論ずる

 ニックが手を挙げた。早速、何か思いついたらしい。


「リオン王子はドラゴンに食べられ、吐き出された時には短剣が刺さっていた。つまり!」


 伸ばした腕を降ろして、そのままファズに突きつける。


「犯人の君は、ドラゴンの口に潜んでいた! そこでリオン王子が来るのを待ち構えてたんだ!」


「いや、無理だろ」


 ファズはあっさりと否定した。


「アシュヘロス様は、住処の山からマトス村まで飛んできたんだぜ? その間、俺は口の中で踏んばってたのか? 胃の方へ落ちないようにさ」


「そのトリックも解明済みだよ」


 ニックは自信満々である。


「ドラゴンの口に関する説明を聞いた時、ピーンときたんだ。君はこう言った。『歯と歯の間には、すき間があるよ。三角形と三角形の間にキレイに挟まって、生き残った魔物もいたそうだよ』と。さらに君はこうも言った。『建物は壊さなかったし、炎も吐かなかった』ってね。君は、ドラゴンの歯にしがみついていた。だから落ちる心配はなかったんだ。ドラゴンが炎を吐かなかったのは、口の中に君がいたからだ!」


「一歩間違えれば、即死じゃねえか」


 ファズは苦笑して、ワインを舐めた。


「そんな命がけのトリック、思いついても実行しねえよ。部屋の掃除でもしてる方がよっぽどマシだね。その答えは間違いだ。別の推理を考えてくれ」


 矢継ぎ早に、ニックは次の推理を繰り出した。


「王子様を刺した短剣がどこから現れたのか、僕なりに考えてみたんだ」


「ほお、悪くない着眼点だね」


「ドラゴンが王子様を食べる前、短剣は刺さってなかったんだよね?」


「そうだ」


「なのに、口から飛び出た王子様の体には、短剣が刺さっていた」


「そうなるな」


「ありえないね」


「は?」ファズは素っ頓狂な声を出して、ニックを見つめた。相手はどういうわけか得意げな顔をしている。


「口の中で短剣を刺せるわけがない。ということは、実際に刺されたのは食べられる前、もしくは後!」


「いや、アシュヘロス様の周りにいた村人達が、刺されたのは口の中だと証言してるんだが……」


「見間違えたんだよ、きっと! 地面に落ちてきた王子様の体に短剣が刺さってるのを見て、口から吐き出された瞬間、すでに短剣が刺さっていたかのように錯覚したんだよ!」


「……じゃあ、口から吐き出されて地面に落ちるまでの間に刺された、って言いたいわけ?」


「そう! つまり答えは…………投げナイフだ!」


 酒場の片隅に響き渡るニックの声。言葉を失うファズ。ビールを飲みながら、二人の様子を静観するゲイル。


「おーい、赤ワインくれー」


 ファズは気の抜けた声で、注文を入れた。古いグラスと新しいグラスが取り替えられる。


「どう? どう? 正解でしょ?」


 顔をグイグイと近づけてくるニックに対し、


「お前、正気か?」


 と、ファズは悪態をついた。


「投げナイフって……どこから短剣を投げるんだよ!」


「そんなの決まってるよ。ドラゴンを取り囲んでいる村人達に紛れて……」


「人間と魔物は戦争中だったの!」ファズは子供に言い聞かせるような口調で、叫んだ。「人間の村にリザードマンがいたら、速攻で捕まるだろうが!」


「じゃあ、空中かな。ドラゴンと一緒に飛来して、短剣を投げたんだ」


「……リザードマンが飛べると思ってるのか?」


「えっ、飛べないの?」


「飛べねえよ! 俺はワイバーンじゃねえんだよ!」


「じゃあ、空を飛べる魔物に運んでもらったとか?」


「お前、何も考えずに喋ってるだろ」両目を細めるファズ。ニックを相手にするのが、疲れてきたらしい。


「ドラゴン以外に飛んでる魔物がいたら、村人が見てるはずだろ」


「あっ、そうか。そうだよね~」


「少しいいか」ゲイルが重い口を開いた。「【透明化】スキルを使えば、姿を消せる。村人が見ていないからといって、その場にいなかったことの証明にはならない」


「ああ、スキルか。すっかり忘れてたぜ」


 ファズは煩わしそうに唇を曲げた。口の隙間から、細長い舌が覗いている。


「ちょっと補足した方が良さそうだな。俺はスキルを一つも使ってないよ。だからスキルのことは考えなくていい」


「えー。次に言おうと思ってたのにー」


 ニックが嘆いている間も、ファズの補足説明は続いた。


「ドラゴンの皮膚は魔力を弾く。生半可なスキルじゃ、何の効果もないだろうな。あの時マトス村にいた人間で、アシュヘロス様に対抗できたのはヨナ・ヘイゼンぐらいだ。まあ、近衛隊長が王子を殺すわけがないし、そもそも犯人は俺だからな。あの女は関係ない」


