第十三話:祝福と爆炎に包まれて



『契約が成立しました』


『錬金術整備ナノマシン管理制御システム〈祝福フェストゥム

〈ANGEL〉との同期確認』


『レイ・サザーランドを本機■■■■■の契約者マイスターと認定します』


 突然、下画面に現れたポップアップ。


 なんだ、と感じた瞬間。

「────ごはぁっ!!?」

 吐血する。

 身体が一際凄まじい痺れと熱、激痛を感じていた。


『契約者の負傷並びに衰弱を確認。

〈錬丹術式契約者生命保護プログラム〉適用、治療開始──』


 身体の中の壊れた部分があるべき姿に治され、様な感覚。

 散々吐き散らした血肉が、一瞬紫電を帯びたかと思えば結晶に姿を変え、跡形もなく砕け散る。


『──治療完了。修復率96% バイタル安定域です』


 激しい苦痛が収まった、と思った時。

 呼吸が楽になった。息苦しさは無くなりコクピット内の空気が肺に馴染む。


『契約者搭乗により、一部機能制限を解除』


『常温常気性核融合・相転位平行同調炉〈アポロン〉、稼働状態を仮出力から通常出力に移行』


『〈ディザストフォトンアクセラレーター〉、正常稼働。重力制御機構作動』


『〈グノウシス・システム〉起動。

〈契約者〉の操縦指南開始。

網膜投影起動。』


 画面の各所に様々なポップアップが表示され、視界が塞がれてしまう。だが、現在のレイには

 ついでに、何故か身体が軽くなった様に感じる。


 よくわからないけど……行ける。漠然とだったが、そう確信していた。


 その時、些細ながら機体の外見にも変化があった。

 黄色く輝いていた双眸ツインアイの光が一度消え、翡翠色エメラルドグリーンに変わって再度輝きを放つ。

 その中に掲げられた三つの瞳が、より一層の蒼い輝きを放った。その刹那──。


「うぉぉぉぉぉぉぉ──────ッ!!!」


 レイが吼える。それと同時に、機体は戦場を駆け抜けた。




「──何なんだあいつ……急に動きがッ!!?」

 騎士の一人が動揺する。

 推進器を利用しない、ただ脚力だけの一っ飛びで数メートル前進し、すれ違い様に三体の〈竜頭蜘蛛〉を左腕の短剣による一閃で叩き切ったのだ。

 さらに着地してすぐに肩や脚の推進器を作動させる。だが、推進力を利用して横移動したのだ。その動きに対応しきれずにいたもう一体が胴体を引き裂かれて仕留められる。

 黄色から変化した蒼い瞳の輝きが、神話の鬼神を思わせる眼光を放つ。

「目の色も変わっている……あいつ、何か特別な機能でも見つけたか!!?」

「そうであっても、武器がいかにもお粗末そうな短剣一本なことには変わらない。援護してやるぞ」

「「了解!!!」」

 応じながらも騎士達は、未だに背を向ける〈虚獣〉達に砲術を放ち、一体一体と仕留めていった。



 さっきまでと大分、嘘みたいに機動力が変化していた。

 〈ディザストフォトンアクセラレーター〉、と呼ばれる機体に施された機関が作動していることによるものらしい。

 この機関が生成する〈ディザストフォトン〉なる光の粒子が機体に掛かる重力を緩和しているのだという。『災禍の粒子』等と物騒な名前だが、計り知れない恩恵が得られていた。

 それだけではない。

 頭の中で『こう動きたい』と思った事を。何かしらの『動き』を考える度に一瞬だけ電流に似た感覚が身体を駆け、その動きに必要な操縦方法が的確に示されるのだ。

 先程の四体から、続けて二体を瞬殺した。上がった機動力で翻弄している間に、すれ違い様に斬撃を叩き込んだのだ。



 だが、その時。

「ぐっ!!?」

 二体の、比較的小さい個体が肩装甲に張り付いてきた。

 前肢に粘着性の糸を張り拘束するというそれを、ハエトリグモに似た性質だとレイは脳裏で思っていた。


 左右から二体に押さえつけられた合間に、前後からさらに二体が迫ってきた。


 やられるか、と感じたその瞬間。

 一瞬だけ、狼の吠え声に似た音が聞こえた気がした。

 その、ほんの一瞬だけ。自分から注意が逸れたと感じた。

「────今だっ!!!」

 その隙に操縦桿を操作し、爆砕ボルトを起動させて肩装甲を切り離すパージ。二重の装甲になっておりその外側だけを剥離したのだ。

 そうして拘束から逃れながら左右の個体が怯んだ隙に、顎を開いて後ろから迫ってきた個体に〈アンヘルヘイロウ〉の左右両舷の副腕を伸ばし。マニュピレーター部で上下顎を掴んで引き裂いた。

