ゴールデンウィークを目前にした、ある日の放課後。

「田中先輩、ゴールデンウィーク都合よかったらポタリングでこれやりませんか？」

幸太が美戸に駅前の本屋でもらったというパンフレットを見せた。

『TAMA☆ろくと「巡礼物語！」北多摩TOKYO アニメスタンプラリー』

見ると、東京都の北部、東久留米市、清瀬市、西東京市、小平市、東村山市の５市２５か所のポイントを回りスタンプを集めると記念品がもらえるとある。各市に一人ずつメインキャラクターが決められていて、メインキャラクターのいるポイントには、キャラクターの等身大のパネルが展示されている。

ウェブサイトもあるので、美戸はスマホでマップを見た。近隣市の２５か所だから、そんなに距離はなく美戸ならのんびり回っても２日あれば余裕だろう。ポイントも結構固まっているのでポタリングにはちょうど良さそうだ。だが、幸太だと１日１つの市を回るのが、やっとだろうから５日かかることになる。

「私はいいけど、佐藤君は家族でどこかに出かけたりしないの？」

「僕んち、連休とかはやることないんです。」

幸太の家は幸太も母も病弱だから旅行や行楽とは無縁なのだと言う。まあ、いいか。アニメやマンガには全く興味はないが、自分もヒマだし、たまにはこういうイベントに乗っかるのも悪くない。連休の飛び石の部分をうまく使えば１日おきに５日取れるから、幸太を疲れさせずに回ることができるだろう。

「じゃあ、やってみよっか？」

「やった！」

幸太は飛び上がって喜んだ。幸太もそれほどアニメやマンガが好きな訳ではないが、ゴールデンウィークにすることがない。美戸がダメなら仕方ないから一人で回るつもりだったが、これで連休中にも美戸に会える。それが嬉しい幸太だった。

そして、ゴールデンウィークが始まった。幸太と美戸は高校で待ち合わせた。まずは地元の東久留米市（ひがしくるめし）から回ることにし、一つだけ離れたポイントである東久留米卸売市場に行く。美戸の住んでいる滝山団地からはほど近い、ここのイメージキャラクターは『つな吉（きち）』という美味を追求する魚というキャラクターで、ちょっとブラックな気がしないでもない。

次に南沢氷川神社（みなみさわひかわじんじゃ）に向かう。ここのイメージキャラクターは東久留米市のメインキャラクターの『南沢（みなみさわ）　ゆうみ』という巫女の少女で、等身大のパネルが展示されていた。

「佐藤君、写真撮ってあげるよ。」

「はい？」

美戸は幸太がこういうアニメやマンガのキャラクターが好きだと思い込んでいるらしい。それは誤解ですと言いたかったが、美戸の笑顔に言い出せなかった。

「佐藤君、笑って笑って。はい、チーズ。」

引きつった笑顔とピースサインで写真に写る幸太だった。

南沢氷川神社に面している落合川の遊歩道から黒目川の遊歩道に回って、東久留米市スポーツセンターに行く。ここのイメージキャラクターは『黒川（くろかわ）　修斗（しゅうと）』というサッカー少年だった。ついで日帰り温泉のスパジアムジャポンの『泉（いずみ）　遊（ゆう）』というお風呂好きの少年というキャラクターである。駅前の本屋の野崎書林で『いのり』という太陽のキャラクターのスタンプを押して、東久留米市の分は終わった。

二日目は、西東京市（にしとうきょうし）である。　公営のプラネタリウムである多摩六都科学館の少女の『ステラ』　西東京いこいの森公園の『みずき』　西東京市郷土資料室の『椎太（しいた）』　西武新宿線田無駅の構内にある、まちテナ西東京の『テル』、西東京市のメインキャラクター、田無神社の巫女のキャラクター『五龍（ごりゅう）　命（みこと）』　と回る。

