Infinity

螺良 羅辣羅

第一部 I really like you

第1話 

 少女は、庭の奥に咲く桜の樹の下で、雪のような花びらに埋もれながら、その間から見える青い空を見上げていた。

 桜を愛でる宴に、子供たちもよばれていてはじめは大人しく宴の末席についていたが、そのうちお尻がうずいて、立ち上がり子供同士でかくれんぼをして遊んでしまった。少女はその輪から離れて屋敷の庭の奥へ入って行って、その見事な桜を見つけてしまった。遊びのことは忘れて、その樹の下でただただその美しさに見とれていた。淡い朱色の唐衣にうぐいす色の裳を履き、黄色と紅を染めわけた添え帯を締めた衣装が汚れてしまうのも構わずに、地べたに寝っ転がって降り注いでくる花びらを見上げていた。

 ひら……ひら……

 無音の中を時間が経つのも忘れて、空と花びらを見上げているところに。

 ああ、誰かが来る。

 少女は、勘付いて嫌な気持ちになった。こうして、自分一人でこの景色を見ていたいのに、大人がやってきて、庭の奥に入り込んだことを注意されて屋敷に戻るように言われるのは嫌だった。

 あ、でも、大人じゃないわ。

 少女は、この桜の樹に近づいてくる人を視ている。

 ああ、私と同じ子供。男の子だ。

 そう視えると、安心して、少女は寝転んだまま、麗らかな春の陽を楽しんだ。

「あら、誰かいると思えば」

 声がして、すぐそばまで近づいて来て真上から覗かれた。少女は、寝っ転がったままで、自分を見下ろす男の子を見た。

 ああ、やっぱり当たっていた。

 少女はいつの頃からか、目で見なくてもその先に起こることわかることに気づいた。

 大まかなことは勘付いて、読める。この不思議な力だもっと、はっきりとわかれば、自分を助けることになるだろうと、思っていた。イタヅラしても怒られる前に、逃げる……とか。

「礼だ」

 礼は誰が来るのわかっていた。

 礼の名を呼んだのは。二つ年上の兄と同年で遊び友達の荒益だった。礼も兄について一緒に遊んだことがあるのですぐにわかった。今は兄も彼も十一歳になったので、もう一緒には遊ばなくなってしまったが。

「荒益」

「久しぶり」

 久しぶりに見る荒益は背も伸びて、少し顔も変わったように見えた。

「父と一緒に来ているのだけど、私はこのような集まりが苦手で。一人になれるところを探してここまで来てしまったのだけど」

 荒益は子供同士の遊びには交わらず、父親の横について回っていたのだ。

「私もみんなと遊んでいたのだけど、この場所を見つけて一人で遊んでいたわ」

 少年は、長い髪を二つに分けて、耳の横で輪っかを作って結び、そのまま肩に垂らした角髪の姿で、鮮やかな藍の衣を着て、白い袴をつけていた。

二人は並んで桜の下に寝っ転がり、降り来る桜と青い空を見ていた。

「礼、これはとても気持ちがいいね」

 荒益が言った。

「うん」

 礼は頷いて、目を閉じてそよ風と桜の花びらの感触を楽しんだ。

そうしていると、遠くから笛の調べが段々と近づいてきた。

「ああ、これは麻奈見の笛だな。私は麻奈見の家に笛を習いに行っているからわかるよ」

 賭けてもいいと言わんばかりに、自信満々で荒益が言った。

 礼も勘付いて、自分と同じ子供が来ることはわかったが、笛の調べで誰と当てるところまではできなかった。笛の調べはこの桜の木に近づいて来た。

「本当に麻奈見かしら?」

 礼は小さな声で言い、荒益は「うん」と言ったが、二人とも動かず寝たままその笛の調べに耳を澄ませた。

 やがて、人の足音とともに笛の音は桜の木のある庭に来た。

「ああ、ごめんなさい。みっともない音を聞かせてしまった」

 寝ている二人を見つけて、まだ子供の声がそういった。

 礼がむくりと体を起こすと、そこには、自分と同じくらいの少年が笛を口から離して、立っていた。

「礼?君なの?」

 少年は知った顔を見て、安堵した声を出した。

「麻奈見だ!」

 礼は、その男の子を見て、名を呼んだ。隣に寝ていた荒益も体を起こして、麻奈見を見た。

「あ、荒益もいる」

 荒益を見た麻奈見はびっくりした顔をして言った。

「やっぱり当たったな!」

 荒益は嬉しそうに言った。

 麻奈見は礼や荒益の家とは家格が劣っているが、まだ幼い頃に遊んだ仲である。十を過ぎて、男女は別に遊び始めたので荒益と同様に久しぶりに会うのだった。

「礼。朔が君を探していたよ」

 朔は礼より一つ歳上の従姉妹である。

「礼に実言を見せたいようだった。相変わらず朔は実言にご執心だね」

 礼は、むくりと体を起こした。朔は姉と慕う気のおけない従姉妹であるが、ことにこの実言の話となると、時々退屈してしまう。

 朔の家は実言の家と懇意で朔は実言と屋敷で会ったことがあるのだが、礼は実言を見たことがなかった。

 朔は実言のことを好きなのだ。なぜ、朔はあんなに実言のことを思っているのだろう不思議だった。

 実言を思うと、夜も眠れない。実言が夢に出てきて、夢の中でも会えた。朔はそんなことを嬉しそうに話す。

 礼は立ち上がり、裳についた土を払った。

「ちょっと朔のところに行ってくる」

 小さな少女は幼馴染に手をづって走り出した。

 この後、礼は朔のところに行ったが、実言はすでにこの屋敷を去った後だった。

「もう、礼は!もっと早くきてくれないと。実言を見せたかったのに」

 これから先もことあるごとに、朔は実言への思いを話すのだった。そして、私は実言の妻になるんだというのだ。礼には、それは、予言であり、やがて真実になることだと思っていた。姉として慕うその人の願いがいつか叶うことを、礼はこれ先成長しながら願っていた。

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