第5章 トリックスターの抱く夢

第35話 不良少年の真面目な日常


 期末テストも終了し、結果発表も終わった数日後の昼下がり。

 神之原かみのはら学園は実に平穏だった。

 受験戦争激闘中の三年生や進学組を除いた生徒にとっては、のんびり冬休みを待つばかりの日常だ。

 まして今日は土曜日。校舎内にはほとんど人気はない。

 この視聴覚教室内もまた実に静かだ。


 その静かな環境の中で、俺……深空みそら碧継あおつぐはなお黙々と。目の前の原稿用紙に向かってシャ-ペンを走らせている。


 休日の学校で何してんのかといえば、もちろん補習中だ。

 俺は日々のサボリの精算のため。

 隣の前田まえだ賢勇けんゆうはそれにプラスしてテスト結果のペナルティ。

 俺と登河のぼりかわ冬華とうかの努力も空しく、仲間たちの赤点は回避できなかった。我が従妹である紅姫べにひめも、今頃は別の場所で補習中だろう。


 午前中には他に数名いた補習者だが、今は見事に俺と賢勇だけ。

 それはひとえに課せられた課題の量が違うため。俺たちは明日も補習だし、加えて宿題も盛大に振る舞われている。


 面倒臭いが、正に自業自得の結果だ。

 やらねばならないことは、真面目に努めて迅速に終わらせるに限る。


「……にしても、平和だよなあ」


 隣に座した賢勇がボンヤリ天井を見上げながら呟いた。

 実に気の抜けた様子なヤクザの息子。

 今は現国補習の作文執筆中で、幸い教師は席を外しているので咎められはしない。とはいえ、のんびりしてても作文は仕上がらないぞ?


 ……と、思ったが、覗き込んだ原稿用紙はビッシリと文章で埋まっていた。もちろん適当に埋めたわけではないだろう。昔からコイツは作文やら論文だけは得手だからな。


 俺はひと安心し、改めて自分の作文に向き直りつつ、


「学生として、補習受けてるのは平和じゃあないだろう」

「ああ、いや、そういうことじゃなくてさあ。……こないだの件、もう少し荒れるかと思ってたんだけどな」

「……いや、普通に皆さんから好奇満載の眼で見られてるし、陰でボロクソ言われてるっぽいが?」


 こないだの件……とは、当然、ケータイショップでの事件だ。

 日本刀持ったイカレた強盗犯による籠城事件。

 俺はその事件に見事に巻き込まれてしまった。おかげで、元よりウザったい周囲の注目をさらに喚起している現状。


「まあな、けど、思ったほどじゃない。明確な事件なのに、学校サイドから何もないだろ? それより何より、あの金髪さんのこと、世間でほとんど騒がれてない」

「……それは、確かにな……」


 金髪さんことアルル。

 俺を守るためにやってきた、自称・騎士様。不慮の事故から記憶喪失になったために素性不明。アルルという呼び名も仮であり、持ち物に刻まれていた〝アルドリエル〟というのを略した愛称だ。

 色々あって、今は俺の母代わりを務めてくれている女性。何がどう色々あったんだよって気になるとこだろうが、とにかく色々だ。詳しい説明は断固として拒否する。


 とにかく、籠城事件の人質となった俺たちを助けてくれたのは、駆けつけた警官隊ではなく、彼女だったのだ。

 単身現場に乗り込んで、日本刀持った凶悪犯をノックアウトした金髪美人……そんな話題性たっぷりの事件。

 一応、警察発表ではアルルのことは伏せられ、あくまで変装して説得に当たろうとした警察官による、やむを得ぬ突入劇となっている。


 けど────。


 警察が情報規制しているとはいえ、休日の街中で起きた事件だ。野次馬が遠間に撮影したらしき〝現場に駆け込むアルル〟の動画もあり、まして現場で人質になっていた人々はその眼でアルルの活躍を見ている。


 騒ぎになるだろう。

 そう思って身構えていた。


 実際、騒がれてはいる。だが、その世間の好奇は謎の美人警察官に向けられたもので、アルル自身には届いていないのだ。


「……まあ、戌亥いぬい刑事が頑張ってくれたんだろう」

「んー……それは、そうなんだろうけどなあ」


 賢勇は頷きながらも、どこか腑に落ちない様子。

 俺だって全面的に納得してるわけじゃない。けど、他に考えようもないだろう。実際、アルルが注目されるのは、あのロボコップも望んでいないはずだ。もちろん、俺たちだって望んでない。

 だから、今はそれでいい。問題がないのだから、それでいいんだ。


 平穏な日常。


 それが守られていることが最重要だ。

 ……ま、周囲の白い眼は元々だからな。自業自得で因果応報な境遇は甘んじて受け流すさ。


 ふと、ポケットのスマホが震えた。

 見れば紅姫からグループメッセージがきていた。


〝【紅】補習終わり。でも、今から部活〟

〝【アオ】了解。こっちはまだ補習中だ〟


 返信する俺の傍ら、同じくスマホを見ながら賢勇が笑う。


「補習の後に部活か……元気なこった」

「アイツはそれが取り柄だからな。学園生活も安泰なようで何よりだ」


 ……いや、補習受けてるのは安泰ではないが、ともかく、人間関係が円滑なのは良いことだ。こちらも苦労した甲斐がある。


 我が愚父、深空白斗しらと

 二年前にこの街で大事件を起こし、さらにその責任から逃れるように失踪してしまった最悪の男。当事者が逃げたせいで、世間の好奇と蔑視は残された俺たちに向いた。


〝詐欺師の息子〟


 それが今の俺への世間の評価だ。

 正義の味方気取りで世間を引っ掻き回した深空白斗。俺はそんなイカレた詐欺師の息子であり、親父と同じく、小賢しい詐術で小狡こずるい悪事を繰り返す不良少年……世間は俺をそう評価している。


 それでいい。


 それは間違いなく誤解であり冤罪えんざいであるが、俺が自ら望んで作り上げたレッテルでもある。

 世間の注意を俺に向けることで、同じく残された肉親である玄蔵げんぞう伯父さんや紅姫を守るためだ。


 残された三人の縁者……その形では、世間の標的が分散する。

 けど、敵意や憎悪を向けるべき対象が明確なら、矛先がブレることはないはずだ。だから、明確な不良少年を演出することで、世間の敵視を俺だけに集めようとし、結果、それは成功した。


 苦労の甲斐あって、紅姫は平穏無事に学園生活を送れている。

 その代わり、人目がある場所で親しく接することができないが、こればっかりは仕方ない。


 考えてみれば、その印象と悪名を演出するのに、賢勇にもずいぶん協力してもらった。加えて、そのせいでコイツも同じくあらぬ悪名を被ることになっている。

 何より、コイツがいるおかげで、俺は学園生活で完全に孤立することもない。それは本当に感謝すべきことだ。


「ありがとうな」

「あ? 何だよ急に、気持ち悪いな」

「……いや、オマエには世話になってるだろ。色々と」


 唐突で端的すぎる言葉ながらも、我が唯一の友は察してくれたらしい。


「そりゃあ、お互い様だと思うけどな。……何にせよ、これからも仲良く頼むぜ相棒」

「ああ、けど、前田組には入らん」

「何でだよ……、オマエ絶対ヤクザの才能あるのに……」


 ……イヤな才能だ。


 俺は気を取り直すように溜め息をひとつ。ともかく今は補習課題を仕上げることに専念したのだった。



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