第32話 十二月のイベントと言えば


 十二月。

 いうまでもなく今年最後の月。

 そこで俺は、十二月のイベントと言えば何だろうか? と、親愛なる仲間たちに問いかけてみた。


 我が妹は笑顔で〝メリークリスマス♪〟と答えた。

 ヒキオタ娘は〝有明の宴……あと星芒祭……〟と相変わらず。

 ヤクザの息子は〝年末年始は祭事の出店設営と手配。それに挨拶回りで忙しい〟と、本気でキツそうに呟いた。


 みな師走のイベントに向け、それぞれに計画し、各々に準備を続けているようだった。

 過ぎ去る今年を惜しみ、来る新年を見すえ、誰しも頑張っているということか……。


 まあ、とりあえずだ。


「……オマエらは全員、現実を見ていないにもほどがある」


 俺は居間に雁首並べた三人を冷ややかに見下ろして告げた。


 十二月のイベントと言えば?

 そう、期末テストだ。

 神之原学園の二学期末考査は中等部高等部ともに十二月三日……つまり今日から四日間の日程で行われている。

 ここしばらくはさんざんゴタついていて失念していた。そして懸念した通り、我が仲間たちはテスト勉強なんて欠片もしていなかった。

 紅姫はもちろん、賢勇は授業内容もロクに覚えておらず、ミカヅキに至っては学校にきてすらいない。

 おかげで本日のテスト一日目は惨敗。このまま無惨に全敗せぬためにも残り三日は確実に勝ちを! それが無理でも、せめて引き分けくらいには持ち込みたい!


