第19話水の魔女の最後

白銀のサーベルが月光を反射する。

抜刀したギョーム伯爵は黒いチューリップに並び立つ。

端正な顔に斜めに走る傷を香菜は見た。

その傷は生々しく、痛々しい。

パリ市民を守るためにルイ十六世の親衛隊隊士によって負わされたものだ。

「兄さん……」

と思わず言った。

それは彼女の記憶ではない。

彼女と同化した物語世界の英雄である黒いチューリップことジュリアンの記憶であった。

サーベルを一振りし、香菜はギョーム伯爵と背中合わせに立つ。

背中から感じられる温もりは安堵と勇気を与えてくれた。

もともと架空の存在の彼らであったが、魔書を使う香菜たちの思いによって骨肉ある人間としてこの世に現れるのだ。

なんたる魔書の奇怪で不可思議なことか。


ふらつく体をどうにか整え、結沙はみやびに歩みよった。

ふと気がつくと柔らかい何かが自分を支えている。

歩くのが楽になる。

そしてなによりも甘い、良い花の香りがする。

ちらりと見上げると実知の白く、綺麗な顔かすぐ近くにあった。

「大丈夫、結沙ちゃん」

「ええ……」

かるく頷き、結沙はこたえた。

「それが本郷先生、あなたのお父様から受け継いだ能力なのね」

「はい、そうです。他者の魔書に干渉できる能力。それが私の力です」

うつむき、結沙は言う。

「私はこの力でお姉さんたちを助けたい。諦めることを考えたくないから」

どうにかこうにかみやびのマントをつかむとそれをよじ登るようにすりより、ドラキュラに語りかけた。

「みやびさん、あなたのドラキュラ伯爵も触れさせてもらえませんか」

と言った。

「ええ、かまわないわよ」

するりとどこからともなく魔書「ドラキュラ伯爵」を取り出した。

夜の闇を切り取ってつくられたのではないかと思われるほどの漆黒の魔書であった。

その黒革の本に結沙はそっと手をあてる。

「著作者権限において命ずる、出でよヴァン・ヘルシング‼️」

魔書「ドラキュラ伯爵」がゴトゴトと震えだす。持っているみやびがそれを落とさずに握るにはかなり骨がおれるほどの強い揺れだった。

空間が歪み、空気がゆれ、地面のアスファルトが数センチ沈んだ。


そこに一人の男が出現した。


革のジャケットに革のズボン。汚れたテンガロンハットをかぶった無精髭の白人。

背中にはライフルを背負い、腰にはガンベルトに吊るされた二丁のコルトマグナム。

男は傷だらけの人差し指でテンガロンハットのつばをひょいとあげた。

青い瞳で結沙を見る。

「宿敵と肩をならべるってのはちょいと気にくわないが、小さいレディ、あんたの願いだ今回は力をかしてやるぜ」

バンパイアハンターであるヴァン・ヘルシングは言った。

「一時休戦か……いいだろう、ヘルシング、貴様との共闘も一興よ」

不適な笑みを浮かべ、みやびは言った。


立っていられなくなり、結沙は完全にその体を実知に預けた。実知は優しく、そのちいさな体を抱き抱える。

二体もの物語世界の人物を呼び出したため、結沙の体は悲鳴をあげていた。疲労困憊とはこのことだろう。どうにか意識をたもつのでやっとであった。

ここで意識をうしなっては意味がない。

意識を失えばせっかく呼び出した空想世界の英雄たちが消えてしまうからだ。


かろやかに地面を蹴ると、ギョーム伯爵はサーベルの切っ先を森の霊女ウンディーネに向け突撃する。まったく同じスピードで黒いチューリップはそれに続く。

呼吸はぴったりと合っている。

それもそのはずだ。

物語のなかで彼らは双子なのだから。

サーベルの刺突は、一撃目はグニャリと水に沈みここみダメージなるものはまったく与えられているものには見えなかった。

だが、彼らはそんなことではあきめない。

双子の剣士はその鋭い突きを何十、何百、何千と繰り出した。

腕はしびれ、息が荒れ、目がかすむ。

それでも攻撃をやめない。

やめてはならないのだ。

凄まじい速さで繰り出される刺突により、水でできた霊女は次第次第に分裂され、水滴までに分断された。

分裂された体をどうにかつなぎあわせようと霊女は試みるが、それを上回るスピードでギョーム伯爵と黒いチューリップは攻撃を続けた。


「そいじゃあ、俺たちもやるか」

にいっと口角をあげ笑うと、背中のライフルを構え、狙いを定める。

「こいつはモンスター退治の特別製だぜ。ウエストミンスター寺院の祝福つきだ‼️」

轟音と爆音を出し、銀の銃弾をが空気を切り裂き、魔銃ケルピーめがけて駆け抜けていく。

凄まじい勢いで銃弾はケルピーの巨体に風穴を開ける。

「まだまだ‼️」

ライフルを地面に捨て、両手にコルトマグナムを構えると全弾丸をケルピーめがけて撃ち込んだ。

ついには銃弾は完全に魔獣の体を木っ端微塵に粉砕させた。

それでも魔獣と霊女は放っておけば、すっかり元通りになるだろう。


その隙はほんの一瞬しかない。

ドラキュラ伯爵ことみやびは深く屈むと、背中にコウモリの羽を生やし、飛翔した。

鋭利な赤い爪をのばし、必殺の一撃を繰り出す。

魔女瑠加を守るはずであった魔獣と霊女はちいさな水滴までに切断破壊され、契約を果たす状態ではなかった。

そして、ついにはみやびの爪は深々と瑠加の豊満な右胸に突きささり、その爪先は心臓に突き刺ささった。

一気に爪を引き抜くと胸元から大量の血の花びらを撒き散らし、瑠加は夜空を見上げ、倒れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る