第14話 伝説の終わり

「あのさ、キミカ。もしよかったら……僕と一緒にこないか? こんなところに一人きりじゃ寂しすぎるだろ?」

「だめ……だめなの、ゲンイチロウ。私だってあなたと一緒に行きたい。一緒に行けたらどんなにか幸せだろうって……。でもだめなの」

「どうして?」

「……それがお兄様との約束だから」

「約束、か……」


 二人の別れの時が近づいていた。


「ゲンイチロウ……さよなら、です。それから一つだけ約束してください、私とこの場所のことはけっして誰にも話さないって」


 少年は――上月源一郎は思い出したかのように言葉を紡いだ。


「昔、一人の皇子と妹巫女みこの物語がありました。その物語で皇子おうじは妹を殺してしまいます」

「……」

「そして皇子は後悔します、妹を殺してしまったことを。そして……約束を破ってしまったことを」


 次の言葉をキミカが引き継ぐ。


「妹巫女は兄を陥れる謀略わなを知ってしまったのです。彼女は妹でありながら兄を慕っておりました。そして……兄を陥れようとした、そして自分を汚そうとした一族を殺したのです。それが兄のためになると信じて」


 少女は……つらそうな顔を少年から背けながら、絞り出すように言葉を口にした。

 一拍の空白。

 少年はこれ以上、この少女の悲しみを続けさせたくはないと強く想った。


「……今から僕はずるいことを言うかもしれない」

「……」

「でも聞いて欲しいんだ。僕はたぶん君の中の本当の名前を知っているし、君がお兄さんとした約束も知ってるんだ。それは遠い未来に知ることになるかもしれないし、はるかな過去に知っていたのかもしれない。でも僕は約束したいんだ」

「……」

「君の中のもう一つの名前じゃなく、キミカに約束する。絶対に幸せにするから……一緒に行こう!」

「あ――」


 少女の、キミカの顔が喜びと悲しみを織り交ぜた色に染まる。

 枯れた井戸に再び水がわき始めたような、そんな止めどなくあふれる涙の雫が足下の銅戈どうかに落ちた。

 銅戈は……古い約束はさびついてぼろぼろにちてしまった。

 それは一つの約束の終わり、そして新しい約束の始まりだった。

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