第2話 見てみたい泣き顔

「見たくない?あいつが絵汚されたらどんな顔するのか」


私は反論も止めることもできないまま引きずられるように第二美術室に来た。

 

「鍵とかかかってないの?」


「昨日もかかってなかったしないんじゃん?」


 心のどこかで鍵がかかっていることを祈ったけど、ドアは軋みをあげただけであっけなく開いた。ドアを開けると、昨日と同じ光景がそのままに目の前にあった。机や椅子は端に避けられて、部屋の真ん中には開けた空間がある。人の痕跡を感じない寂しい部屋なので、これはいいサボりスペースを見つけたとあいつが来るまでは喜んでいた。


「これじゃない?」


部屋の隅に、布が被さったキャンパスが立てかけてある。 

 

「ねー。本当にやんの?」


止められないだろうなーと思いつつ一応聞いた。

 

「伊織だってあいつの泣くとこ見たいでしょ?」 

 

「見たいっちゃ見たいけど、何だかなー……」


 反論は上手く言葉にできない。あいつ綺麗な顔は確かにムカつく。あの顔が無関心以外の表情を作るところを見てみたかったが、これはなんか違う気がする。こんなところで一人で絵を描いてるくらいだからあいつはよっぽど絵が好きなのだろう。それを傷つけたらあの鉄仮面ももしかしたら泣くかもしれない。でも、この部屋で一人絵の前に立ち尽くして泣くあいつを見るのはなんか違う。それを考えるとむしゃくしゃした。

 

「上手く言葉になんねー……」

 

あんた馬鹿だからね。と頭の中でねーちゃんの声がした。いつもは別に馬鹿で困んないし!と言い返すけど、自分の気持ちを言葉にできないのは確かに困る。

 

そんなこんなしているうちにあいつの絵にかけられた布は取られる。

 

それは泣いている女の人の絵だった。私より年上のその人は、綺麗な顔をこれでもかってくらいぐしゃぐしゃにして泣いていた。髪型も顔も、あいつとは違うけど、なんとなくこれはあいつだって気がした。

 

「なんだよ。泣けるんじゃん」

 

そう思って、やっぱやめよう、と言おうとした。それは少し、ほんの少しだけ遅くて、私が発声しようとした瞬間に女の人の顔に黒い油性ペンで大きくバッテンが貼り付けられた。

 

それを見てみんなはキャーキャーと騒ぐ。

 

女の人はバッテンを上塗りされてもまだ綺麗だったけど、何かが決定的に変わってしまった気もした。

 

あいつは絵の中なら泣けたのに。


そう思って、急に怖くなった。

 

私のせいで、あいつはもう二度と泣けないかもしれない。

 

 

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