 話が一段落したところで、ファズはカウンターに目をやり、


「休憩がてら、何か食うか」


 呼びかけると、店員がゲイル達のテーブルにやってきた。


「はい、ご用ですか」


「果物が欲しいんだけどよ」と、ファズ。「イチゴってある?」


「ええ、新鮮な美味しいイチゴがありますよ」


「じゃあ、それ一つ。あと――」


 店員の前でグラスを空けてから、


「赤ワインをもう一杯」


 しばらくして、平皿に盛られたイチゴと、新たなグラスが運ばれてきた。みずみずしく輝くイチゴを一つ取り、噛りつくファズ。サクッといい音がした。


「うめえ! 部屋に持ち帰りたいぐらいだ!」


 ファズは皿を差しだして、


「アンタ達も食いなよ。俺のおごりだ」


 ニックとゲイルも手を伸ばし、イチゴを一つずつ食べた。皿にはまだ、イチゴが十個近く残っている。


「そろそろ答えは分かったかい?」酒で赤くなった頬を上下に動かしながら、ファズはニッコリと微笑んだ。


「んー、んー」ニックは低い声で唸った。「難しいなあ」


「ははは。まあ、必死に悩んでくれよ。何といっても、王族の殺害事件だ。簡単に答えを出されたら、俺の立場がねえ」


「一つ質問してもいい?」


「おっ、積極的でいいねえ。事件に関することなら、何でも聞いてくれ」


「王子様を刺した短剣って、どんな短剣だったの?」


「なんだ、そんなことか。普通の短剣だよ。エフライム王国なら、どこにでも売ってる短剣」


「もしかして、ハウアーの短剣のこと? 王国で一番人気のある短剣だよね。安いし、性能もいいし、何といっても黒檀色の柄が有名で……」


「ああ、それそれ」なぜか、ファズは早口でまくし立てた。「その短剣で、王子は刺されたんだ」


「奇妙だな」


 短いが力強い声で、ゲイルは話を遮った。


「その短剣を、どこで入手したんだ? 人間と魔物は戦争中だったはずだが」


「そんなの奇妙でも何でもねえよ」


 ファズは陽気に返した。


「人間の捕虜から、奪い取ったんだ。使い勝手がいいんで、魔物の国でも評判だったよ」


「なるほど」


 疑問が解消したので、ゲイルは再び沈黙した。


「んー、んー、んー」ニックはまたもや唸っている。「ドラゴンの口の中……胃から短剣が飛んできた……いや、ナイフを持った暗殺者が鼻の穴から侵入したのかも……それともドラゴンには、僕達の知らない不思議な穴が空いてるのか……?」


「おいおい、難しく考えすぎだ」ファズが横から助け舟を出した。


「もっと単純化して考えろ。これは密室殺人だ。ドラゴンが部屋で、口は扉だと思えばいい」


「おー、わかりやすい例えだね」


「で、部屋にいるのは被害者ただ一人。扉の鍵はかかっている。さて、被害者はいかにして殺されたのか…………考えるべき問題は何だ?」


「犯人はどうやって部屋に入ったのか」


「惜しい! 犯人よりも先に考えるべきものがあるだろ?」


「あっ、凶器だ。凶器がどうやって部屋に入ったのか」


「そっ! 凶器の侵入方法だ。部屋の外から被害者を殺す場合だって、ありえるからな」


「でも、扉は閉まってたんだよ? 短剣が入りこむ余地はない。だからこそ、鼻とか耳とか、別の抜け穴がないか考えてみたんだけど」


「発想を変えてみろ。扉が閉まってる以上、短剣が侵入するのは不可能。じゃあ、いつであれば侵入できたと思う?」


「それは勿論、扉が開いていた時…………ああああっ! 分かったあ!」


 歓喜の雄叫びをあげて、ニックはテーブルを叩き、そして言い放った。


「入れ替わりだ!」


「へ?」想定外の言葉だったらしく、ファズは驚くことしかできなかった。


「単純な入れ替わりトリックだよ。ドラゴンがマトス村を襲撃する前、すでにリオン王子は殺されていたんだ! 言うまでもなく、君の手によってね。短剣が刺さった王子の死体はドラゴンの口の中に放りこまれ、ドラゴンはうっかり飲みこまないよう慎重に、死体を村まで運んだ。

