第11話 越えられない壁

 一冊ずつビニールに包む作業は、単純だからこそ眠気も襲ってくる。雑誌の発売日前日になると、紙の集合体で壁ができるんじゃないかというくらい、量が多い。僕なんか、簡単に埋もれてしまう。

「志摩君、追加」

 最初は申し訳なさそうに持ってきていた店長は、後半になるにつれて、新しいおもちゃを見つけたようにうきうきしている。単に僕の表情の変化を楽しんでいるだけだ。水溜まりもジャンプで越えられるかどうかの瀬戸際が楽しかったりする。そんな悪戯好きな子供に戻ったみたいだった。

 ダンボールの中は音楽雑誌だらけだった。不覚にも、表紙の人物に、そしてでかでかと書かれた文字に、僕は気づかないでいた。目に入って脳が察知したのは、だいたい五、六冊ほど包装した後だ。

「ナオキさん……」

 首にタオルをかけ、満面の笑みで歌う姿は、カレーを食べているときとは全く違った一面だ。芸能界と一般社会。僕とは生きる世界が違う人。ツアー最後のライブも、無事成功に終わったらしい。今はハワイに戻っているだろう。きっともう会うことはなくても、良い想い出に変わっていた。

──いま話題のDJ特集!

 そう書かれた雑誌に、僕は仕事中であっても欲望を抑えきれなかった。雑誌の中に、希望がうまっているかもしれない。一度ドアを見て、僕は雑誌を開いた。

「おお……おおおおお…………」

 遠吠えが出た。人間は興奮すると、声にならない声が出るらしい。

 一ページ目は、ユキさんのドアップの写真であり、二ページ目はインタビューを受けている様子である。しかも、レアな眼鏡姿。初めてお目にかかる。僕は一度閉じ、深呼吸を何度も繰り返した。家だったらベッドに転がり落ちているだろう。全力でマラソンをした後みたいな状態になっている。なんだか疲れ果てた。

 こっそり音楽雑誌を寄せておいて、帰りにレジに持っていった。外は雨のせいか、店内にもお客さんは少ない。パラパラとショルダーバックを持つサラリーマンの横を通り過ぎると目が合い、どちらが先か、すぐに逸らした。

「え、二冊買うの?」

「はい」

「同じだけど大丈夫?」

「はい」

 手短に会話を終わらせるために、お釣りを受け取る瞬間にお疲れ様でしたと言った。早く帰って読みたいと思いつつも、夢のままもう少し漂っていたいという二つの世界を行き来している。

 どうやって帰ったのかも二階に上がったのかも覚えていないくらいで、ベッドに正座をすると大きく深呼吸をした。緊張をほぐすとき、深呼吸が良いとか逆効果だとかいろいろ言われているが、本当はどちらなんだろうか。現在襲われている緊張には、深呼吸は逆効果だった。紅茶を飲んでも逆効果。一番効果てきめんなのは、早く雑誌を開くことだ。

