シャーロットのお守り

 リチャードはかの一件の数日後、クリフからハンカチを返してもらった。傷を手当したハンカチだ。それは綺麗に洗濯され、アイロンがかけられてあった。リチャードはありがたく受け取った。


 叔父のコレクションをまだ見たことがないことに、リチャードは思い当たった。見に行くのもよいかもしれない、とリチャードは思った。そうすればそこにあの男がいるのだろう。別に……あの男に会いに行くわけではないが……リチャードは思った。


 ただ、今回発掘現場を見学したことによって、化石についての興味が芽生えただけだ。だから、叔父のところへ行くのだ。リチャードは考えをそうまとめると、ではいつ訪ねるのがよいだろうかと、頭の中で計画を練り始めた。




――――




 トーマス卿が、屋敷を後にする日が近づいている。発掘はまだ続いているが、一端、ロンドンに戻るのそうだ。コーデリアは、シャーロットの部屋へと歩いているところだった。


 別れの前に、シャーロットと何か話がしたかったのだ。二人で不思議な世界に行って、そこで慰めてもらった。お世話になったことへのお礼を言いたいと思う。上手く言えるかどうかはわからなかったが。


 ドアをノックして、シャーロットの部屋へと入った。シャーロットは荷づくりをしているところだった。簡素ですっきりとした使用人部屋は、そこを引き払うための準備によって、さらにさっぱりとして見えた。


「あ、あの、ごめんなさい。お忙しいなら……」


 コーデリアが出ていこうとするのを、シャーロットが止める。


「いえ、忙しくはありませんわ。ちょうど、仕事が終わったところです」


 シャーロットの持ち物は少なく、部屋の隅にまとめられていた。そこから立ち上がって、シャーロットはコーデリアを迎えた。


「何かご用でしょうか」


 シャーロットがにこやかに尋ねる。コーデリアは迷った。何を言おう。何から言えばいいのだろう。迷い、コーデリアはやっと言葉を出した。


「……えっと、叔父様のところをやめてしまわれるんですね」

「ええ。トーマス卿には申し訳ないのですが、私のわがままで。でも、後任は、私よりもずっと優秀な方に決まっていますから、心配ないでしょう」

「そのう……、あの、叔父様のところで働くのは大変だったでしょうね」


 シャーロットが笑った。コーデリアは恥ずかしくなった。今のは叔父への悪口だと思われただろうか。心配していると、シャーロットが言った。


「トーマス卿はよい方でしたわ。そう、ちょっと気まぐれなところがある方でしたけど、でもとても気前の良い方で、十分すぎるほどの報酬をいただきました。とてもありがたかったですわ。私、お金が欲しくて」


 シャーロットがあっさりと「お金が欲しい」といったことに、コーデリアは戸惑った。なんと返事をしてよいものか困っていると、シャーロットは続けた。


「私、夢があるんです。子どもっぽい夢ですけど」


 シャーロットの目が輝いている。その姿は確かに「子どもっぽい」と言えた。コーデリアは尋ねた。


「どんな夢なんですか?」

「世界中を旅行したいんです。いろんなものを見てみたい……いろんなことを知りたいんです。そのためにはお金がいるでしょう?」

「ええ」


 シャーロットの夢を聞いて、コーデリアは微笑んだ。シャーロットが澄まして謎めいた美女ではなく、無邪気な少女のように感じられた。近さを、感じたのだった。気付けば、コーデリアも言っていた。


「いいですね。それは素敵です。私も……いろんなところに旅ができたら素敵だなって思います」


 本当にそんなこと今まで思ったとがあるかしら、とコーデリアは言いながらあやふやな気持ちになった。旅はあまり好きではない。内気なせいで、知らない人や場所が苦手なのだ。いや――でも――思ったことはあるわ、とコーデリアは考えを改めた。図書室で、異国の動物や植物が描かれている本を見ているときに。これらを――実際に、自分の目で見たいと、そう思っていたじゃない。


「そういえば、私のお守りを見せると約束していましたね」


 シャーロットが言った。そうだ、あの不思議な世界にいたとき、そんな話をしていた。コーデリアは興味を惹かれた。


「はい。よければ、見せてください」

「では、ちょっとお待ちくださいね」


 コーデリアが荷物を探る。そして、何かを取り出した。手の中に収まる小さなものだ。コーデリアはそれを持ってシャーロットに近づくと、手をそっと開いて見せた。


 そこにあったのは、小さなアンモナイトだった。黒く、光るようなアンモナイト。シャーロットの掌のくぼみに、ぴったりと収まっている。とても美しいわ、とコーデリアは思った。


「綺麗ですね。これが、ホーンさんのお守りなんですか?」

「はい。父と私が見つけたものなんです。私が幼いころ――父が化石掘りに私を連れて行ってくれて。すごく珍しいことだったんです。たった一回きりのことですよ」


 シャーロットの顔に昔を懐かしむような、過去を愛おしむような笑みが浮かんだ。シャーロットはアンモナイトを見つめながら、しかしそれと同時にここには存在しないどこか遠いものを見つめるような目で、話を続けた。

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