「〈ラヌンクラレアス〉とは違うんですっ!!!」

 吠えながらレイは前方の個体に向かって疾駆し、左腕のナイフを突き立てる。絶命したのを確認した後、滑走する様な挙動で半円を描く様に横移動しながら、左腕・右腕を拘束していた個体を切り裂いた。

 〈ラヌンクラレアス〉も良い機体だが。それだけ、この機体は異質だった。


 警報が鳴り、振り向き――その先にいた姿に驚愕してしまった。

「────カマキリ……!!?」

 そこに現れたのは、初めて見る〈虚獣〉。

 〈蜥蜴蟷螂マンティラス〉──それは陸生竜リザードの様な体形をしたカマキリ型の〈虚獣〉。先程まで〈竜頭蜘蛛〉ばかりだったが、元から居たのか数が減ってから乱入したのか、見渡してみればカマキリだけでなくバッタかキリギリスの様な個体まで確認できた。そんなに余所見している余裕は無かったが。

 鎌の様に爪が発達した前腕が振るわれる。〈魔導甲騎〉でもフレームに受けてしまえば容易く切断してしまうそれを、〈プリンセス〉のナイフは切り結んでからものの数秒で切断した。

 怯んだその隙に止めを刺そうと左腕を振り上げる。が。


『排熱限界 3分の放熱時間クールタイムが必要』


「──このタイミングでっ!!?」

 警報と同時にポップアップが浮かび、直後にチェーンソーの様に動いていた刃が挙動を停止した。

 その隙に振るわれるもう片方の鎌。

「っ!!!」

 とっさに身を屈めさせることで回避、そのまま推進器を利用して後退した。

「追撃、来るか……!!?」

 身構えたが、直後。

「──ゑっ……?」

 どこからともなく響いた砲声。同時に疾駆する飛翔体が〈蜥蜴蟷螂〉に直撃し、一撃を以て仕留められた。

 一度距離を取ってからそちらの方を見やり、再度驚愕する。

 先程〈プリンセス〉が取り落とした電磁砲を携えた〈ラヌンクラレアス〉の姿があったのだ。

 電力はどうやって供給した? 弾は?

 そんな疑問が浮かぶが、瞬時に答えが返って来た。

 機体の肩に備えられた近接防御用魔術杖から雷属性系の魔術を電磁砲の接続部に放つことで電力を供給していたのだ。そして、〈錬金術〉だろうか、適当な石を拾い、それを砲弾に作り替えて装填していた。

 そして、再度放つ。その砲撃が群れの中央から横切る様に穿ち、一群を混乱させた。


 通信ができないと思い、外部スピーカーを起動した。この操作も機体プリンセスが教えてくれた。

「助かりました、救援感謝しま──」

 言いかけたところで、向こうも音声発信により返事を返してくれたのだが。

『ういー、無事そうでよかったぜ』

「──その声、シズヤさん……!!?」

 聞き覚えのあった声から、その機体の主がシズヤであることを知り驚いてしまった。

『レイくん、大丈夫!!?』

「お姉様……!!!」

 さらに後ろからライラの声が聞こえ、振り返るともう一機ライラの〈ラヌンクラレアス〉が駆け寄って来た。


『その機体のコツを掴んだの?』

「コツ、なんでしょうか……正直、よくはわかりません。ですが、機体この子は僕に応えてくれます。

 ……といっても、あちこち不調みたいですね。拠点に戻ったら修理と……それ以前に解析とか色々しなければですが」


 〈虚獣〉の数は段々減っていたが、段々こちらも損害により数が減っていた。

 ナイフの放熱時間は過ぎたが、また何かあると仕方がないので籠手に格納し、姉から予備の〈魔導銃剣〉を借りた。魔術の行使こそできないが、近接武器としてなら問題ないだろう。

