第11話 その頃




 あれからどれくらいの時間がたったのだろう?

 深山真一は遺跡を下りながら、自分の体内時計に狂いが生じていることを実感していた。


「距離はそれほどもないはずだってのに、いったいこの洞窟はどこまで続いてやがる? 早く……早くじいさんを止めねぇと」


 いつの間にか、先導していた白猫の姿がなかった。ついさっきまで目の前にいたというのに……。深山は自分が考えている以上に体力と精神力を削られているようだ。山道をどれだけ歩いても何とも思わないこの男が、この洞窟にはいってほんの数十分たらずで、額には玉の汗が浮き、肩で息をしていた。


 鬼門から入るとはそういうことであった。


 それは常人にしてみれば川の流れに逆らって上流へと泳いでいるようなもの。それでも歩みを止めない。いったい何がこの男を突き動かしているのか? ただの知的好奇心だけとは思えない。


「待ってろよ、じいさん。昨日のカレーの借りを……今返しに行ってやるからな。早まるんじゃ……ねぇぞ!」


 義に厚い男であった。



 その頃……。



「高柳課長! ですから、これは一刻を争う事態なんです!」

「いや、しかしだな……学者の先生もいないのに、遺跡の中に入ってどうするというんだね?」

「でも……人の命がかかっているかもしれないんですよ?」

「かも、では役人は動けない。わかるだろう? 吉崎君」

「しかし……」


 吉崎さとるは、頑として話を聞いてくれない高柳にたいして辟易もういやだなぁとしつつも説得を続けていた。高柳昇はこの文化庁特報課に配属されて5年になるが、考古学にも民俗学にも全く興味のない、普通の公務員だった。

 公務員として決められた仕事をこなし、公務員として上司の命に従って25年。やっとの事でのぼりつめた課長職。独断専行で思うとおりに行動できる人種ではなかった。


 だが、吉崎さとるも大学を出てから3年、この男の下で働き、その性格は知り尽くしている。そしてなにより高柳を動かすすべも当然のごとく心得ていた。


「まぁ、人命がかかっているといっても今日の夕方まで待てば……」

「そういえば、先ほど深山さんが……」

「ん、なに?! 深山がどうした?!」

「いえ、鬼門の方角からでも遺跡は調査できるよな、なんて事をぽつりと」

「なぜそれを早く言わん! そこの……何とか巡査長!」

「は! 南方みなかた巡査長であります!」

「その南方さん! すまんが……鬼門? もう一人連れて行ってかまわないからそっちの方を見回ってきてもらえないか、今すぐだ! 頼む!」


 すかさず、吉崎は鬼門とは東北、方角でいうと北東のことです、と付け加えた。


「は! わかりました! 南方及び他一名、鬼門へ向かいます!」


 警官二名はパトカーに乗り、巡回へと出発した。

 それから30分とたたずして、パトカーは一人の男を乗せて帰ってきた。


「南方及び他一名、巡回より帰投いたしました!」

「ご苦労様。で、その住職さんは?」

「はい、それが……なにやら変なことを言うもので連れてきたのですが…」

「変なこと?」


 そういうと、南方巡査長は住職を高柳の前へと誘導するべく場所をゆずった。


「どうかされましたか?」

「あ、あの……信じられないことですが、日本語を話す熊に襲われました」

「深山だ! で、そいつはいったいどこに向かった?! 隠し立てするとためにならんぞっ!」

「ひぃっ! そ、それが……気がついたときにはすでにいなくなって……」

「くそっ! あいつめ……まんまとわしを出し抜きおってからに! 吉崎君、あと何とか巡査長、遺跡に入るぞ! アイツを――深山を引きずり出してやる!」


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