第10骨「逡巡する!死霊使い!」

「マスター、起きてる?」


 咲愛の声だった。なんだ、もしかして夜寝られないから一緒に寝てみたいなやつか、それだったらウェルカムだ。用心して損したぜ……

 扉を開けるなり、咲愛が飛び込んできて言った。


「ねえ、マスターあたしに秘密の特訓つけてよ! あたし強くなりたいから!」


「ちょっ、待ってくれ、何も今じゃなくてもいいだろ!」


「今じゃなくちゃダメなの! あたしは強くならないと、いけないんだから!」


「あたし……もうこれ以上、負けたくない……! もう二度とあんな思いしたくないんだから……」


 咲愛の悲壮な表情、そして不必要なまでの焦燥の色を見て、俺自身も暗澹たる気持ちになってきた。


 そうか、咲愛も不安なんだ……


 俺はここでふと気が付くことがあった。咲愛が本当にしたいことは何だろう……


 本当に強くなることが彼女たちの目的なのか。


 それは違う。


 彼女が強さを求める理由わけは、俺の眷属として戦うことになったからだ。


 それまで、彼女が骨と成り果てるまでは何を糧に生きていたのだろう。


 俺は死霊使いだ。使役する眷属の過去など、気にするべきではないし、それを知れば俺は兵として扱う彼女らに情が移ってしまう。いざとなった時、彼女たちを置いて逃げることができなくなってしまうかもしれない。いざとなったら、眷属を身を挺して守ることになってしまうかもしれない。


 だからこそ、駒は駒だと割り切るべきだ。そんなことは分かっている。理解しているはずなのに、どこか自分の心の中にこれを受け入れることができない自分がいる。


「えー、頼るでライって、私たち頼る気満々じゃーん。こすい男ね」

「名は体を表すって言うしね、きっとピンチになったらあたしたち置いてすかさず逃げるタイプだわ」


 最初に彼女たちに言われた言葉を思い出す。俺はこうやって生き延びて戦って、強くなるしかないんだ。それは仕方のない事なんだ。彼女たちにいくら罵倒されようとも、俺は変わらないし、変われない。


 だけど、彼女たちの幸せとは何か、考えてしまった。俺は自分のことだけ考えていれば良かったはずなのに、どうしてこんな気持ちになるのだろう。


「マスター、おーい! 聞いてる?」


 咲愛が俺の目の前で手の平をひらひらと振って俺の意識があるか確認している。さっきまでの焦りはない。どうやら俺の様子を見て落ち着きを取り戻したようだった。


「咲愛、今日は一緒に……」


 そう言いかけた俺だったが、途中で言いかけた言葉を心の内にしまった。そうか、これが死霊使い、眷属をほしいままにできる力。


「悪い、咲愛、今日はちょっと疲れたからまた明日な」


 憔悴しきった黒瀬の瞳を見て、咲愛はばつが悪い思いをしたようで、おやすみとだけ言って出て行った。


 泥のように眠った夜、16歳の誕生日の夜、この日俺は少し大人になった気がした。


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