「…………よし」

 目次を見て、ページ数をチェックして、DJユキの載るページを開いた。

「ま、眩しい……」

 神様が眼鏡をかけている。細かい字も読めるように、僕も鞄から黒縁眼鏡を取り出した。型が違っても、ちょっとだけお揃い気分が味わえる。

 真剣に原稿に向かう姿は僕の知らないユキさんで。横には葉書や紙が置かれている。リスナーから来たお便りの数々だろう。

──顔出しの仕事をこなしてからいろいろなが人やものに触れる機会が多くなった。

──仕事がなくて食べていけない時期もあり、あのときの辛さを知っているからこそ、マネージャー含め回りの方の有り難さが染みている。

──DJの仕事で食べていけるようになった今でも、貧乏料理はよく作る。キャベツともやしでお好み焼き風は、ソースとマヨネーズをかければお好み焼きに近くなる。

 それは単にソースとマヨネーズが美味しいのではないかと質問があり、ユキさんは笑いでごまかしている。こんなの、可愛すぎる。

──最近だと、大学でのラジオ収録の反響が大きかった。大学生のパワーは強い。私の学生時代はあまり笑う子供ではなく、友人らしい友人も少なかった。

 明るいユキさんからは想像もできない。人生、いろいろあったんだ。

 あとはラジオの宣伝、まだ未発表のナレーションの宣伝だ。知らない一面の数々に、よく気を失わなかったなと、自分自身を褒めてやりたい。相変わらず黒子がセクシーだ。

 これはユキさんとメールができるまたとないチャンスではないか? 水族館に行ったっきり、音沙汰が途絶え気味になっている。芸能人だから、社会人だからと勝手に印を押しつけて、僕は勇気を出せないでいた。

──眼鏡のユキさんも素敵でした。貧乏飯は、僕も試してみたいです。大学を卒業したら一人暮らしをする予定なので、ぜひ教えて下さい。

 雑誌を読みましたという思いも込め、メッセージを送信した。正座のまま待てども返って来なかったので、嫌われたのではないかと心配になる。そもそも、既読すらつかない。仕事中なのかもしれないが、楽観的にそうは考えられなかった。

 気分転換も兼ねてお風呂に入ると、リビングからこれまたタイムリーな良い匂いがした。

「珍しい……」

「キャベツが安かったのよ。あまり家では食べないものね」

「すごく……すごく食べたかった」

 ホットプレートで焼いている分は、おそらく僕の分だ。父親がいると手を伸ばせないから。今日は母と二人での食卓だ。

「デザートにジェラートを買ってきているのよ。あとで二人で食べましょう」

「ジェラート?」

 一週間前に食べたジェラートが、今は懐かしい。甘酸っぱい想い出だ。ユキさんと分かち合った出来事は、想い出にもしたいけれど想い出で終わらせたくはない。恋する男心だって、複雑なのだ。

「少し前に、ジェラート食べたんだ。それ思い出した」

「あら、誰と食べに行ったの?」

「前に話した、社会人の……友達」

 友達と呼んでいいものか。ユキさんもそう思ってくれていたら、とてもうれしい。でもちょっとさみしい。何度でも言う。男心は複雑なのだ。

「美味しかった?」

「むっちゃ美味しかった。焼き芋味で、もっちりねっとりしてた」

「カボチャとゴルゴンゾーラのジェラートを買ってきたの。珍しいでしょ?」

「バニラとかチョコとか、買わない母さんが好きだよ」

 チーズの種類が分からない僕としては、ゴルゴンゾーラでもチェダーでもそんなに味が変わらないような気がする。

 母さんお手製のお好み焼きを堪能した後、二人でジェラートを食べた。苦手だったシェアも克服出来つつある。シェアは好きな相手としかしないから、大鍋をつつくよりも別の意味で抵抗感は少ない。

「ゴルゴンゾーラはどう?」

「モッツァレラって言われても、美味しいって言うと思う」

「良かったわあ。カボチャもどうぞ」

 お菓子が食べられる家になった。きっかけは、ユキさんがくれた勇気のおかげ。それまで隠れて食べてはいたけれど、堂々と食べられる家庭に変化し、大好きな天使との会話も増えた。甘いものを頬張る母さんは、とっても輝いている。

 炭水化物を満足いくまで味わい、僕は部屋に戻った。端末のランプが点灯している。

──忘れてた! どこで見つけたの?

 音沙汰のなさが嘘のように、平然とした内容だった。けれど、恋人同士なわけではないのだから、これが普通の距離感だ。雷太君とだって、いちいち久しぶりなんて声かけはしない。

──バイトしている本屋さんです。二冊購入しました。

──そんなに?

──読む用と、保存用。

──ちょっと電話してもいい?