 ついでにシズヤから電磁砲を返却され、副腕に懸架し直した。


『……なら、早く片付けないとね!』

「はいっ!」


 未だに迫ってくる三十体近い〈虚獣〉の群れ。それの方を向き、その関係でライラ〈ラヌンクラレアス〉レイ〈プリンセス〉に背後を向ける形となった。

 いつか姉を庇った時の事が脳裏に過った。今は逆に庇われている事に気付き、レイはふと微笑んでしまった。


『私だって、お姉ちゃんなんだからっ!!!』

「はいっ!!!」


 二人の機体が共に走り出す。

 シズヤが〈魔導銃剣〉で魔術を行使し援護してくれる。その内にレイは得物を振るう。

 その間のライラは。

『こんな使い方だって!!!』

 敵の急所に〈魔導銃剣〉で刺突し、刺さった状態のまま攻性魔術を零距離射撃──その一撃で内部から吹き飛ばして絶命させた。

 このまま押せば────。


 そう思った、のだが。

『えっ……!!?』

「ど、どうしたんですか」

 唐突にライラが、何かバツの悪そうな反応を示した。

『あの、レイくん』

「なんですか?」

『早速で悪いんだけど……』



「なんでこうなるんですかぁぁっ!!?」

 さっきまでの威勢はどこいったんですか、と内心叫ぶことになりながら、レイは迫り来る〈虚獣〉達を相手取っていた。

『今からとある魔術を使用し〈虚獣〉の大群を一掃する為、レイ・サザーランドに囮になってもらう』

 それがライラを介して通達された作戦、兼命令。そして、ライラとシズヤ、さらに他に残っていた者達は皆退避していた。

 普通に倒した方が早いのでは……?

 そう思いかけたが、今は与えられた任務に徹する。

 説明の際に教えられたのだが『〈虚獣〉が死ぬと亡骸はすぐに気化して残らないが、一定時間魔力が滞留し、周囲に別の個体が引き寄せられ易くなる』というのだ。先程から増えているカマキリやらバッタやらがそれらしい。

 これが一体二体ならともかく一〇〇を超える現在の様な状況だとなおさらであり、故にそういう場合は魔術的な方法で一帯を、というのだ。


 ついでに、どういう訳か先程からこの機体はよく狙われる。300年前の〈神裁戦〉で何をやらかしたのかは知らないが、ここまで来ると〈虚獣〉の遺伝子レベルで最優先駆逐対象だと刷り込まれているとしか言いようがなかった。

 おまけに飛べる。故に、囮に最適と。そういうことらしい。

『合図するからそのタイミングで飛んで』

 そう、ライラにも言われていた。


 構えていた〈魔導銃剣〉の腹で攻撃を反らし、蹴りを入れて距離を取らせ、体術の応用で避けながら、得物を振るって、を繰り返す。

 曰く、時間が稼げればいい、と。故に無理に殺す必要はない。


 ────煉獄を彩る猛りし焔よ────


 詠唱が聞こえてくる。


「この声、リィエさん?」

 知った声が響いた。


 ────悪逆を一掃する疾風と共に────


 ……何か嫌な予感がするんですが。


 ────輝けおどれ煌めけおどれ満たせおどれ燃やせおどれ────


 さっきから言ってることが不穏だ……大抵の魔術ってそういうものな気がするが……。


 ────災厄の時は来たれり────


 そして、〈プリンセス〉の足下に浮かぶ〈魔術陣〉。


 ────我が魔力タマシイを喰らいて疾走はしれ、紅蓮の流星!────



 その時。


『────今よレイくん!!! 飛んでぇぇぇッ!!!』

「────はいぃっ!!!」


 ライラの合図──というか絶叫が響き、すかさずレイは操縦桿を操作した。

 〈ディザストフォトン〉の噴射量を最大にして機体重量を可能な限り緩和、そこから跳躍と同時に〈アンヘルヘイロウ〉と四肢の推進器を最大出力で吹かし、上空に退避した。刹那──。


 〈轟・爆裂紅蓮焔咆ハイエスト・エクスプロード

 火属性と風属性の複合型攻性魔術。


 地形を変える程の爆焔と衝撃波が発生し、戦場の殆どの領域を包み込んだ。


 その上空にて。


「────爆発オチなんてサイテーッ!!!」


 衝撃波に揺られながら、辛うじてバランスを取っていた〈プリンセス〉のコクピット内で、レイは叫ばずにはいられなかった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る