第23話 皇后と夫人たちの確執【後編】


「それは、林淑妃自身が霊力を備えていたから。例外ですわ! 実際に、家柄のいい妃嬪が優秀な子を産む確率は高いではありませんの!」


 反論した程貴妃に続けて、班徳妃も主張する。


「そうですわ! 母親にも霊力があれば、同じ才能を備えた子が産まれるのは必定。こればかりは家格というより、林淑妃の才能としか」

「では、あなた方は玉玲に才能があれば認めるというのね? 霊力に恵まれた子を産むことができれば」


「……それは、子を産んだ場合の話になりますわね」


 程貴妃の返事を聞いて、班徳妃も賛同するように頷いた。


「宋賢妃はいかがかしら?」


 皇后が夫人の席の一番左側を見て問いかける。

 そこには、洗練された雰囲気をまとう女性が座っていた。

 彼女が三人目の夫人、宋賢妃。背が高く、すらっとした体つきをしていて、他の妃嬪より装いは地味だが、落ちついた空気と上品さを漂わせている。


 宋賢妃は特に顔色を変えることもなく口を開いた。


「この国の太子は、家格より才能を重視して選ぶことは確かです。優秀な子を産んだ場合は、認めざるをえないでしょう」


 宋賢妃の答えを聞いて、皇后の口もとに笑みが戻る。


「だそうですよ、玉玲。ぜひ早いうちに幻耀の子を産んでちょうだい」

「恐れ入りま――じゃなくて、はいぃ?」


 困惑しすぎて、困った時の呪文と吃驚きっきょうの声がごっちゃになった。

 玉玲は瞠目したまま、口をぱくぱくさせる。


 程貴妃が玉玲に侮蔑ぶべつのまなざしを向けて吐き捨てた。


「無駄な試みですわ。芸人崩れの捨て子に何の才能が――」

「この話は聞いていないようね。玉玲はあやかしを視ることができます。高い霊力を備えているの。だから、太子に見初められ、主上の承認も得られたのですよ」


 得意げな皇后の言葉に、程貴妃と班徳妃は「まさか!?」と声をそろえる。


「林淑妃に続けて、あの子まで……?」


 反応の乏しかった宋賢妃も、そう言って眉をひそめた。


 夫人たちの反応に、皇后は満足そうな笑みを浮かべて続ける。


「玉玲も幻耀も、これ以上にない逸材ですもの。二人の間には、さぞかし霊力の高い子供が産まれることでしょう。これで暘帝国も安泰だわ」


 皇后の機嫌は、高笑いが聞こえてきそうなくらい絶頂だった。


 玉玲はいたたまれなくなり、面を伏せる。自分は契約妃なのだ。こんなに期待をかけられては、後宮から出にくくなるではないか。

 幻耀の袖を引き、小声で訴える。


「ちょっと太子様、何とか言ってくださいよ」

「何とか、とは何だ?」


 幻耀も小声で返してきた。


「私はそのうち出てくとか。太子様の子供を産むなんて、ありえないです」

「ありえない? お前は俺のことが好きなのではなかったのか?」


 幻耀の眉が少し不機嫌そうにゆがむ。


「好き、って。人間としてって意味ですっ。早いところ誤解を解いてください」

「この状況で本当のことを言えるはずがないだろう。今は話を合わせておけ」

「そんなっ」


 こそこそと言い合う二人を見て、皇后がうれしそうに告げた。 


「まあ、仲がよろしいことね。その調子で早めに世継ぎをもうけてちょうだい」


 夫人たちの目つきはどんどん鋭さを増していく。反対側の席にいる九嬪まで。

 敵意を剥きだしにする妃嬪たちを見て、玉玲は肩をすぼめた。自分がもし男児でも産もうものなら、彼女たちが皇后位を得る可能性は更になくなるだろう。もちろん産むつもりはないが。このままでは自分まで命を狙われかねない。


 幻耀にこれ見よがしな視線を送ってみるが、目のやり場に困った様子で瞼を伏せている。

 東西からは殺気が。皇后の席からは『早くお世継ぎを』光線が。本当にいたたまれない。

 とりあえず誰とも目を合わせないように、うつむいていた時だった。


「玉玲、伏せろ!」


 どこからか響いた莉莉の声に反応して、玉玲はハッと顔をあげる。

 離れた場所に立つ杉の木から、輝く何かが一閃した。


「太子様!」


 玉玲はとっさの判断で幻耀の体を突き飛ばす。

 目の前を猛烈な速度で光がはしり抜けた。


 ――ドスン!


 天幕を支えていた柱に矢が突き刺さる。


「きゃあ――っ!」


 近くにいた皇后が悲鳴をあげた。


 玉玲は幻耀の盾となるよう体に覆い被さり、矢が飛んできた杉の木を見あげる。


 追撃は不可能だと判断したのか、黒い影が園林ていえんの奥へと去っていく。


 玉玲は近くの茂みに莉莉の姿を見つけ、とっさに声をあげた。


「莉莉、追って!」


「まかせろ!」


 すぐに莉莉が返事して、黒い影を追っていく。


 妃嬪たちの悲鳴が立て続けにあがり、宴の場は騒然となった。


 我に返った玉玲は、地面に身を伏せていた幻耀に問いかける。


「大丈夫ですか、太子様!?」


 幻耀は肩を押さえながら、ゆっくり起きあがった。


「ああ、お前のおかげで何とかな」


 幻耀の肩に少しだけ血がにじんでいる。どうやら、矢は肩をかすめただけのようだった。刺客は彼の心臓を狙ったのだろう。突き飛ばすのが少し遅れていれば、急所に命中していたかもしれない。とりあえず軽傷のようでよかった。


 ホッと息をついた玉玲だったが、次の瞬間――。


「太子様!?」


 突然地面に倒れこんだ幻耀を見て、悲鳴に近い声をあげる。

 幻耀の顔からは、どんどん血の気が失せていた。


「毒よ! きっと矢に毒が塗られていたんだわ!」


 漣霞が泣きそうな顔で幻耀の方へと駆け寄りながら叫ぶ。


「すぐに医官を!」


 幻耀の近くに控えていた文英が、誰にともなく指示を出した。


「ああ、幻耀! 嫌です、幻耀!」


 皇后は泣きじゃくりながらくずおれ、完全に取り乱している。


 玉玲は努めて冷静になって、幻耀の上着をはだけさせた。

 そして、自分の胸の帯をほどき、その帯で幻耀の肩から脇を縛る。毒が心臓まで回らないようにするために。毒蛇にかまれた際の処置だが、そう間違ってはいないはずだ。

 更に、傷口へと口を寄せ、血と一緒に毒を吸いだした。


「太子様、お気を確かに! 私が必ず助けますから!」


 勇気づけるように声をかけながら、すみやかに処置を続ける。


 何とか意識を保っていた幻耀だったが。


「……玉……玲……」


 うつろな目で名を呼ぶや、瞼を落とし、そのまま動かなくなった。


「太子様? 太子様!」


 玉玲は体を支えながら、必死に呼びかける。



 だがその日、幻耀が目を開けることはなかった。

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