後:世界を救う

 カウヴァリスの放った力の塊がジャージ男に向かって飛ばされる。

 だが次の瞬間、ジャージ男は小さく左手で宙に円を描いてみせた。


そいつはお断りだ否定の力


 瞬間、その円から何かが広がっていく。

 まるで部屋全体の空気が青くなったかのような錯覚。

 間髪置かずに、今度はその力の塊を掴み取ろうとするかのごとく、右腕を突き出してみせる。

 そして彼は突き出した右手を軽くひねる。

 するとそれと連動するように力の塊も捻じ曲がり、みるみるうちに萎れていってしまう。

 まるで穴に入っていってしまったかのように先細っていき、アレほどだった圧力がみるみるうちに力が小さくなっていく。

 空間そのものが別のなにかにに置き換わっていっているかのようだ。

 やがて最後に折りたたまれると、そこにあった力は完全に雲散霧消してしまっていた。

 俺もカウヴァリスもなにが起こったのかわからないままその光景を見ている。


「ふう、新しい呪文新コレクションはやっぱり最初は緊張するな。しかもいきなりの大呪文ビッグマナ相手だからな、間に合ってよかったよかった」


 一方で、ジャージ男はどこかやり遂げた感を醸し出しながらため息をついていた。

 確かに、彼がなにかしらとんでもないことをして力の塊を消滅させたのは間違いないのだろうが、それにしても緊張感というものがない。

 カウヴァリスはそんな男に対し、怒りのままにもう一度右手をかざすが、そこにはもうなにも現れなることはない。

 それが決着だった。


「ひとまずは勝負ありだな、お姫様。何しろあれだけの魔法だ。あんたの魔力はいま枯渇状態すっからかんだろう。とりあえず、その間に話し合いをしようじゃないか」

「くっ、殺すならひと思いに殺せ!」

「いやいやいやいや、というか話し合いだって言ってるだろ。話を聞けよ 話を……。ええい、とりあえずまとめてそこに座れ」


 カウヴァリスの態度に、ジャージ男は呆れたようにそう叫ぶ。

 当然だろう。

 だが、矛先は突如こちらにも向けられた。


「あんたもだよ、いいから座れ。まずそもそもの話としてだ、異世界の少女落ちものヒロインの処理を誰でもできると思ったら大間違いなんだよなあ……。わかるか、これはあんたらに言ってるんだぞ。で、あんたは自分が主人公の器だと思うか?」


 ジャージ男はおもむろに俺を指差すと、先ほどと同じように呆れた口調でそう質問をぶつけてきた。


「主人公? なんの主人公だ?」


 いきなりそう言われても答えに困る。


「ハァ……、そこからか、そこから説明しないと駄目か? あーもういい。とにかく、もう少し距離の詰め方開幕イベントとかそういうのを考えないとだな。いやそもそも、余計な来訪者異世界ヒロイン様に丁重にお帰りいただくのが俺の仕事なわけだが、それにしてもあんたがたの気まぐれで世界の危機なんか引き起こされセカイ系ごっこにつきあわされちゃたまったもんじゃない」


 ジャージ男がなにを言っているのか半分以上理解できなかったが、それでも、俺が説教されているのはわかる。

 なぜそんなことをされなければならないのかは納得のいかないところではあるが。


「まず言いたいこととしてはだな、サプライズ気取りかなんだか知らないが、食べ物に関しては慎重に事を運べってことだ。いまどき異世界人相手じゃなくてもこの辺は気を使っておかないと後で問題になることだぞ? 相手がベジタリアンや各種宗教の人だったらどうするつもりだったんだ?」

「それは……」


 返す言葉もない。

 まさかこんなジャージ男に正論でお説教をされてしまうとは……。


「もちろんあんたもだぞ、お姫様。そもそも、異世界の食い物なんてどれもこれも基本的に危ない現地人向けに決まってるんだから、警戒して当然なんだし、それを逆恨みして世界を滅ぼすとかいわれてもいい迷惑なんだよ。頼むから仕事を増やさないで面倒は勘弁してくれ」


 嫌味を言われたカウヴァリスはキッとジャージ男を睨みつけるが、力を無くして勝ち目がないのがわかっているからか、それ以上のことはなにもしない。

 とにかくもう、今やこの部屋の主は完全にジャージ男となったのである。


「まあそんなわけで、俺は本来の仕事にかからせてもらうからな。まずはお姫様、あんたは自分の世界へ強制送還故郷へおかえりとさせてもらう。とはいえ、俺はあんたの世界がどこなのか知らないからな、故郷について必死に祈り、願ってくれ。信じるものは救われるってやつだ。それじゃあ、『さようならアンサモン』」


 それだけ言って、ジャージ男は右手を軽く振ってみせる。

 するとそこから灰色のオーロラのようなものが現れて、それはまたたく間にカウヴァリスを飲み込んでしまった。

 そしてオーロラが消えると、カウヴァリスの姿もまた、どこにも残っていなかった。


「お前、彼女をどこに!」

「元の世界だよ、多分。それがどこなのかは俺にはわからないけど、さっきのはそういう呪文だ。で、問題はあんたのほうだよ」


 ジャージ男は大きくため息をつくと、そのままドカッと俺の前に腰を下ろす。

 

「まあ、美味いものを食べさせてやろうという気概は買うよ。でも、さっきも言ったが、ちゃんとした手順を踏もうな。そうじゃないとあんたもあのお姫様もさらにはこの店だって不幸になる。今回は俺が間に合ったから被害がなくて済んだが、俺が別件だったりして他に動ける奴もいなかったら、それこそ、あんたが世界を救わないといけなくなるんだ。あんた、そんな主人公の器か?」

「だから、なんだよ主人公の器って!」


 わけのわからない言動に俺が反論すると、ジャージ男は放置されていた肉を鍋にかけ、そしてあらためて俺に向かってわざとらしく肩をすくめてみせた。


「あー……、まあもうその話はいいや。だいたいわかった。まあせっかくだし肉でも食って、今日のことは忘れろ。これくらいが、あんたの器の程度一般人のささやかな幸せだ。どれ、俺も一口……。うわ、この肉メチャクチャ美味いぞ。ほら、あんたも食べろって!」


 ジャージ男はなにかを諦めた目でそう言ったかと思うと、大雑把な焼き加減のまま肉を口に入れてはしゃいでいる。

 それがなんなのかはわからないが、俺は無性に腹立たしかった。

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