ほっとけなかったんだ。その真っ直ぐさにね」

 優しい微笑みで話しかけてくる。

 思わず胸がキュッとなる。

「お礼なんて言わないからね」

「いいよ。僕が勝手にやったことだし、おせっかいだってわかってたから」


 ドキドキ…。


 言葉と裏腹に、あたしの胸は高鳴る。

 で、周りはなんかざわついてる。

 普通のざわつきじゃなくて、何かあたしたちに向けられたざわつき。

 何この空気?

 ちょっと騒ぎすぎたかしら。

 確かに目の前の男は、うまく落とし所に落としてくれる気遣いができる男みたいだし、見るとスゴくカッコいい。

 さりげなく割り込んできて、引っ込みつかなくなってたあたしをサラッと助けてくれた。

 こういうさりげなさに、あたしは弱かったりする。

 つい言うべきことを言わなくちゃと構えるあたしだけど、その分こういう引っ込みつかずなこともたまにある。

「彩音、この人がね…」

 茉奈が何かを言いかけて…。


「僕、2-Bの新宮 輝。よろしくね」

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