第36話 大陸

 かあちゃんがまじないで言いよった、昔からその土地に住んでいるもんが、遠くからやって来た強い者たちに、もうすぐ、支配される。そんとき、土地の最後の男が、タケミナカタノ神やと。


 火吹き穴の湯溜まりが、血の色を見せたわけを知った。まだ子供たちが甦っていないのに、戦乱が起きる! いったい、どうすればいい?


 答えを求めて女が鏡の前で正座し上体を伏せると、体が持ち上がるのを感じた。小さな鳥に変身していく。鮮やかな、空に混じるような青色の羽根が背中から広がる。


 見る見るうちに、慣れた集落が下に落ちていく。


 遥か上空を飛んでいる。


 火の山の穴には大きな池がある。日差しを受けて緑に、翠に輝く。風が日差しをそよがせると、青に水色に、湖面は絶えず変化する。たしかに、きらめきの幾筋かが血の色になっていた。


 外輪山の上は、上空から見ると平らな大草原に見える。神々が火の山を取り巻きながら、輪になり外輪山に腰を据え、水浸しのカルデラに足首を漬け、話し合いをしていた様子が記憶として甦った。


 小さな翼を羽ばたかせ、高く、高く飛び続ける。自分が棲む大きな土地が海に囲まれているとわかった。それから北西に目をやった。


 前に夫と、子供たちと、過ごした集落はどうなっとう?


 鳥になり飛ぶと、あの苦しい山越えがなかったかのように思える。子供たちを育てた懐かしい集落が、じきに見えてきた。


 コメを作る湿地が以前よりずいぶん広がり、盛り土で築いた細い道が湿地を区切るように大地に模様を描いていた。幕屋はなくなり、人はみな、木と竹と土を組み合わせた家に住んでいる。


 人々が見えるように低く飛ぶと、子供たちの外見が変わっていて驚かされた。顔がコメを伝えた漂着の民のようだ。

 一体、何が起こっている? この子らは大きくなると、漂着の民のように背が高くなるのか?


 高く舞い上がると、別の海が見え始めた。子供のころ、塩と海藻を採るため、かあちゃんと一緒に行った浜。


 更に高く、高く、舞い上がり、生まれ育ったこの大きな島を一周しようと、西南に翼を切った。


 複雑な海岸線に心を惹かれ、高度を少し落として飛び続けると、小さな島々が神々しく現われた。


 鳥になった目の視界に何かが、神々の手によらない何かが見えた。

 

 近づいてみよう。


 大海原に消え入りそうな、人間が作った何かが、たくさん散っている。それらへ翼が風を切った。

 これが舟?


 海の近くで暮らしていた遠い昔、舟が漂着してきた。島の、幾人かの大人たちは、木を組み合わせたものを舟と呼んで海に乗り出していた。岸から少し離れたところで魚や海藻を採るためだ。


 しかし今、見えている舟は、とてつもなく大きい。二十、浮かぶ。南へ波を切っていた。


 胸騒ぎがする。どんな人たちが乗っとるん? もしかしたら、蘇った子たちがいるのではないかと猛禽のように目を凝らした。


 高度を少し下げて風に乗る。一つの舟に、十人ずつの四角の塊が五、ある。十人ずつの塊は規則正しい四角だ。その塊の前に、面と向かい立っているのは下半身が四つ足の動物。


 なんち化け物や。奴らはどこから来たん?


 兵士たちの顔は白く、頬骨が高く、体は漂着の民のように大きい。彼らは火の山の辺りの人間とも、森に棲む人間とも、全く違っていた。表情がなく、唇は真一文字に揃って、一様に胸を張っている。


 コメを持ち込んだ民? ばって、あん人らは笑ったり泣いたりしとった。あん人らは嵐の後に流れついたと聞いた。始め言葉が解らんかった。ばって田を維持する術や、鉄を作る術に詳しいから大切にされとった。あん人らが呼んだんか? そんな馬鹿な、あん人らは私たちの中で、根を張り誠実に暮らしとった。


 二十の大きな舟にいるのは男ばかり。固そうなもので体を覆っている。左腕に持つ平たい固いものは何か。右腕に煌めく長い固い刃物は何か。


 船の舳先は高くなっている。そこにも四つ足の化け物が、全員を見下ろして叫んでいる。何を言っているのか、わからない。そいつが叫ぶと、全員が一斉に、平たい固いものと、煌めく長い固いものを同じ方向に動かす。


 人間を倒すためにだけある、あれらは。


 次の叫びでは前から順に長剣の高さを変え、盾の前に出す。別の声では五つの四角が船の中で少し離れ、向きを変えた。


 声は何のためにあるん?


 一番大きな舟の上に飛び、旋回していると、舳先にいる大男が最も長い武器を振り上げた。

「ニニギ!」全員が同じ素早さで右腕の長剣を上げ答えた。

「ニニギ!」全員が次の瞬間左の盾を全員同じ角度に構えた。

「ニニギ!」全員が同じ速さで叫んだ。


 こいつらは人やない、人は他人と同じ動きはできん! 大変な化け物がやってくる! 


 陸が奴らの左に見えとるはずなのに、そこには上陸しない?


 船の右左に回り込むと、櫂を漕ぐ男たちが必死に、船を陸につけようとしているのが見て取れた。しかし黒く見える潮のうねりは、島々を護るかのように全ての船を追い返している。


 再び高度を上げ、奴らが出航したであろう土地を見ようと北へ向かった。


 まず眼下に平らな小さな島が見えた。小さすぎて、大勢の奴らが元々いた土地だとは考えられない。


 しばらく飛ぶと、険しい山ばかりでできた大きな島が見えた。絶壁が海に落ち、浜さえ見当たらず、ここであいつらが武器を揃えたとは考えられない。


 そして、その向こうに大きな土地が広がっていた。果てのない土地。


 どこまで続く?


 鳥として舞い上がることができる限り、高く飛んだ。緑の山々に覆われた大きな半島の向こうに、赤茶けた大地が、空気の中に溶けるほど広がっている。


 あんなに広い土地から奴らはどうして? 


 広い広い土地では、みんなが、人生は戦いだ、と思っている、っち、あの漂着者が言っとった。


 勝者が、全てを、取ります。


 広い土地では、果てしなく遠くの地平線まで見えるから、欲も、果てしなく広がり、そして、実現が、可能です。


 勝者が正しく、敗者が誤り。


 大地に、欲を阻むものはありません。支配者は際限なく強大になります。大編成の軍をバトリオンといいます。


 やけん、誰もが、自分のために、必死で戦います、っち、言っとった。これが、バトリオンか。

 時間が無い、奴らがやって来る!


 

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