ポイントが固まっているので、あっさり終わってしまった。幸太と美戸は高校に戻って、お茶を飲んで少しおしゃべりをして帰った。

三日目は、小平市（こだいらし）だ。幸太と美戸はまずガスミュージアムに行って『ガーズー』というキャラクターのスタンプを押した。ここを除いて、他のポイントは地図上ではほぼ横一直線に並んでいて、わかりやすいがその分距離がある。小平市のメインキャラクター、多目的ホールのルネこだいらの美術と音楽を愛する少年『音絵（おとえ）　レナト』、新東京自動車教習所の少女『武蔵野（むさしの）　ひかる　』、小平神明宮（こだいらしんめいぐう）の巫女のキャラクター、天川（てんかわ）　明（めい）。近くのポイントから順に回って、最後に、こもれびの足湯に着いた。清掃工場の排熱を利用した温浴施設である。

『温井（ぬくい）　朝日（あさひ）』という少女のキャラクターのスタンプを押すと、せっかくだからちょっと入ってみようということになった。

「気持ちいーね。」

美戸の足が湯をちゃぷちゃぷとかき回す。その健康な白い足が眩しくて直視できない幸太だった。

四日目は清瀬市（きよせし）である。清瀬市のポイントも固まっていて、回りやすい。

児童施設ころぽっくるの子どもの女の子の『華（はな）』。コミュニティプラザひまわりの少女『日向子（ひなこ）』。清瀬市のメインキャラクターで清瀬市郷土資料館の弓を持った少年の『清⼾（きよと）　槻（つき）』。日枝神社（ひえだじんじゃ）　水天宮（すいてんぐう）の神主の少年『柊（ひいらぎ）　やまと』と回る。

最後のポイント、コーヒーハウスるぽは森の中の洋館のような喫茶店だった。店内は洋風と昭和が混じった中々素敵なたたずまいだ。『るぽブラザーズ』というコーヒー豆のキャラクターのスタンプを押して、今日は終わりだが、まだ時間に余裕があった。

「佐藤君、お小遣いある？　ちょっと贅沢しちゃおうか？」

テーブルに向かい合わせに座って、美戸と二人でカフェオレとケーキ。本当にデートみたいだ。幸太は感動でケーキの味など全く分からなかった。

最後の五日目は東村山市（ひがしむらやまし）だ。東久留米市からはちょっと距離がある上にポイントが点在しているので、時間はかかりそうだが明日が連休の最終日で、休養も取れるから幸太にはちょうど良い。

まずは調味料メーカーの直売所であるポールスタアさくら茶屋で双子の兄弟のキャラクター、『蒼守《そうす》＆翔結（しょうゆ）』。ついで東京では珍しい造り酒屋である豊島屋酒造（とよしまやしゅぞう）の若旦那のキャラクター、『豊島（とよしま）　蔵（おさむ）』。さらに八坂神社（やさかじんじゃ）の神主のキャラクター、『八坂（やさか）　衛（まもる）』。東村山ふるさと歴史館の少女のキャラクター、『陽（みなみ）　しずか』と回る。

最後のポイントは八国山（はちこくやま）たいけんの里という教育施設であった。ここのイメージキャラクターは東村山市のメインキャラクターで『グリドン&ヌギーク』という安直なネーミングのどんぐりである。いつものように等身大パネルとの写真を撮ろうと、美戸は幸太にスマホを貸すよう手を出した。その時、幸太はひらめいた。

「田中先輩、一緒に写真に入ってくれないですか？」

「え？」

どんぐりのキャラクターとの写真では、幸太も子どもっぽ過ぎていやなのかな？美戸は思った。

「いいよ。」

スタッフの人に頼んで、二人で並んだ写真を撮ってもらった。これでコンプリートである。帰り道、幸太と美戸は東久留米のイオンモールで記念品のステッカーとエコバッグをもらって家に帰った。

もらったステッカーを幸太はホームセンターで買った写真立てに入れて、机に置いた。このゴールデンウィークは楽しかったな。幸太は写真立てを眺めた。そして怪我の功名と言うべきか、美戸とのツーショットの写真が撮れた。スマホのその写真を見るたび幸太は笑みが浮かぶのだった。