 村にいたリオン王子は、ずばり偽物! ドラゴンは偽の王子を食べる代わりに、口に含んでいた死体を吐き出したんだ。こうして、不思議な密室殺人が完成した――」


「…………」


「…………」


 気まずい沈黙がテーブルを包んだ。ただ一人ニックだけは、気持ちよさそうに余韻に浸っている。


「言いたいことは山ほどあるが……」ファズである。「偽物の王子って、誰だよ」


「そっくりさんだよ、そっくりさん! 王子様だから替え玉ぐらいいるでしょ? もしくは双子の兄弟とか」


「リオン王子に双子の弟がいるのは事実だが……」


「じゃあ、その人で決まりだ! いやー、なかなか思い切ったトリックだね」


 げんなりした顔で、ファズはゲイルに目を向けた。


「警察騎士の入団試験に、常識テストってねえのか?」


「導入を検討するべきだな」ゲイルも呆れかえっていた。「今、はっきりと確信した」


「え。僕、何か変なこと言いました?」


「リオン王子の弟はな……」


 ゲイルは語気を強めた。


「クルト=エフライム――――今の国王様だ!」


「えっ…………ええええええっ!」


 たたみかけるように、ゲイルの反証が続く。


「入れ替わりトリック? その理屈だと、今の国王様は死んでることになるが? 俺達が仕えているのは、一体何者なんだ? 三つ子の兄弟とでも言うつもりか?」


「うう……反論できません」


「お前、処刑にされるぞ」ファズは毒気を抜かれた顔で、ワインを飲んだ。「国王様のことぐらい、知っとけよな」


「うう……反論できない」


「ったく。このままじゃ答えから遠のく一方だな。しょうがない、特別にヒントをやるよ」


 ファズは椅子に座り直し、姿勢を正した。


「王子の死体を調べた警察騎士の証言だ。『短剣の柄には、木屑と粘り気のある液体が付着していた』」


「木屑? 粘り気のある液体?」


 首をひねるニックを尻目に、ファズは両腕を広げた。


「さあさあ、真相は目前だ。呪い殺したわけでも、神の力を借りたわけでもない。俺は真っ当な方法で、リオン王子を殺害した。その仕掛けを解き明かしてみな」


 ファズはグラスを引っ掴むと、もう何杯目かも分からない酒を飲み下した。それでも、まだ足りないらしく、


「すまーん! ワインくれー!」


 と、声を響かせた。


 ファズの注文に応じて、店員が慣れた手つきでグラスを運んでくる。この時、ちょっとした事件が起きた。ファズがグラスを受け取ろうとして、誤ってそれを床に落としたのだ。


 耳障りな音を伴って、ガラスの破片が床に散らばった。よく磨かれた木の床が、赤い液体で染められていく。


「すまねえ! 俺もだいぶ酔ってるみたいだ」


 ファズは店員に何度も頭を下げている。その隣で、ゲイルは床にこぼれた液体をじっと凝視していた。店員が割れたグラスを片づけている間も、その視線は床に固定されたままだった。


 店員が立ち去ったのち、ゲイルはおもむろに口を切った。


「『リオン=エフライム暗殺事件』の真相が分かった」


「おっ、ついに来たか」ファズは嬉しそうである。「それじゃあ、推理を聞かせてもらおうかな」


「ちょっと待ってくださいよ! 結局、ゲイルさんが推理するんですか!」


 ニックの苦情は、ファズの一言「早い者勝ちだよ」で跳ねのけられた。世の中は無情である。


「では、俺の推理を話そう。その前に……」


 気落ちしているニックに、ゲイルは声をかけた。


「なあ、ニック。エフライム王国に伝わる『真紅の部屋』という民話があるんだが――知ってるか?」

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