 かくして、全員を我が家に招集し、ダメもとの勉強会を開いた次第。


「ひきょうだぞアオ兄! アル姉の料理が食えるって言うからきたのに、だましたな!」

「アルルの料理はちゃんとある。ただし、今日の勉強で一定の成果を出したヤツにしか食わせん」


「碧継、オレ普通に組の仕事が忙しいんで帰っていいか?」

「ダメだ。オマエの赤点回避は前田組からも依頼されてる。つまり今のオマエの仕事はテスト勉強だ。組長オヤジの命令に刃向かうなよ若様」


「……そもそもボクはテスト受けないのに」

「オマエは復学のための学力判定試験があるだろうが。中学は出席日数関係ないからって、無条件で進級できると思うなよアルテミス」


 俺の容赦ない宣告にそれぞれ呻きを上げる囚人たち。

 特にミカヅキにはクリティカルヒットだったらしい。やっぱ本名で呼ばれるのキツイんだな。


「みんな頑張るのだぞ。夕食には御馳走を用意しているからな」


 台所から輝く笑顔で応援してくるアルル。

 たぶん、本気で御馳走なんだろうな。

 あいつの料理スキルはこの短期間でレベルアップし続けている。食材さえ用意すれば、そこらのレストランなんて目じゃない美食攻撃を繰り出せるだろう。


「はいはい、それじゃあヤクザの担当は詐欺師が。お子様ふたりは私が担当します。さっさと教科書を開いてください」


 見慣れぬ女の事務的な指示に、紅姫もミカヅキも不満顔。


「何だよ! オレはアオ兄にしか教わる気はねえぞ!」

「……ア、アオが教えてくれるって言うから……きたのに……」


 小娘ふたりの反抗に、女の双眸が鋭く底冷える。


「教科書を開きなさい……と、言ったのだけど、聞こえないのかしら?」


 カグヤ姫な前髪の下から睨みつけてくるクールでテリブルな眼光に、紅姫とミカヅキはビクリと背筋を伸ばす。

 端から見ているこっちの背筋も凍るほどだから、睨まれた当人たちの怖気は相当だろう。ガクブルしながら教科書を開いていた。


「……そう、それでいいのよ。時間がないのだから、無駄にさえずるのはおやめなさい…………わかったわね?」

「「……はい……」」


 神妙に頷くふたりに、登河さんはうっすらと冷笑を浮かべた。もし眼鏡をかけてたら絶対光ってたと思う。


 ……やっぱ普通にコエーなこの人。


 俺だと小娘ふたりにはついつい甘い態度取っちまうからな。彼女ならスパルタンな教えを期待できそうだ。


「……碧継、何であのカグヤ姫がおるの?」

「今さら訊くのかよ。登河さん成績良さそうだし、テスト余裕あるかと思って、ダメもとで手伝い頼んだら引き受けてくれた」

「いや、そうじゃなくて……」

「今回はミカヅキも増えたからな、さすがに三人を俺ひとりで面倒見るのはキツイ」

「だからそうじゃなくてだな。よくアイツに頼んだな……つーか、アイツもよく引き受けてここまで出向いてくれたな」

「……オマエが結構デレがきてるって言ったんだろ?」

「そうだけど……」

「今日くれた缶コーヒーは微糖だったし。少しは歩み寄ってくれてると思う。まだアイスだったけどな」

「何だその判定基準」

「まあ、ホットカフェオレ目指して精進しよう。……それより、オマエも教科書開け。時間的にだいぶ無理ゲーなんだ」


 今日はテスト期間で学校は半ドンだった。とはいえ、半日では試験範囲のおさらいすら絶望的。

 ともかく山を絞ってピンポイントで教え込むしかない。


「俺の相棒だってんなら一緒に卒業は目指してくれ。このままだと進級すら危ういぞ。オマエはやればできる子であってくれ」

「……へいへい、了解しましたよ」


 態度は渋々ながらも、やるからには中途半端で投げ出さないのがコイツの良いところだ。

 ……正確には、ると決めたら容赦しないって意味なので、それが勉学にも活かせるかはわからん。


「気合い入れろよ。頑張ったヤツにはアルル特製のプリンをやるぞ」


「「「プリン!」」」


 女三人の声が重なった。

 ……ん? 三人?

 眼を輝かせてこっちを見ている武士ポニーと天パと、姫カット?


「……登河さん、プリン好きなのか?」

「えッ!? あ、別にそういうわけじゃ……ないんだけど……」


 途端に視線を泳がせる挙動不審なクールビューティー。

 甘い物に過剰反応したのが気恥ズイのかな?


「ふふ、心配しなくても人数分用意している。もちろん、アオツグには特別大きいプリンを用意しているから楽しみにしているといい」


 満面の笑顔で俺を見つめてくるアルルさん。相変わらず可憐な笑顔なのはいいんだが……。


「何で俺だけ特大?」

「うむ、母の愛だ。仲間のために頑張る貴方はわたしの誇りだぞ」


 さあ、この胸に飛び込んでくるのです! とばかりに両手を広げて待ち構える金髪さん。その蕩けそうに優しい眼差しと、エプロンを盛り上げる豊かな双丘に思わず眼を奪われた俺は────。


「………………いや、行かないからな」

「だいぶ迷ったなオマエ」

「最低ね」

「エロアオ」

「特大プリンいいなあアオ兄」


 四者四様の視線に滅多刺しにされながらも、俺は大きく咳払い。


 とにかく!


「今はお勉強だ! さあキリキリ学べよオマエら!」

「変態詐欺師の言う通りよ。学生の本分は勉学なのだから、せいぜい励みなさい」

「……いや、何でそんなトゲがあるんだ登河さん」

「私が貴方に優しくする道理はないと思うけど?」


 ……まあ、そりゃそうなんだけど。


「無邪気な妹に、ボクッ子な後輩に、綺麗で優しいお母さん。ついでにイケメンの幼馴染みもいるんだもの。それだけモテてれば充分でしょう」


 いかにもやれやれと肩をすくめた彼女。

 だが、冗談でもそこに賢勇まぜるのはやめてください。何かミカヅキが腐った笑顔を浮かべてて怖いんです。


 ふと見れば、未だにニコニコとこちらを見つめているアルル。


「どうした?」

「うん? いや、貴方が楽しそうだから、嬉しいだけだ」

「……そうか」

「うむ、貴方の幸せは、わたしの幸せだからな」


 これぞ掛け値なしの笑顔だと、そういわんばかりの柔らかな微笑。

 見ているこっちが恥ずかしくなるような微笑みで、聞いてるこっちが恥ずかしくなるようなセリフを吐きなさる。


 見れば、登河さんも気恥ずかしそうに苦笑い。

 ミカヅキはうつむき、賢勇はニヤニヤと楽しげに。

 ただひとり、紅姫だけが心ここに在らずな様子で虚空を見つめている。


「特大プリン……いいなあ」


 こぼれたせつなげな呟き。

 本当、この娘の将来が心配でなりません。



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