第7話 センパイは放課後を知らない

 「先輩、いつまで私のことを名字で呼ぶんですか」


 先輩に自分のことを好きになってもらうには、まずは私を信頼してもらう必要がある。完ぺきに私を信用しきった先輩、堕ちた先輩の耳元でこうささやく。


 「先輩。先輩は素敵だよ。それとも、私の言葉が信じられない?あなたを一番よく知っている私を。貴方が一番信頼している私のことが――」


 先輩は夜空みたいに真っ黒な瞳を甘く濡らし、処女雪みたいに真っ白な頬を真っ赤に染めて――


 おっと。最近先輩に借りている小説みたいな描写になってしまった。先輩はあれで意外と少女趣味の小説が好きである。先輩の本を借りるようになってから、気持ちボキャブラリーが付いた気がする。えっへん。


 ともかく、先輩のために、先輩のためにこそ、まずは私との距離感をもっともっと近づけてもらわなくては!


 先輩はええっと驚いた顔をする。そんなに驚くようなことだろうか。


 「ええっと、実は私、お友達を名前でよんだことがなくて」


 まあこみゅしょー先輩ならそんなことだろうと思ったよ。まったく先輩は。私しか仲がいい人がいないんだから。


 「そんなに難しいことじゃないじゃん。むしろ先輩は先輩なんだから、後輩の名前くらい堂々と呼び捨てで呼んでよ」


 何だか緊張しますと先輩は深呼吸を始める。すーはーすーはー。二三回繰り返すと、絵に向かい合う時のきりっとした先輩の顔になる。


 ……先輩、絵をかくときのモードだと美人の圧がすごいなあ。


 そんなことを思っていると先輩がすっと近づいてきた。


 「っちょ……⁉」


 先輩は頭一つ私より背が高い。私は先輩に見下ろされる格好になる。


 「……伊織」


 「~~~~~~~~~~っ⁉」


 「……あの、白木さん?」


 「わーーーーーーーーーーーー⁉⁉?」


 思わず先輩を突き飛ばす。


 「な、なにやってんの!なにやってるんの!先輩のくせに!不器用先輩のくせに!」


 「ご、ごめんなさい。やっぱ、あの、いやでしたか?」


 「い、嫌じゃない!嫌じゃないけど、物事には手順っていうか、段階っていうか……とにかく顔見ないで!」


 私は顔を抑えて座り込む。手のひらが熱い。ほほから伝わってきた熱で、そうなってしまったのだと気づいた。


 ……なんでこんなになってんの?自分の心がわからなかった。ドキドキと鼓動が止まらない。私の知らないペースで脈を打っている。胸の奥からあふれ出て止まらない感情を怖いと思った。この感情は、私を決定的に変えてしまう。そんな予感があったから。


 「たすけてねーちゃん……」


 そうつぶやいた時、背中に柔らかな感覚があった。知ってる柔らかさだった。先輩が私に覆いかぶさっている。いや抱き着いている。そう思うと、頬が更に熱くなって鼓動のペースが増した気がした。


 「ちょっとせんぱっ……!」


 やばいとおもって、声を上げようとしたら頭をなぜられた。ゆっくりゆっくり、壊れ物を扱うみたいに震えながら。それでもしっかりと私を落ち着かせようとする先輩の意思を感じて、不思議と鼓動が落ち着いてきた。


 「やっぱり、いきなりは怖いですよね。伊織……ちゃん、から始めるのはどうかしら」


 「……ちゃんづけって、子供みたい」


 「嫌ですか?可愛いと思いますけど」


 「……っ!可愛いとかっ!子ども扱いしてるから言うんじゃんっ!てゆーかいつまでくっついてるの!」


 すいませんと言って先輩が離れる。先輩の顔も真っ赤だった。


 「子ども扱いするくせに。先輩だって真っ赤じゃん。へたれせんぱい」


 先輩は不器用でへたれだけど、あなどれない。




 


 


 

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