第42話 新室宴

 由希はヒカルに髪を梳いてもらう。宴で追い返されないよう、みずらに結ってもらう。

 髪を触ってもらうのはいい気持ち。妹ならこんな感じ? 姉妹って、楽しいんだろうな。

「おれの後方支援って、お姉ちゃんの髪を梳くだけ?」


 夜、焚き火が各所に点され始めた。宴は、地底への出入り口が無い方の中庭で行われる。


 その穴のある方の中庭には焚き火が無く、墨を流したような闇に蔽われた。


「あの人たち、国つ神かな」 再び木に登ったヒカルが三々五々集まる客たちを見て、隣の太枝にいる由希に聞く。 「地元の有力者?」


「うん。大后のコノハナサクヤヒメが離れて、火の国に居ることは皆、知ってるんじゃないかな。国つ神たちは娘を連れてきて、后か貴妃に、って画策してんだ、多分。深窓の、もとい、板奥の令嬢」 由希は、枝に葉に当たってみずらが崩れないよう、目をキョロキョロさせる。ヒカルが木の上で弓と矢を落とさず調整するのを手伝った。


 中三でソフトテニス部を引退した後、二人でアーチェリー教室に通った。


 あの世界でのアタシは骨盤の手術をした後、車椅子アーチェリーでパラリンピックを目指そうと思った。それを目標に、リハビリを頑張ろうと思った。身体があのままなら、流鏑馬やぶさめだって、挑戦したかった。


 ヒカルは両脚で太い枝に上半身をしなやかに固定している。


 由希は木を降りると、顔、首、手足にカリブの海賊のつもりで泥を塗った。


 地底への入り口はこの新室の向こう側。どうやって行こう?


 人間より大きな太鼓が激しく打ち鳴らされ、人々の顔が一斉に同じ方向を向く。

 ニニギが登場した。生まれて間もないヤマサチと、少し年長のウミサチを抱いている。太鼓が停止した。

「二人の王子を育てるむろが完成した!」


 いったん気配を隠した太鼓が再び鼓動を打ち鳴らす。


 もう通訳は不要になり、彼は笠沙の妻のもとへと帰ることを許されていた。

 由希とヒカルは、彼と途中の温泉で偶然、行き会った。「あの人は言葉、覚えるの、速いよ! たいしたもんだ」

 それを聞いた由希は、ヤツがイタリア語もドイツ語も不自由無かったことを思い出した。


 そういえばヤマサチって、将来というか、アタシには昔の結婚相手だわ! アタシの匂い、わかるかな?


 巨大な太鼓のリズムが本能を突き動かす。

 由希は見張りの用心棒たちを観察する。


 美少女の群れなど初めて見る彼らは、焚火に照らされた彼女たちの横顔から視線を外すことができない。

 おかげで由希は闇に紛れ、地底への出入り口が柱の間に見えるところまで到達した。


 闇の中庭にも、忠誠心の強い兵士たちが見張っているはず。目を凝らすと、地上に二人、屋根に二人、それだけだ。何かが走り抜ける。

 ハナクロ!

 陰に潜んでいた二人が後を追う。ネコは中庭を一周すると高い屋根を飛び越えた。

 屋根にいたもう二人も外に出る。

 由希は真ん中に走り寄り、巫女さんがしたように、両手で表面を広げるようにそっと撫でた。

 穴が現れた。蓋が無い。

 由希が滑り込み、上を見上げると星空が閉じた。腹を揺さぶる太鼓の音色も消えた。


 暗くはない。火の玉が数え切れないほど浮かび、道を浮き上がらせている。

 由希はその道を全力で走る。


 途中、水中花のような石筍が三体、成長しているのがわかった。


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