事件前日――③

「まずは名前を聞こうか」


 見知らぬ客を部屋に案内し、ゲイルは蝋燭の光を挟んで、その魔物と向き合った。


「インプのリムってんだ」


 灰色の小さな体に、長い尻尾。耳の形はエルフとウサギの中間といったところか。おどおどとした目つきで、ゲイルを見上げている。


「こんな夜中に、何の用だ?」


「実は……」ためらいがちに口を開くリム。「アンビア様に伝言を頼まれたんだ」


「アンビア」明瞭な発音で、ゲイルはその名前を繰り返した。「リッチーのアンビアのことか?」


「そうだよ。アンビア様は明日、王都にやってくる。アンタに会うためにね」


「悪い冗談だな」暗闇にふさわしい抑揚のない声で、ゲイルは言った。


「指名手配犯が警察騎士に会う? 自首でもするつもりか? 目的は何だ?」


「アンビア様は、アンタに頼みたいことがあるんだ。だから直接会って、お願いするんだと」


「依頼内容によるな」罠の香りを嗅ぎ取ったゲイルは、皮肉まじりに答えた。「どんな要求をされるのやら」


「一日あれば、済むことだよ。ティアミナの森に行って、魔王様に会うだけだ」


「魔王」その言葉が出たことで、ゲイルの不信感はいっそう強まる。「彼は二年前に死んだはずだが」


「魔王様は生きてるよ。森の奥で、アンビア様と二人で暮らしてる。オイラも時々、そこに行ってるんだ」


 舌足らずな喋り方で、リムは長い物語を話し始めた。


 魔王は一度死んだ。だが、【蘇生】スキルを習得していたのは、リッチーのアンビアだけではなかった。魔王は土の下から蘇り、死体の埋葬を担当したアンビアと合流。大陸の各地を転々とした後、今はティアミナの森に隠れ住み、静かに余生を過ごしている。


「オイラは偶然、魔王様が墓から蘇る場面に遭遇したんだ。正直、殺されると思ったよ。口封じのためにね。けど、魔王様は寛大な心で、オイラを許してくれた。それ以来、ちょくちょく二人の手伝いをしてるんだ」


 リムの話は続く。【蘇生】スキルで新しい命を得た魔王だが、その命もまた永遠ではない。魔力が枯れ果てれば、意識も消える。その終わりの時が、近づいているというのだ。


「たった二年で死ぬのか。不自由なスキルだな」話の矛盾点を探るように、ゲイルがさりげなく言う。


「無機物に意識を移すデュラハンとかとは違って、生物の肉体の維持には、大量の魔力を消費するんだ。二年間も生きられたのが、奇跡なぐらいだよ。魔王様はもうすぐ死ぬ。最後に、アンタに会っておきたいんだと」


「その交渉のために、部下のアンビアを使者に寄こすというのか?」


「いいや。魔王様はそれが叶わぬ願いだと納得して諦めてる。今度の行動はアンビア様の独断だ。オイラはアンビア様の密命を受けて、ここにいる。魔王様は何にも知らねえ」


「要領を得ない話だな」


 お手上げだとでも言うように、ゲイルは肩をすくめる。


「正直、訳が分からん。寿命が尽きかけている魔王が、何の接点もない俺に会いたがっている? 理由はともかく、それなら王都に来ればいいだろう。魔王は【変身】スキルで姿を変えられる。別人に変装して、王都に侵入できるはずだ」


「歩くのもやっとなほど衰弱してるんだ。王都まで旅行なんて無理だよ。それに一度死んじまったら、【変身】スキルは使えなくなる」


「で、俺にティアミナの森まで来いと? そんな怪しい誘いに乗るわけがない」


「分かってるよ。だからアンビア様はオイラを寄こしたんだ。とにかく、これを読んでくれ」


 リムは黒い革袋から紙束を取り出し、ゲイルに渡した。


「アンタに渡すようにって、アンビア様から言付かったんだ。詳しいことは、そこに全て書いてある」


 リムはそれっきり黙ってしまった。釈然としないものを感じつつ、ゲイルは蝋燭の光を頼りに、アンビアの手紙を読み始めた。

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