 返事をする前に、画面が切り替わる。タップするだけで、ユキさんの声が聞ける。勇気を出せ。

「もしもし?」

『こんばんは。一週間ぶりだね』

「……さみしかったです」

 男に言われても嬉しくないだろうに。

 電話越しに、息を呑む音が聞こえた。

『……うん、俺も。何してた?』

「お好み焼きを食べてました。豚肉と焼きそばが入ったやつ」

『おー、豪華だね』

「それが普通って思ってました。贅沢です」

『あ、貧乏飯の話? 意外と美味しいんだよ?』

「すごく食べてみたいです」

『いいよ。家においで』

 ん?

「え?」

『ふふ』

 今の不適な笑みは何なんだ。どういうことだ。

「ユキさん?」

『あっ待って、ソラにスマホ取られる』

 ボイスレスキャットと呼ばれる種類でも、鳴き声がはっきりと聞こえた。カチャカチャと忙しない音がする。

『嫉妬しているみたい』

「スマホにも嫉妬するんですか……仲良しですね」

『というより、晴弥君に』

 ん?

「ユキさん? どうしちゃったんですか?」

『仕事仲間と電話をしていてもちょっかいはかけてこないからね』

「お酒飲んでたりします?」

『アルコールはほとんど摂取しないよ。カロリーは甘いもので取る』

 名言っぽいことを言っているが、ユキさんの新しい一面に出逢えた気分だ。

『ちなみに今は、ブランデー入りのチョコレートを食べてるよ』

「あ、やっぱり摂取してるじゃないですか。気をつけて下さいね」

『ふふ。心配されるっていいね』

 どこかふわふわした、つかみ所のない印象だ。雲や風が手に収まらないように、ユキさんもすり抜けていってしまう。

『会いたいなあ』

「そ、れは……」

 誰に。聞くに聞けない。体内に入ったアルコールのせいで、もし僕の望む答えが返ってきても、嬉しさよりも自責の念で潰されそうだから。

「ソラちゃんに……会ってみたいです」

『ああ……ソラね。そっか。きっとソラも、会いたがるよ』

 急激に冷え切った空気となった。分かりやすいほどに、声の質が急降下した。ユキさんの言葉を待ったが、ため息一つ置かれただけで子供のように黙ってしまった。

「ユキさんに……会いたいです」

『うん、俺も』

「今日は本当にどうかしました? 嬉しいですけど」

『うーん……次、いつ会える?』

 なんだか話が噛み合っていない。

「僕はユキさんに合わせられます。いつでも……その、会いたい」

『例えば、夜とか?』

「夜?」

『ごめん、ほんとに、俺……おかしい』

 感情の起伏がとても大きい。晴れていたのにいきなり落雷したり、過ぎ去った後は大雨が降ったり。どしゃ降りの雨に当たるユキさんは、息をするのもやっとに聞こえた。

「明日はお仕事ですか?」

『夕方からだよ』

「……会いたい」

『え、今? いいの?』

「僕が会いたい」

『渋谷まで出て来られる?』

 僕は行き慣れた場所でもあり、ふたりの家の中間地点に当たるらしい。電話を切り、母に声をかけると、寂しそうに笑っている。

 玄関から出ようとしたとき、ちょうど車のライトがドアの隙間から入ってきた。すれ違いになるより先に、靴を履いてさっさとアスファルトを駆け出した。

 夜はとにかく寒い。この前は関東で雹が降ったと世間を賑わせた。ユキさんのラジオでも、その話で持ちきりだった。

 行きの電車はそれほど混んではいない。疲れきった会社員の横で、有り余る元気を持つ僕がいる。

「ユキさんっ」

 お揃いに見えるカーディガンと、お揃いに見える眼鏡。とにかく、かわいい。

「どう?」

「雑誌と同じ……」

「わざわざ購入してくれて、ありがとうね」

「二冊合わせても千円くらいですよ。それで幸せが変えるなら、安いものです」

 ユキさんさんは迷わず僕の手を取り、歩き出した。掴まれた手首は、嬉しいと物足りないという反する感情で悲鳴を上げている。水族館のときはあんなに嬉しかったのに、僕は我儘な生き物だ。

