第3話狩る者と狩られる者

夜のけたたましい繁華街を、水原武瑠は一人の女性と歩いていた。ぶら下がるように男の腕に女は腕をからめ、すりつけるように胸をこすりつけていた。

どこか冷めた表情で、水原はネオンに照らされる道をぼんやりと見ていた。

会社の同僚何人かで繁華街の居酒屋で食事をとった後、女は猫なで声でこのあと時間はありますかと尋ねたので、少し、考えた後、水原はいいよと異性の心を溶かす笑顔でとこたえた。


二人は繁華街の一画にあるやたらと派手なホテルに入り、大きなベッドの置かれた部屋を選んだ。

薄いオレンジ色の光を発する部屋で先にシャワーを浴びた水原は、ペットボトルのミネラルウォーターをごくごくと飲みながら、ガウンを着て女を待っていた。

シャワー室を出て、一糸まとわぬ濡れた女の体を乱暴に抱き締めると、荒々しく口づけする。女は少し咳き込みながら、にこりと微笑んだ。

「思ってたのと違うけど、こういうのも好きよ」

と言った。

グビリとミネラルウォーターを口に含んだ水原は、口腔内で温められたそれを、女の体内に流し込んだ。

ごくりごくりと女は恍惚とした表情でその水を飲んだ。

「こういうのが、好きなの?」

ときいた。

「ああ、そうだよ」

と水原は答える。


突如、女のなかなかに整った顔が苦痛に歪む。喉を血が出るほどかきむしる。

ゲホゲホと息を吐くが、けっして苦痛が和らぐことはない。

今度は水原が嬉しそうに女の顔をのぞきこむ。

「ねえ、苦しい」

子供のような声で、水原はきいた。

「な、何をしたの……」

悶えながら、涎を口のはしから滴ながら、女は言った。

「質問を質問でかえすんじゃないよ。まあ、いいや、教えてあげるよ。君のなかの水を支配したんだよ。人間の七割は水でできてるからね。ほんの少しだけ、水の流れをゆっくりにしたんだ」

あはははっと水原は天井に向かって、高笑いした。

「僕はね、女性の表情で一番好きなのは、死ぬかも知れないと思うときの顔なんだ。あの、何とも言えない苦しみの姿はすべてを凌駕すらほどの美を感じるんだ。前の子も良かったんだけど、壊れちゃったんだよね。だから、山の中に捨てちゃった。次に欲しい子がいるんだけどね、君はちょっとタイプじゃないんだけど、あの子のかわりというわけさ」

ぎろりと水原の黒目がちな瞳が光ると女の体が宙にうかび、両手と両足をひろげた不様な姿を強制的にとらされる。

必死の抵抗を試み、女は木製の椅子に思念を集中させる。

ふわりとその椅子は浮かび上がり、高速で水原に襲いかかる。

つまらなそうな表情でその椅子を見た水原は、指をちょっとだけ振り下ろした。

ペットボトルの残りの水が飛び出し、凄まじい速さで回転すると、椅子を粉々に切り裂いた。

「ねえ、知ってる。ダイヤモンドってかたいよね。でもね、それを切るのは水なんだよ。それにね、君程度の魔力では逆立ちしても僕にかなわない。魔術師にもね、序列があるんだよ。僕はね、この国の魔法社会を取りしきる六花のうち白梅の直系さ。君たち雑種の魔術師とは格が違うんだよ」

そう言うと、水原は女の柔らかな頬を撫でた。首をゆっくりと撫で、ふくよかな乳房を乱暴に揉みしだいた。

うふふっあはははっと、彼の秀麗な顔立ちからは想像できない狂った笑いをした。

手のひらに感じる体温が徐々にあがっていく。女の耳と鼻と口と下半身からねっとりとした赤い血が流れ出した。

あがあがと悲鳴にならない声をもらし、女の体が痙攣に震える。

「体温を五十度まであげてあげたよ。それじゃあ、ちょっとかわいそうだから、血液を麻薬にかえてあげるね」

ソファーにどかりと、水原は腰掛ける。小さな冷蔵庫の扉が開き、中からキンキンに冷えた缶ビールが浮かび、手のひらに吸い込まれる。

ビールをごくごくとと喉に流し込み、水原は体液を垂れ流す女を実に楽しそうに眺めていた。

「熱い……気持ちいい……熱い……気持ちいい……熱い……気持ちいい……」

それらの言葉を繰り返し、女は一時間ほどで動かなくなった。


血と体液で汚れた死体の前にし、アルコールのために少し赤くなった顔で、水原武瑠はスマホの画面を眺めていた。

「ああ、なんてかわいいんだ。やっぱりこの子でないと駄目だな。この子が一番だよ。まったくもって理想だよ。早く僕のものにならないかな」

ぶつぶつと一人ごとを呟く。

彼のスマホには真剣な眼差しで本を読む幸村雪の年齢よりもかなり幼く見える愛らしい表情が写し出されていた。

画面をスクロールさせると、

お弁当を食べる雪、

お茶を飲む雪、

パソコンの画面を見つめる雪、

同僚と談笑する雪、

が写し出された。

そのスマホにはいつとったかわからない幸村雪の姿が何百枚と記録されていた。

「やっぱりいいな、いいな、いいな、かわいいよ」

虚ろな目で水原はそう言うと、右手で下半身のものを痛いほど握りしめると、自分を慰めた。

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