第2話 日記

「ねぇ、たくとぉ~ちゃんと聞いてるぅ?」


 わたしはわざと甘えたような猫なで声で、隣を歩いている同い年の男の子に声をかけた。だいたい、こんなかわいい子と一緒に並んで帰ってるってのに、ほったらかしてぼーっとしちゃってるってのは異常だよね!


「はぁ~。まったくねぇ」

「なんか言ったか?」

「べ~つに~~……はぁ~~」


 わたしのため息も増えるってもんだよね。さっきのセリフも今日3回目。それでも許しちゃえるってのは、やっぱりそういうことなんだろうなぁ。


 惚れた弱みってやつ?


 あ、そういえば説明してなかったよね? 隣をぼーっと歩いているこの男子生徒。聞いて驚け!見て騒げ!何を隠そうわたしのカレシ、結城 拓人ゆうき たくとくんなのだ。


 どーだ、まいったかー!

 まいらないか。参らないよね、ふつう。


 えっ、わたし? じゃあ、自己紹介!

 わたしの名前は二ノ宮にのみや あきら。家族やみんなからは、あきらって呼ばれてる。こんな可憐な少女に『あきら』なんて男の子っぽい名前、ちょっといい感じだと思わない?


 こういうのってなんて言うんだっけ?

 ニアミス?


 ……ちょっと違うような気がする。

 まっいっか。


 とにかく!

 二ノ宮あきら、ただいま花の女子高生満喫中ナノデス! って我ながらこのフレーズはいかがなものか。それにいったい誰に自己紹介してるんだか~? これじゃあただのなヤツだよ。


 ま、まぁそういうセルフボケツッコミ? は置いといて。


 ゴホン。とにかく。わたしはこの気の利かない、結城拓人くんと夏休み前からつきあい始めている。ま、まぁ正確には友達からってことだけど! でも、これってやっぱりおつきあいだと思うのよ、うん。


 そうでもなきゃ、夏休みに二人っきり(ってこともないけど)で図書館で宿題なんてしないよね?


 ね?

 ……ね。

 しないしない、うん。


 でも……ねぇ。

 そろそろこの状況が4週間。まだちゃんと手さえつないでないのよ? ちょっと信じられない状態だよね。だいたいこの『ぜっせーの美少女』とカレカノなんだから、もっとこう……ねぇ。いろいろあってしかるべきだと思うのよ、うんうん。


 いろいろ………………か。

 いろ……いろ?

 いろいろ。

 うふ、うふふ……えへへ~~。


 きゃー、わたしったらなにをかんがえてるのよ~~! やっぱり若い男女が暑が夏くて浜辺がビーチっていったら……イヤー、いや~~~~!! きゃ~~~! おかぁさ~~~ん!


「おい! 大丈夫か二ノ宮? なににやけてるんだ? 顔真っ赤だぞ? 熱中症? モシモーシ、二ノ宮さーん?」

「……あ、えっ……と、ご、ゴメンなんでもない。……って、また名字で呼んだ?! もぅ、何度いったらわかるのよー! 名前で呼んでって決めたじゃない! わたしの名前、忘れたわけじゃないんでしょ?」

「でもほら……なんとなく、な」

「なんとなく、じゃないわよ~……もぅっ!」


 わたしは頬をふくらませて、ぷいっとあさっての方向に顔を向ける。本当に参ったなぁ。


「ははは……。そんなにほっぺたをふくらませてると、元に戻らなくなるぞ?」

「よけいなお世話ですよーーっだ!」


 っと、あっかんべーをする。


「あははは! いつまでもそんなことしてんなよ。ほらっ、置いてくぞ?」

「あ、待ってよ~!」


 はぁ……。

 今、現在のわたしの悩みのひとつがこれだ。なぜかこやつ、わたしのことを名前で呼びたがらないのだ。

 むぅ~、なんで?

 どうして?


……やっぱりあきら、なんて男の子みたいな名前……嫌い、なのかなぁ。


 ちょっとへこんでるよ、わたし。


「拓人ってさ。もしかして、わたしの名前、嫌い……?」

「えっ? あ……いや、そんなこと……ないぞ」

「あ、顔そらした」

「いや、ほんとそんなことないって。たぶん」

「……た~ぶ~ん?」

「いやいや、そんなことないないっ!」

「じゃあわたしの名前、呼んでみてよ。 ほら、いい? 3、2、1、ハイっ!」

「…………………………あきら(ぼそっ)」

「きこえな~い」

「あきら」

「きーこえーませ~~~ん」

「はぁー。――っあきら~~~っっ!!」

「はい、大変よくできました!」

「はぁ……やれやれ。まいったねぇこりゃ」

「でも罰ゲ~~ムっ! 今回はわたしの家まで荷物持ち、ね! がんばってね~、たくと~♪」

「はいはいわかりましたよ、あきらお嬢様」

「うむ、よろしい」


 そう言ってわたしは荷物を拓人に渡す。わたしの機嫌も復活だ!