「あ」

「どうしました?」

「歩いたのはいいけれど、どこに行こうか考えていなかった」

「なら、カラオケに行きません?」

「カラオケ?」

 ユキさんは僕を振り返る。逆光も重なり、神様が光の中から君臨してきたかのように見える。

「家にいると父親がいるんで、ひとりになりたくてもなれないときは、カラオケをたまに利用するんです。閉鎖された空間で、ストレス解消にもなれますし」

「そうか……その手があったか」

 カラオケがいいと、ユキさんは駅近くのカラオケ屋に入る。僕の手首は掴まれたまま。

「少し待ち時間があるって」

 ソファーでもう一組、待っている女性たちがいる。同じくらいの大学生だろうか。僕と目が合って、すぐに逸らすが、目線の先は手首に向いている気がする。自意識過剰と言われても、恥ずかしさは変わらない。ユキさんは気にしないのだろうか。水族館とは光の加減が違う。それにここには魅せる魚たちはいない。

 先に女性たちが呼ばれ、五分ほど経ったところで僕たちも呼ばれた。

「ちょっと狭いね」

「…………はい」

 ひとり用の部屋だろうか。ふたりだと横になれるスペースがない。座る直前、ユキさんの手が下がり、僕の手のひらに触れた。そして何事もないし問題ないと、手は離れていく。植え付けられた熱は大問題だ。

 あったかいコーヒーと紅茶で乾杯し、まずは身体を温めた。冷えた身体に温かなものを入れると、身体がぶるぶる震える。感覚のなかった指先が、表面はまだ冷たいのに中にちくちくと刺されたように熱くなっていく。人間の身体は不思議だ。

「お父さんとどう?」

「特に話してもいませんが、喧嘩もしていません。会話らしい会話もないので。ユキさんは? 大丈夫ですか?」

「うん……」

 父の話を急にし出し、僕の問いかけにははにかんで両手でカップを持った。

「お父さんと、何かありましたか?」

 きっと、多分だけど、聞いてほしいんじゃないかと、ふと思った。

「連絡、来たんだ。今の今まで俺たちを見捨てておいて」

 俺たち。残された家族だろうか。

「俺の家は母子家庭で、北海道で母さんと二人で暮らしてた」

「北海道出身だったんですか。知らなかった……」

「明かしてないからね。マリファナの温床だよ。良い想い出より、誰かにすがりたいほど嫌な記憶でうまっている。俺が小学生の頃、父は大麻に手を出して、母と俺を捨てて他の女性のところに行った。名残惜しさも見せず、あっけない最後だった。父の顔は覚えていない。背中しか見えなかった。泣いている母を見て、こんなに素敵な人から笑顔を奪うあくどさと、人の道を奪っていく女性という生き物に嫌悪感が芽生えた」

 非現実的ともとれる数々の過去は、温まったはずの身体をひやりとさせた。

「俺が晴弥君の大学で公開収録をしたとき、どこからか父の耳にも入ったんだ。それで先週、葉書が届いた。今までのことを謝罪したい、母さんは元気にしているかってね。母さんが死んだことすら、あいつは知らなかった」

「いつ、亡くなられたんですか?」

「単独のラジオを初めてした数日前だよ」

「僕が中学生のときだ……」

 ユキさんは力なく笑う。

「晴弥君は、ずっと俺を支えてくれているね」

「ずっと……?」

「いつだってそうだった。ほしいと思った言葉をくれて、どす黒いものを少しずつ浄化してくれる」

 ずっととは、いつのことだろう。僕とユキさんの出会いは一番初めのラジオからだから……そんなことを考えている間、狭い空間で、僕はユキさんにめいっぱい抱きしめられていた。ヒビの入った灰色の壁と、ストレートに流れる横髪、それととびきり良い匂い。ハーブの香りは香水ではなく、普段からハーブティーを飲んでいるからかもしれない。近づかないと分からない距離だ。

