第13話タイムリミット

時矢荘にもどる香菜と結沙を出迎えたのは、大家の三成実知であった。

ロングスカートにカットソーを着た彼女は、びしょ濡れの彼女を見るなり、慌ててバスタオルを取りに戻った。

にこやかな優しい笑顔で実知は結沙の濡れた体をふいていく。

「このままじゃあ、風邪ひいちゃうわね。お風呂いれるから、ちょっとまっててね」

そういうと慣れた動作で実知は着替えを用意し、ホットミルクをいれた。

ほのかに甘いミルクを飲むと、体が暖まり、心が落ち着いた。

すぐに湯船に湯がたまり、結沙は体を洗い、風呂に浸かった。

肩まで浸かると、体の芯まで暖まり、ひどいいじめにあったのが、遠い過去のような気がしてきた。

お湯のぬくもりが心の傷を癒してくれるような気がした。

なにも言わずに、なにも聞かずに、迎え入れた実知の優しさのなせる技であったかもしれない。

ガラガラと風呂の戸を開け、入ってきたのは兼続香菜であった。

均整のとれた体を持つ彼女は結沙と一緒に湯に入り、彼女の髪の毛をていねいに洗った。

風呂からでて、体をふき、ドライヤーで髪をかわかす。

実知が用意した洋服に結沙は着替えた。

それは幸村雪のお古であったが、さすがに結沙には大きかった。

なぜか堂々と香菜は下着姿でうろつき、冷蔵庫からビールを取り出すと、一気に喉に流し込んだ。

くはっーと大袈裟に息を吐き出す。

「昼間っから飲むビールは最高だな」

「行儀わるいわよ」

と実知がたしなめる。

「誰も見てないから、いいじゃないか」

アルコール混じりの息を出し、残りのビールを一気に飲む。

くしゃりと缶を握りつぶすとゴミ箱に放り投げた。

「結沙ちゃんがみてるじゃないの。ねえ」

純和風の整った顔を結沙にむけ、実知は言った。

あははっと結沙は笑ってこたえた。

遠慮せずに笑ったのは何日ぶりだろうか。

思えば文彦の家にきてからあまり笑っていないような気がする。

文彦は口は悪いが、結沙のことをおもっているのは確かであったが、冗談を言い合うほど打ち解けていないというのも事実であった。


スエット姿の小柄な女性が頭をかきながら、リビングにやって来た。

「実知姉さん、何か食べるものない」

といった。

「あ、あたしも」

子供の結沙でもどきっとするほど、妖艶な体をした人物が後に続いた。驚くほど薄い生地のネグリジェを着ていた。

こんなの着るひと、ほんとにいるだと結沙はまじまじと見てしまった。

見られることになれている彼女は突然、結沙に抱きたついた。ボリュームたっぷりの胸を押し付けられ、結沙は窒息しそうになっていた。

「やだ、この子かわいい」

「ちょっとみやび、その子苦しそうじゃないの」

「なに、雪ちゃん、やいてるの」

そういうと今度は幸村雪にみやびは抱きついた。

なんとか解放された結沙は深呼吸し、新鮮な空気を肺にとりいれた。

「あなたたち、そんな格好でなにやってるの」

と実知がたしなめる。

そんな他愛のないやりとりをしていると、突如、リビングのテレビの電源がついた。


ザッ。


ザザッ。


ザザザッ。


テレビの黒い画面がかすかに点滅したいる。

ぐにゃりぐにゃりと水にとかした絵の具がまざるように画面が歪んでいく。

やがてその画面は、人の顔のような姿になっていく。

髪の長い、秀麗な顔の女性へと変化していく。

可憐なるその顔は妖艶であり、厚い唇は扇情的であり、男の欲望をかきたてずにはいられないであろう。

人類進化の傑作といっても過言ではなかった。


それは水原瑠加の姿であった。


その奇妙極まる光景をリビングに集まった彼女たちは、警戒しながらみていた。

それは魔術のなせる技に間違いなかった。


「私の名は水原……白梅瑠加と申します。かの魔術師加茂保憲の血を受け継ぐもの。わが愛しい武瑠を傷つけし、幸村雪よ。我々は君の肉体をもらい受けます。我ら上級の魔道につらなるものに傷を与えたものは、本来ならば万死にあたいするところですが、同じく愛する瑠美の代わりとなる肉体をもつ貴方に我々は猶予を与えます。今宵0時にあなた方のところに伺います。大人しく我らのもとに来るならば、他のものたちの命は奪わないでおきましょう。万が一にも抵抗するならば、あなた方の体を切り刻み、家畜の餌にして差し上げましょう。なお、逃げてもかまいません。その時は地のはてまであなた方を追い詰めるのみです……」


そこで、ぶつりと電源が切れ、もとの静かなテレビにもどっていた。


ちらりと実知は壁の時計をみる。

「あと、十二時間ありますね。ご飯の用意でもしましょうか。ねえ、雪ちゃん、なにか食べたいものある」

落ち着き払った声で実知は言った。

わなわなと震えているのが、ばからしくなるほどの落ち着いた声を聞き、雪は冷静さを取り戻していた。

「さて、何を食べる。戦の前の腹ごしらえだ。ちなみに私はすき焼きを希望するよ」

ポンと雪の肩を叩き、香菜は言った。

「はいはい、私はステーキ。血のしたたるレアなステーキを所望します」

手と胸を揺らしながら、みやびは言った。

「おまえはちょっとは遠慮しろ」

と香菜は激しくみやびにつっこんだ。

チョップの要領で頭をポンと叩いた。

いたたっとわざとらしくみやびは両手で頭をおさえる。


「雪ちゃん、私たちは絶対にあんな人たちにあなたをわたしませんからね。この本に誓ってね」

そう実知は言い、赤い革表紙の本を雪に見せつけた。

その本には五芒星が刻まれた布製の栞が挟まれていた。

「この花木蘭列伝にかけてね」

どこか明るい口調で実知は宣言するのであった。




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