第2章 巽風の象

第10話 封魔忍者 月風 猪助

大陸の中央にそびえ立つサガン山。


今でも山の中心付近にはマグマをようしており、いつ大きな噴火を始めてもおかしくは無い状況であるにも関わらず、不気味な静けさを保っていた。


そこから東へ向かった所、大陸の東側にある山間やまあいに封魔の里と呼ばれる場所があった。


幾重にも連なる大小の山々に囲まれ、木々が枝葉を伸ばし新緑を増す夏の頃合いは、

遠くの山頂からこの里を探すのも困難になる程、地形を生かした天然の隠れ里であった。




猪助いすけさーん」


背中越しから聞き覚えのある声に呼ばれて、月風つきかぜ 猪助いすけは、声の主を分かってはいたが、半ば確かめる気持ちで、首だけ左に反転させて背後を見た。


「猪助さん、やっと追いつきました」


息を切らせた声の主は、背丈が猪助の半分ほどしかない着物姿の少年であった。


猪助は封魔の里の頭領の命により、とある隣村に偵察に入っていた。


猪助が朝早く封魔の里を離れ二日目、猪助が封魔の里を離れた同じ日の夕方に封魔の里を出発した少年は、やっとの思いで猪助にたどり着いた。


正東風まごちか…」


やはりな、というような心を顔に浮かべた猪助は、一瞬にして辟易とした気分になった。

猪助は、単独で行う自分の仕事の途中で、横槍を入れられ邪魔されることを嫌う性格であった。


「猪助さん、露骨に嫌な顔をしないでくださいよ。私だって来たくて来たわけではありません。追いつくのでさえ二日かかりました。足がはやすぎますよ」


封魔ふうま 正東風は、冷めた目つきで猪助を見上げながら、口を尖らせた。


「仕方なかろう。俺の足は封魔の里一番の疾さだ。お主は何故来たのだ…どうせ親方の差し金であろうがな」


猪助は、両腕を胸の前で組みながら、正東風に正対して見下ろした。


「えぇ、その通りです。父であり里の頭領である封魔 小太郎からの伝言を預かって来ました」


丁寧な言葉を使ってはいるが、正東風の語調は言葉を吐き捨てるような言い方であった。


「伝言だと…親方がか」


猪助は、訝しげな顔で正東風を凝視ぎょうしして聞き返した。


「封魔 小太郎よりの伝言。すぐに里に引き返すこと」


正東風が淡々と伝言を伝えた。


「里に引き返せだと…まだ任務途中だぜ」


何故だと苛立つ猪助を横目に、正東風は街に吹く風の匂いを感じていた。


「猪助さん、匂いを感じませんか」


唐突に正東風が問いかける。


「こりゃ魔族の匂いだな。しかも近くだ」


猪助は風が匂いを運んでくる方角の空をじっと眺めた。


「父は封魔の里に危機が迫っていると考えているようです。ですから、里に戦力となるあなたを呼びもどそうとお考えなのです」


「あのバーンハルトの野郎が二十年ぶりに動き出しやがったのか」


舌打ちをしながら、猪助は自身の右手で握った拳を左手のひらに叩きつけた。


「戻りましょう、猪助さん。里の皆が帰りを待っています」


正東風は、猪助の興奮する気持ちをなだめるように里への帰還を勧めた。







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