紫の瞳

 簡素で小さいが清潔な部屋だった。地味な恰好をしているものの、元々の顔立ちがとても美しいシャーロットに合った部屋だとマチルダは思った。シャーロットがその美しい顔でマチルダを見ている。一体何があったのだろう、というような表情で。


 マチルダも、ほとんどシャーロットと口を聞いたことがなかった。シャーロットはクロフォード家の使用人区画に来ることはなかったし、クロフォード家の使用人たちもあまりシャーロットと仲良くしなかった。いじめているというわけではない。ただ、接点がないのだ。


 シャーロットはよく発掘現場を訪れていて、屋敷にいないことが多い。それに、彼女のよくわからない立ち位置、トーマス卿の秘書という肩書ではあるが、本当にそれだけなのかという疑惑が、いまだに使用人たちの中にはあった。また、誰かがどこかから、ミス・ホーンは良家の娘なのだということを聞きつけて、溝はさらに広がった。労働者階級の出身者ばかりである使用人たちにとって、シャーロットは自分たちとは違う存在なのだ、という認識になったのだった。


 そんなわけでマチルダもいささか緊張していたが、手短に、コーデリアお嬢様が発掘現場に行かれたがっているということを話した。シャーロットは話を聞いて、微笑み、それではトーマス卿にお願いしておきましょう、と承諾した。マチルダはほっとして、これで自分の任務が終わったことがわかった。が、なんとなく離れがたかった。もう少し、シャーロットと何かを話してみたかったのだ。


 シャーロットに対する好奇心というものがある。使用人たちの間で話されている憶測は本当に当たっているのか――。本当に、トーマス卿の財産を狙っているのだろうか。そんなに悪い人には見えないけれど――。


 マチルダの目が、シャーロットの目と合った。深くて濃い紫の瞳だった。確かにちょっと何を考えているのかわからないわ、とシャーロットは思った。マチルダは言葉を探し、さりげなく、シャーロットに尋ねてみた。


「えっと……あの、トーマス卿の元で働くのは大変じゃありませんか?」

「いえ、そうでもありませんよ」シャーロットが笑った。意外なことに、いたずらっ子のような笑いだった。「ええ、でも、そのような質問が出るのもわかります。トーマス卿は――そう、少し、奔放すぎる方ですね」


 同意を求めるように、マチルダを見る。ちょっとした些細な悪口を共有するかのように。マチルダもぎこちなく、笑顔を浮かべた。


「そ、そうなんです。使用人たちの中にも、あの――」


 この屋敷の使用人たちもトーマス卿には参っているのだ、という言葉が出そうになった。けれどもそれをトーマス卿の秘書の前で言うのはさすがにどうかと思われた。すんでのところ口を噤み、シャーロットを見ると、彼女はくすくす笑っていた。


「でも、トーマス卿にもよいところはありますわ」シャーロットは笑ったまま言った。「気前のよい方なんです。金銭面で」


「ああ、それは私も聞きました」


 フローレンスがたしかそんなことを言っていた。シャーロットは紫の瞳をきらめかせ、言った。


「私、お金が大好きなんです。だから、トーマス卿も、そういう意味では好きですわね」


 マチルダは驚き、咄嗟に何を言っていいかわからなくなってしまった。お金が好き? まあたいていの人間はお金が好きなものではあるけれど……ホーンさんは本当に、トーマス卿の財産を狙っているのだろうか。


 マチルダはまじまじとシャーロットを見た。失礼だろうかと思いながら。シャーロットはやはり美しかった。決して派手ではなく、華美でもない恰好をしていて、今日もまた暗い色の服に身を包んでいた。けれども美しかった。それは自分が何をどう着ればよく見えるか、十分に承知しているからではないかと思った。


 紫の瞳と目が合う。マチルダは魔女の話を思い出した。魔女。昔々、村に住んでいたという魔女。大地に眠る巨人を呼び起こし、村人たちに復讐をしたという魔女。マチルダはその伝説をコーデリアから聞いていたのだ。


 お嬢様が魔女だなんてとても思えないけど。マチルダはサラとアンとの会話を思い出しながら考えた。でも――ミス・ホーンなら……そうね、魔女と言えなくもない……。


 いえ、そう思うのは彼女に悪いわ。マチルダはすぐにその考えを追い払った。けれどもどうにも胸の内はすっきりしないまま、シャーロットの顔を見つめてしまうのだった。

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