 遠慮はしたくなかった。なので、僕もわき腹をくすぐるように、撫でながら背中に手を回した。

「知らないだろ? 初めてのラジオで緊張で吐きそうになっていたとき、母親が亡くなって、生きる価値すら見いだせなくなっていた俺に、いつも道標になってくれていたこと」

「僕……そんな、」

「咳をすれば大丈夫かと心配してくれ、おやつの話をすれば一生懸命ネットで調べた情報をくれた。俺のラジオがお休みのときは、寂しかったと素直な気持ちを吐露してくれた。どれだけ俺が救われたか」

「ユキさん……」

「どうしたらいいだろう……父親に会うべきかどうか、分からない。判断できる材料がない。頼れる人も、もういない」

 材料がなければ料理すらできない。道具がなければ、思い描くものも作れない。

「ユキさんのお父さんって、何してる人ですか?」

「大学の教授。俺だったら……絶対に学びたくない」

 ユキさんの立場からすればそうだろう。僕の通う大学での仕事がきっかけとなって葉書が送られてきたので、うちの大学かもしれないとよぎる。だが、遠野という名字の教授は、記憶の中ではいなかった。

「会って、何をするんですか? 家族としてやり直すため? お母さんの話をするため? 話したいこともまとまっていない状態で、ユキさんの気持ちもまとまらないと思います。ユキさんが壊れてしまうくらいなら、会わない方がいい」

「俺のことを思っているからこその言葉だ。無責任に会うべきとも言わない。会うのが普通だと、思いたくない。会いたくない」

 ユキさんの中で、すでに答えが決まっていた。ならば僕は、背中を押すだけだ。

「会わなくていいと思います。きっと会いたいと願う人は、過去に懺悔をしたくて、堂々と前を向いて歩きたいから連絡をしてきたんです。それはユキさんの気持ちとは別のところにあって、ユキさんのためというより自分の人生をより良いものにしたいから。会うのが正義でも正しい道でもない。もし、僕が……ユキさんの立場なら……」

「……………………」

 会えるだろうか? あんな父親に。

 病気だの正気でないだの言い続けた人間相手に、話は通じるのだろうか?

「僕なら……会わない」

「充分伝わったよ。晴弥君にそんな顔をさせるために話したわけじゃなかったんだけど……これは俺のミスだな。俺はすっきりした。けれど、きっと晴弥君はモヤモヤしたままだ」

「いえ、僕も考えるきっかけになりました。姉に言われた言葉があって、人生いろいろありすぎたせいか、同世代と比べると人を見る目が養われてるって。だからこそ、親子といえど父とはできる限り話さないようにしようと決めています。あの人と話しても、自分が傷つくだけだから。あの、それで……」

「それで?」

「とても、僕には宝物ができました。これからも、どんな形でも、ユキさんとは……その……仲良く……したいです」

 背中に回された手が、とんとんと叩いてくる。

「どんな形でも、ねえ……」

「ひゃあっ」

 背中にあった手がわき腹に添えられ、忙しなく指が動いた。ソファーでのた打ち回っても、手は離れることはなく、腋窩に回る。そこで止まる。全身が震え、神経のすべてが彼の手によって掴まれた。

「く、くすぐったい……」

「あはは、可愛いなあ」

 くすぐったくて、でも止めてほしくなくて。僕は以前にユキさんをSっ気があると思ったけれど、僕の方がこういう嗜好や願望があるのかもしれない。段々と気持ち良くなって、ユキさんも楽しそうだったから僕はこのままでいいやと思い、されるがままにされていた。

 起き上がるとき、ユキさんの顔が頬に当たり、柔らかいものが触れた気がしたが、彼も何も言わないので黙っておいた。気にすべき問題にしてはいけない気がした。今僕が考えなければならないことは、初の朝帰りをする言い訳を考えないといけないことだ。

 挨拶に行きたいというユキさんを丁寧に、とにかく断固としてお断りをして、譲歩だとタクシー代をもらい受けて、僕は名残惜しくも乗り込んだ。

「またね、晴弥」

 爆弾発言を残し、ユキさんは感情の読めない笑顔で手を振った。

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