第2骨「ここ掘れワンワン!死霊使い!」

「おいおいおいおいおいおいおおおお!!!!!」


 俺は一目散に大型のモンスターから逃げていた。虎の顔に蛇の尻尾、キマイラはライオンの顔だったから、きっと今追って来ている魔物もその類に違いない。


 こんな町から少ししか離れてないところにも、こんな凶暴なモンスターがいるなんて聞いてない。

 周章狼狽しゅうしょうろうばいしている暇なんてない。逃げないと殺られる。それはこの弱肉強食の世界では分かっていたことなのに……


「はぁ……はぁ……」


 俺は気が付くと導かれるように、大きな大樹のもとにやって来ていた。キマイラは追って来ていないようで、俺はほっと胸をなでおろした。


「これって、噂に聞いてた枯れない桜、大桜樹グランドセレジェイラか……」

 美しいピンク色の透き通った花弁が、ひらひらと風に舞っている。ずっしりと屹立する大樹は、まるでここが魔物一匹存在しない桃源郷ユートピアだと言わんばかりの神聖なオーラを放っている。


「俺……もしかして、ここで死ぬのか……」


 先ほどのキマイラを見て絶望した黒瀬頼央くろせらいおうは、すっかり生きることに疲れていた。あーこんなことなら素直に母親からのプレゼントで眷属を作っておくんだった……

 諦めかけたその瞬間、彼はあることを思い出す。


「桜の木の下には……死体が埋まっている……」

 そう呟くやいなや、彼は足元の土を一心不乱に掘り進めた。

「あるはずだ、死体がっ! 俺が操ってやる! 俺が生き返らせてやるっ!」 





 どれくらいの時間が経っただろうか。黒瀬の手は土と地で赤黒くなり、すっかり手の感覚は消失していた。それでも彼は掘って掘って掘って、埋まっているのかも分からない骸を捜索していた。


「…………」

 そう言えばこうやって夢中で頑張ったことって俺、あったっけな……

 ちょっとセンチメンタルな気分になりかけていた黒瀬だったが、途端に脳内が真っ白になるのが分かった。


「し、白……」


 まるで女の子のパンツを意図せずに見てしまった主人公のようなセリフだったが、黒瀬が見たのは、決して美少女のパンティーなどではない。黒瀬が見たのは真っ白な上腕骨のような形の骨。誰しも骨と言われれば真っ先にイメージするそれだ。


「風化せし死別した骸、遡及する時節とき、流転する運命さだめ、再起し、再蘇し、命の灯火の再臨を全ての死屍にこいねがう!」

 反射的に俺は詠唱し、すぐさま眷属を作り出そうとした。これで一人前の死霊使いネクロマンサーになれたんだ!


 骨は瘴気に包まれ、黒い煙が辺りを鬱然と覆う。これは黒瀬の降霊術が成功したことを意味する。


桜は相変わらず吹きすさぶ柔らかい風に花びらを散らし、どこか牧歌的で春風駘蕩しゅんぷうたいとうの雰囲気を醸していた。


 

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