祖母の家

松生 小春

祖母の家

 ___やっぱり田舎なんか嫌いだ。

 なかなか見えてこないインターチェンジに紀子のりこは苛立っていた。


 ここ何年かは仕事が休めないと嘯いて参加してこなかったお盆の恒例行事。今回は祖母が高齢のため先行き長くないと観念し渋々参加したのだが、やはり面白いものではなかった。


 四十も手前にして結婚もしていないものだから、彼氏はいるのか、それ結婚しろだ、一体仕事は何をしているのか、親族に根掘り葉掘りと聞かれるのに紀子は心底うんざりした。


 小さな赤子をあやす幸せそうな弟夫婦、何十年越しの祖母との確執がまだ払拭できない母の苦虫を噛み潰したような表情、年老いてますます頑なになっていく祖母。あまり関りのない従妹たち。台所にひそひそと籠る女。それに関心のない男たちは好き勝手に酒を酌み交わす。


 空調のない蒸し暑く薄汚れたぼろ家は暗く窮屈で、何十年という時間のもの悲しさを感じる。


 紀子が学生だった頃の祖母は綺麗好きで、いつも古いながらも整理された木造のその家が、清掃のできない母のいる実家より紀子は好きだった。


 髪を綺麗に染め上げ、いつも身だしなみを整えた祖母は、鈍色にびいろにひかる大きな指輪を薬指にはめいている。いつ訊ねても、くしゃっとはにかんだ笑顔で年齢は答えてくれない。


 早くに病気で亡くなった祖父は、眼光鋭くいかにも亭主関白といったなりで、いつも上座の黒いぴかぴか光るソファーに無言で鎮座しており、孫である紀子でさえ祖父が笑っている顔を見たことは一度もなかった。


 主を無くし、ぽつんと空いた黒革のソファーに、それから二十年近く誰ひとりとして座る姿がなかったことが、いかに祖父が畏怖されていたかを如実に語っている。


 その黒革のソファーも時とともに古ぼけていき、撤去され、今では新しい腰かけで、頭の真っ白になった父、結婚して横に大きくなった従兄や、痩せこけた叔父などが映りの悪いテレビのリモコンを弄っている。


 母に頼まれ、棚から取り出した食器はどれも手入れ不足で、洗い直さないと全く使えない状態だった。


 ___なんてここは不潔なんだろう。紀子は顔をしかめながら流し台に立った。

 どの布巾ふきんかびている。あちこちの埃と汚れとそれらが、もう祖母が日常生活を満足に送れていないことを表している。


 小さくちいさく縮こまった祖母は、紙皿の上の細かく刻まれた総菜を「やわらかいのはどれかね?」とぶつぶつ言いながら執拗につついている。




 食卓に広げられた御馳走のどこにも、もう祖母の手料理はない。






 _____だからお盆なんて嫌いなんだよ。


 ハンドルを握る紀子の視界が涙でぼやけた。



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