第6話戦士アルフリード

白い麻布のターバンを頭に巻き付け、大きく豊かな胸と細い腰に器用に布をまとわせ、アルフリードと名乗る女戦士は円月刀の切っ先を水原に向けていた。

その長い睫毛の下のひときわ大きな瞳には、闘志がみなぎっている。

首には大粒の真珠の首飾り、ターバンには羽飾り、すらりと伸びた足元は牛革のサンダル。背中には純白のマント。

その姿は、雪が脳内で想像した通りのアルフリードが立っていた。

空中に浮かぶ雪に目をむけ、その視線が交差すると片目をとじ、彼女はウインクする。

「我が君、すこしお待ち下さい。必ずやこの魔法使いを退けてみせます」

軽やかな笑みを浮かべ、そう言った。


どうにか視力を回復した水原は、目の前に瞬時にあらわれた褐色の肌の女戦士を驚愕の表情で見ていた。

つるりとしたきめの細かい肌を、水の魔術師は撫で、雪との間に立ちはだかる円月刀の戦士を睨む。

「そ、そんな。馬鹿な……魔力を持たぬ劣等人種が英霊の召還魔術を……そのような高等魔術を操れるはずが……認めぬ、認めぬぞ‼️‼️」

怒りの形相も凄まじく、声をあらげ言う。

すらりとした右腕をあげると、一気に振り下ろす。

その動きに呼応し、彼の使い魔たる水蛇はアルフリードめがけて飛翔する。

目にもとまらぬとは速さとはこのことで、常人ならば水の刃によって切りきざまれ、哀れな肉片となるに違いなかった。

超高速で空を駆け抜け、風を紡ぐ水蛇を上半身をおもいっきりそらせ、髪の毛一本の差でアルフリードはかわす。

その姿は、サーカスの芸人も真っ青になるほどの体の柔らかさだ。

必殺の攻撃をかわされた水蛇は空中でその透明な姿をたてなおすと、第二激を繰り出すため、車輪の形に変形する。

「雪は、雪は、雪は瑠美になるんだ。これは決定事項なんだ。すでに決めたことなんだ。瑠美になって僕と一緒に暮らすんだ。それこそが魔力を持たない下民が幸福になれる唯一の手段なのだ」

わけのわからないことを唾を吐きながら、水原は叫びだした。

ひひひっと薄気味悪い笑いを発する。

その瞳は狂気のため、どす黒く濁っている。


その言葉を聞き、雪は心底気持ち悪いと思った。この魔術師のものになれば、もて遊ばれたあげく、壊れたおもちゃのように捨てられるのは間違いない。


動きを制御されたままの雪はどうにか渾身の力をこめ、首を左右に降り、拒否の意思表情をした。


ちらりとその姿を見たアルフリードはにこりと秀麗な顔に笑顔をつくる。

「我が名はガスタハムの娘、ゴルド・アルフリード。マヌーチュルフ王の末裔なり。我が君に仇なす悪鬼よ、覚悟せよ‼️」

両手で円月刀を握りなおし、アルフリードはそう宣言する。

「邪魔をするやつは絶対に許さね。薄汚い女奴隷め、切り裂いて、ドブ川に捨ててやる」

そう叫ぶと、両手を振り回す。オーケストラの指揮者を連想させる。

レクイエムを奏でる死と水の魔導指揮者である。

水しぶきを撒き散らしながら、水車輪はアルフリードを切断すべく襲いかかる。

「霊鳥スィーモルグよ、我らを守護したまえ」

ターバンの羽飾りがキラリと輝く。うっすらとした光は霊気となって、アルフリードの体を柔らかく包む。

鉄剣一閃。

真横一文字に裂帛の気合いと共に円月刀を振り抜く。

その円月刀にも光のオーラに包まれていた。

光の円月刀は水車輪をきれいに真っ二つに切断した。

空中で二分割されたそれは、急速に再生しようとする。

だが、かの女戦士はそれを許さない。

床を蹴ると、一気に駆け出し、剣撃を繰り出す。

後方に飛びずさり、どうにかその一撃をかわそうとするが、魔術師は間に合わない。

身体能力に関して、彼はかなり良いほうであるが、それだけはやはり人間の域をでない。

剣撃によって死だけはまぬがれたが、右手首にその刃は切り込み、吹き飛ばした。

手首は舞い飛び、大量の出血で床を真っ赤に濡らす。

耳をおおいたくなるほどの悲鳴をあげ、左手で右腕をおさえる。

吹き出した血がだらだらと流れ、出血をやめない。

青い血の気のない顔で、水原は失った右手首を見た。

両膝をつき、うなだれている。

「こんなのは間違ってる。あってはならないことだ。高貴な僕が下民によって傷つけられるなど、あってはならないことだ」

よく聞きとれないことで、彼はなにかささやいている。

「知ったことか。我が君に屈辱を与えた罪、償ってもらう」

無慈悲にもそう言うと、アルフリードは魔術師のその細く白い首めがけて、振り下ろす。

だが、その一撃は急ぎ戻ってきた水蛇によって防がれた。

細かいしぶきは霧となり、アルフリードらの視界をほんの少しの間、奪ってしまう。

女戦士は手応によりその水蛇から魔力がなくなり、ただの水に戻ったことを。そして、その切っ先は命を奪うことはできないまでも、さらに傷つけることをできたことを知った。


間隙をつき、窓際に水原は待避していた。

左手に右手首をもち、その端正だった顔に右斜め下にはしる刀傷から血をさらに流していた。

傷だらけの魔術師は、流れだす血液を操り、ビルの窓ガラスを粉微塵に打ち砕いた。

「幸村雪、覚えていろ。僕は必ず、君を手にいれる。絶対にあきらめない。なによりも大事なのはあきらめない気持ちなのだ」

身勝手きわまりないことを言うと、水原は窓から飛び降りた。


魔力の拘束から解き放たれた雪は、床に落とされそうになるが、それを受け止めたのアルフリードの引き締まった両腕であった。

頬に暖かい、柔らかな胸のぬくもりを感じる。

「さあ、体内に残る魔物を取り除いて差し上げましょう」

そう言うとアルフリードはそのルビーのような赤い唇を雪の唇に重ねた。

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