第48話:姿無き風のアルシェント

 アルシェントの言葉に、雄太は無言。

 だが、その反応もアルシェントは予想済みだった。


「恐ろしいかい? 当然だろうね、まともな人間なら邪神に狙われてると聞けば……」

「あー、いや」


 だが、雄太の反応は……その戸惑ったような言動は、予想外だった。


「怖いかっていうと怖いけどさ。なんつーか……似たような事は他の邪神にも言われたんだけどさ?」

「うん?」

「……思ったより性別って大事なんだなって思った」


 言いながら目を逸らす雄太に、アルシェントは……思わず「はあ?」と間抜けな声をあげてしまう。


「え? 性別? いやいや、この状況に対して言う事はそれだけかい?」

「そんな事言われてもな……俺、ノーマルだし。男に「君を貰いに来た」とか言われてもときめかないっつーか……」

「そうじゃないだろ。命の危険とかを感じる場面だろ!?」


 言われて、雄太は困ったように頬を掻く。


「いや、でもさ。たぶんアンタもあれだろ? 神官がどうのとかいう……だとすると命の危険は無いよな?」

「単純に他の邪神の邪魔しに来たんだったらどうするつもりなんだ。そんな無警戒だと、君の命はもう無いぞ?」

「……そんな事言ってる時点でアレだし、そもそも神に勝てるとか思わないしなあ……」


 雄太のあまりにも慣れ切った反応に、アルシェントは眩暈がする。

 今まで、色んな人間が居た。

 邪神と知れば襲ってくる人間も居たし、逃げる人間も居れば命乞いをする人間も居た。

 だが、こんな反応は初めてだ。というか、有り得ない。


「ユータ……君は賢者か何かなのかい? そんな悟った人間を俺は久々に見たよ?」

「そんなたいしたもんじゃないよ。アンタ……あー、あんまりアンタ呼ばわりも失礼か。アルシェントで邪神と会うのも5人目だしなあ。いい加減慣れたよ」


 雄太も自分で言ったが、神相手に勝てると思うほど奢ってはいない。

 自分が弱者だという自覚はあるし……ドラゴンもどきならば戦おうという気概は見せても、神相手であれば諦めの気持ちになる。

 そういう意味では悟っているのかもしれないが、悟りの境地に至ったと思える程悟ってはいない。


「……殺されてもいいってことかい?」

「いや。流石にそうなったら逃げるけどさ。「戦う」っていう選択肢が無い分冷静なんだとは思う」


 戦わないのであれば、当然逃げるか説得か……そういう「生き残る」方向での選択肢になる。

 それは激情でどうにかなる類のものではないことは疑いようもなく、それ故に雄太の脳は冷静さを保っていた。


「で、一応お誘いについての返答だけど。神官とやらになれってんならフェルフェトゥの許可とってくれ。この前うっかりバーンシェルの神殿造ったら不機嫌にさせちゃったから、あんまり気軽に約束とかしたくないんだよ」

「あー……そうかい」


 言いながら、アルシェントは雄太とフェルフェトゥの関係についてなんとなく悟る。

 かなり良好。詳しくは分からないが、そういう風にしか見えない。


「……フェルフェトゥの下僕か何かにされてるなら丸め込めるかと思ったんだけどなあ」

「逆に、なんでそう思ったんだよ」

「え、だって性格悪いだろ? アイツ」


 言われて、雄太はサッと視線を逸らす。

 お世辞にも性格がいいとは言えない。初対面で踏みつけられたことは忘れてない。

 散々こき下ろされた事も、ちょっとだけトラウマだ。


「……あー、えーと。そんな事もないと……思うぞ? あれはあれでいい所もあるし?」

「俺は思いつかないけど。例えばどんな所だい?」


 なんだかんだで養ってもらっている、とは流石に言えない。

 サドはいい所ではないだろう。

 

「あー……意外と面倒見はいいぞ? それに、チラホラだけど優しいところもあると思う」

「ええ……本気で言ってるのかい? 酷いのが楽しいとか気持ちいいとかじゃなくて?」

「いや、それだと俺が変態だろ……」


 流石に雄太はそこまでの境地には至っていないし、そんな新しい世界も開拓していない。

 あくまでノーマルだ。ノーマルなのだ。


「……ふうん……」


 座ったままのアルシェントは、今までよりもずっと興味深そうな視線を雄太へと向けてくる。


「邪神が3人同じ場所に居て殺し合いになってないのは、何らかの盟約があるからだと思ったけど。君の様子を見る限り、なんだか面白い事になってそうだなあ」

「面白いって……」

「面白いっていうのは重要だよ? 人間はいつでも面白いと思ったことを詩にして歌ってきた。君の状況もまた、そういう類のものかもしれない」


 言いながらリュートを軽く鳴らすアルシェントに、雄太はそういえば、と思い出す。


「初見で吟遊詩人に見えたんだけど……やっぱりそういう系なのか?」

「ん? そういう系というか……吟遊詩人だよ、俺は。人間って酔ってると判断力下がるしね。意外に紛れ込めるんだ、これが」


 おかげで使いもしない金を稼いでるよ、と笑うアルシェントに雄太は思わず感心する。

 少しばかり警戒してしまったが……どうにもこうにも、まともな性格をしている気がする。

 ただそれだけで警戒心が薄れてしまうのは、我ながら毒されていると。

 そう思いながらも薄っすらと癒しの気配を感じていたのは……まあ、今周りにいる邪神が強烈すぎる性格の持ち主ばかりだから、だろうか?

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