5. お嬢様が魔女

お嬢様が魔女

 マチルダは使用人ホールで親しくしている二人のメイドを見つけた。ハウスメイドのアンとサラだ。年齢が近いので仲良くなったのだ。二人は何かを懸命に話している。


 二人の近くに行くと、さっそくマチルダに話しかけてきた。


「ね、村の噂を知ってる? 怪物が出るの!」

「怪物?」


 唐突な言葉にマチルダはまず呆気に取られた。怪物が出る、とは……どういうことなのだろうか。


 茶色の髪のアンがマチルダに近寄る。


「怪物が出るのよ。どんな怪物かというと……うーんと、私も見たことないからよく知らないんだけど……なんだったかな、ダチョウみたいなの!」

「ダチョウ」


 ダチョウのことはマチルダも知っている。確か暑い国にいる大きな鳥だ。それがこの周辺にもいるのだろうか。


「ただのダチョウではないのよ。長い尻尾があって、腕もあるの! それが何頭か群れになって、スミスさんちの畑を横切って、森の中に消えていったんですって……」

「私が聞いたのは、巨大なコウモリよ」


 今度は金髪のサラが言った。「コウモリだけど、くちばしがあるんですって。それにこちらも尻尾があるの。まるで悪魔のような尻尾で、その尻尾をひらひらさせながら、黄昏時に教会の塔の上を飛んでいたそうよ」


「……どちらもすごそうね」


 どちらもとても本当に存在する生き物とは思われなかった。一体、村の人は何を見たのだろう。マチルダが戸惑っていると、アンがさらに勢いよく言った。


「もっと他の怪物の目撃情報もあるの! ここ何日かで村のあちこちに怪物たちが現れたみたい……。あの、でもね。私たちはそういう怪物の話を前にも聞いたことがあるの」


 後半はいささか落ち着いて、声のトーンも低くなっていた。マチルダも興味を惹かれて身を乗り出した。


「何? どういうこと?」


「あの……」アンは躊躇った。サラの方を見る。サラの顔もやや迷っているようだった。けれどもサラはマチルダにそっと言った。


「……コーデリア様のことなのだけど」

「お嬢様が? お嬢様が怪物と何か関係しているの?」

「関係している、というわけじゃないけど……」


 サラが言いよどむと、アンが後を継いだ。


「お嬢様というより、お嬢様の前のメイドね。彼女が、怪物を見たって言ってたの。ここをやめる少し前に」

「アン」


 サラがたしなめるように声を出した。アンははっとした。が、言い訳がましそうにサラを見る。


「……そうね、マチルダの耳にはあまりいれないほうがよい話題だったかもだけど。でも……」

「前のメイドがどうかしたの?」


 マチルダは、前のメイドについて、フローレンスも言葉を濁していたことを思い出した。何かあったのだ。彼女に。マチルダは俄然、それを知りたくなった。


「……あのね、前のメイドのイザベラはね、この屋敷で、お嬢様の部屋の近くで、何度か変な生き物を、怪物みたいな何かを見たって言ってたの。彼女は怖がってて、それもあって、ここを辞めたわけで……」


 アンが言いづらそうに話してくれる。サラも心を決めたようで、口を開いた。


「イザベラとお嬢様はあまり仲がよくなかったの。イザベラは、お嬢様の考えてらっしゃることがわからないって言ってた。確かに、お嬢様は物静かな方だけど。趣味も――好みもよくわからない、って。お嬢様は不気味な本とかお好きで、それで、お嬢様の部屋の近くで恐ろしい謎の生き物なんか見たものだから、イザベラはお嬢様は魔女で魔法でも操ってるんじゃないか、って」

「お嬢様が、魔女!」


 マチルダは吹き出した。なんて馬鹿げた話だろう! あのお嬢様が魔女! ずいぶん弱そうな魔女に見える――といっては失礼かもしれないけど。それに魔女はともかく、魔法というものがこの世に本当にあるのだろうか。


「た、確かに笑い話のように聞こえるかもしれないけど」


 サラがいささかむっとしている。マチルダは慌てて笑いを引っ込めた。そして真面目な顔で言った。


「そうね、お嬢様は大人しいからなかなか本心をお見せにならないし、怖い本だってお好きよ。でも魔女ってことはないわ」

「そうよね。私もそう思うのだけど」


 アンが大人しく頷いた。けれども顔はあまり晴れやかではない。

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