……あ。しまった。ここでわたしは自分の重大なあやまちに気がついた。


 拓人の両手が荷物でいっぱい。これじゃ手もつなげない。

 あ~ん、わたしのばかぁ~~。


「う~~~~っ!」

「ん、なんだ? にらむなよ?! ちゃんと荷物持ってやってるだろ? 怒ったり喜んだり落ち込んだり忙しいやつだなぁ」

「ほっといてよ!」

「ほっとけったって……なぁ」

「だ、だって! みんな拓人がわるいの!」

「俺のせいか? いったい何なんだよ……わっかんねーなぁったく」


 そんなことを言いながら、わたしをあきれたように見つめる彼。そんなに見つめられると……。


 て、照れるじゃない。


「わ、わかんなくていいの! とにかく拓人が悪者でFAってことで!」

「へいへい、りょーかい」

「……ふ、フン」


 わたしは真っ赤になっているほっぺたを拓人から見えないように、ぷいっとそっぽを向いて歩き出した。


 こんなに君のことを好きなのに、このとーへんぼくはわかってないんだろうね。かなり勇気をだして告白したんだけどなぁ……。

 なのに、こいつったら……。


 でも、まだまだこれからだよね? まだ、わたしたちは始まったばっかりだし。時間なんてこれからいくらでもあるんだから。他人なんて気にしないで、わたしたちのペースでゆっくりとおたがいを理解し合えたらうれしいな。


 前を歩いてる拓人の背中。ちょっと歩くの速いのも気がついてないよね? もう少しでいいから、わたしのこと見てほしいな。


 暑い、夏の陽射し。

 時折吹く風が気持ちいい。


 気がつくと家の近くの大きな上り坂の前。この坂を登り切ったところがわたしの生まれ育ったところ。あと5分とかからない。


 どうしてわたしの家は図書館からこんなに近いところにあるんだろう。もうちょっとくらい遠くてもいいのに。もしくは、拓人の家の隣とかでもオッケー!


 なんで拓人の家はわたしの家と反対方向なのよ、気が利かないったらないよね!

……理不尽なこと、考えてるってわかってるよ。


 はぁ……誰にともなく八つ当たりしてしまいそう。そんな気分で坂道をあがる寸前、前を歩いてた拓人が不意に足を止めてこちらに体ごと振り向いた。


「……あきら、さ」

「ん? どうかした?」


 きょとんとするわたし。たぶん瞳にはクエスチョンマークが映ってたはず。


 そしてわたしの前に差し出される彼の右手。えーっと、わたしの荷物は君の左手にあるよ? わたしの目はそういっている。


 どうして右手があいてるんだろう? そっか、荷物を二つとも左手に持ってるんだ。なるほど!

……もうすこし早くあけてほしかったな、右手。


 わたしのテレパシーが通じたのか、彼は視線をそらし、右手の人差し指で自分の鼻の頭を恥ずかしそうにぽりぽりと。


「その、なんか今日のにの……いや、あきら、さ。なんていうか……。その、いつにもましてだから。だからさ、引っ張ってやるよ。この坂、結構きついだろ?」


 そしてまた、わたしと視線を合わせないまま右手を差し出してくれた。


 わたし、ちょっと泣きそうになった。って何だーって突っ込みもできないくらいに。


 拓人がこっちを見てなくてよかった。

 絶対かわいくない顔になってたから。


「……ありがとう」


 わたしはうつむきながら彼の右手をつかんだ。ちょっと声が涙声になってたかも? だって……初めて君の方から手をつなごうっていってくれたんだよ? これって泣きそうになってもじゃないよね?


「これくらいのことで……な奴」

って言うな」

「とにかく、行くぞ」

「……うん」


 拓人はわたしの方は見ずにそれだけ言うと、力強く引っ張ってくれた。こっちを見なかったのは、気をつかってくれたのかな?


 どうやらわたし、泣いちゃってたみたいだから。こんなことくらいで。どうして?


 それでも気にせず、わたしの手を握って坂道をあがっていく、君。ちょっとうれしいぞ、拓人くん。変って言ってるのは君なりの照れ隠しなんだね、許してあげるよ今日だけは、ね。


 でもこんな時間は長続きしない。坂道が終わっちゃったから……もう終わり。彼とわたしの手は自然にほどけていく。


 そこはもう、わたしの家だから。やっぱりもう少し遠くてもいいかな。いやむしろ遠くなれ。


 うん。むちゃくちゃ言ってるね、わたし。大丈夫、通常運転だ!


「にのみ……じゃなくって。あきら、着いたぞ」

「……うん」

「どうしたんだ? 本当に調子悪いんじゃないのか?」


 そう言いながら、うつむいているわたしの顔を覗こうとする彼。


 あ~~~、だめ~~~っ!

 今のわたし、絶対にかわいくない顔になってる(断言)!


 わたしはとっさに体ごと後ろに振り向いた。顔を見られるわけにはいかないのよ!こんな顔、見られたら嫌われるに決まってるんだから!


「大丈夫、ありがと拓人。じゃあまた明日、図書館で!」

「なんで後ろ向き……」


 拓人のそんな声を無視して、わたしは玄関に駆け込んで


「えーっと、荷物どうすんだよ?」


 玄関に駆け込む前に、彼の左手から自分の荷物をふんだくり、顔を合わせないようにそのままダッシュで家の中に駆け込んだ。

「じゃ、じゃあねっ!」


――ばたんっ!


「……な奴」


 そんな声が聞こえた気がする、今日何度目かの『』。

 でも今日のわたしは本当にだったからその言葉、甘んじて受けようと思った。


「今日はだめだったけど、明日こそ……きっと!」


 わたしは玄関先で堅く握り込んだ拳に気合いを入れて誓ったのでした。

 なにを誓ったのかって?

 それは明日のお楽しみ。


 つづくっ!

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