第38話 魔術師だって武器を使えばいいじゃない

 アネータの挑戦を終えた後、俺は店の商品作りと並行して魔術の勉強を始めた。


 才能や訓練が何よりも物を言う分野なので魔術を使えるようになることはないが、魔術師用の武器を作るには深い理解が必要だったのだ。


「魔術の本ばっか読んで、とてもじゃないけど調合師とは思えないにゃわん」

「今更ですよレオナさん……。そもそも普通の調合師は武器作りませんし」

「私用の暗器を先に作ってほしかったっすぅぅぅ! うぐぅぅぅっ!」


 これまでやってこなかった事に手を出した俺を、レオナ達は少し心配してくれる。メイだけは私欲に捕らわれまくってたけど。


 しかしそれでも俺は、魔術の勉強をやめなかった。

 アネータはレイナが守った少女だ。それが分かってから、俺の心がどうにもざわついて仕方がなかったのである。何が引っ掛かってるのかは自分でも分からなかったので、気を紛らすように魔術へと没頭したのだ。


 そして、ようやく簡易的な武器だけは完成を迎えた。


「そ……それで? それだけやってくれたなら、何か良い武器でも出来たのかしら? まぁ別に、私は頼んだわけじゃないけどね?」


 【夜明けの剣】本店は一週間に一度の休日を設けたため、俺達とアネータはそのタイミングで再び会う事になった。


 武器の試用のために待ち合わせていた草原で、俺はアネータの質問に答える。


「あー、それな。やっぱ魔術の勉強は一筋縄じゃいかなかったから、魔術を強化する武器とかはまだ作れなかったわ」

「うぇーんっ!」


 強気で俺の返事を待っていた彼女は、しかし実際に答えを聞くと泣き出してしまった。


「期待してたなら素直にそう言うっすよ……」

「き、期待なんてしてないわよっ! でも、でも……びえーんっ!」


 俺達は境遇が境遇なので泣くことも多かったけど、この娘の涙脆さはそれどころの話じゃないよな。貴族って皆こうなのか? いやレイナはもう少ししっかりしてたけどな……。


「ほらほら落ち着くにゃわんよ~」

「あ、ありがどぉぉレオナざんんんんん」


 泣きわめくアネータを見ていられなかったのか、レオナが彼女の背中を擦る。レオナはこういう細かいところで優しさが出てくるね。


「そう落ち込むなって。魔術そのものを強化する武器はまだ作れてないけど、魔術行使を補助する武器は一応作ってきたから」

「なっ! そ、それを早く言いなさいよっ! 泣いて損したじゃない私!」

「君ほんとに情緒不安定だね!?」


 少し引き気味にそう教えると、アネータは急に気勢を取り戻して叫んだ。


 正直納得いく出来ではないのだが、ここまで悲しまれると何も渡さないわけにはいかないので一つを渡す。


「えーっと、何なの? この鉄の円盤は」

「君は戦闘中に魔方陣を書いてたけど、それだと時間がかかるだろ? だから先に魔方陣を描いとけば、もっと魔術が使いやすくなるんじゃないかと思ってな」

「……いいえ。それは初心者の陥りがちな間違いね」


 説明を聞いたアネータは、先程より残念そうな声を出した。


「魔方陣っていうのは、魔術の効果範囲を絞る代わりに威力を増す工夫なのよ。標的が魔方陣の上に乗ってくれない事には意味がないから、魔方陣の作る位置や種類を臨機応変に変えないと使えないの」

「ん? 別に魔方陣の上に乗らなくても、相手に当てれば良いんだろ?」


 アネータの補足を聞いても、いまいち問題点が分からない。

 俺は彼女に質問を投げ掛けつつ、アネータのために作り出した円盤を横に回しながら遠くへ放った。


「〈成型手〉」


 円盤が地面に落ちた途端に俺が〈成型手〉を使うと、円盤の下の地面がボコッと盛り上がる。

 ハルクほど精密には出来ないが、魔方陣の助けを借りたらなんとか遠くでも発動出来るようだ。


「嘘…………」


 その様子を見たアネータは、呆然と呟いてから叫びだした。


「え!? 今あそこを狙って魔方陣を飛ばしたってこと……? ただの円盤でそんなこと出来る!? てかあんた、普通に魔術使えてんじゃない……」

「長年鍛えてた〈成型手〉ってスキルだけだけどな。魔物の素材をいじる都合で魔力の原理とかには詳しいし、自分の技術を魔術みたいに使ってみただけだ」

「意味が分からない」


 今起こったことを説明したら、本職の魔術師に一蹴されてしまった。意味分からないって言われちゃったよ……。


「ライア、日に日に化け物になってるのは気のせいにゃわん?」

「気のせいじゃないと思いますけど、レオナさんも大概ですよ」

「戦闘中はフィラ殿も大概っすよ」


 俺の背後で、狂戦士三人組が好き勝手に言ってくる。いや別に普通の事を言っただけだけどな……?


「ともかく、これなら予め作った魔方陣も使えるだろ?」

「そ、そうね。魔方陣を投げ飛ばすなんて発想はなかったけど、これだけ精密な円盤なら確かに相手に当てられそうだわ」

「良かった。すっげぇ失望したような顔してたから、失敗したかと思ったわ」

「ごめん……」


 さっきとは一変して、アネータが笑顔で円盤を受け取ってくれた。やっぱりお客様の欲しがる物が作れると、とても嬉しい。


「あとはこれだな、杖ガトリング。杖を六本束ねてみました」

「はぁ!? 馬鹿じゃないのっ! こんなことしても魔力が分散するだけ……ってうわ凄い。むしろ魔力を分散させることで、一つずつの魔術が速く発動するようになってるっ!?」

「そもそもガトリングって誰にゃわん……」


 アネータが杖の原型を留めていないそれを肩に抱え、ダダダダと試射する。うん。こうなるとは思ってたけど、もう魔術師の神秘性は皆無だね。


 杖は魔法の補助道具として使われているものだが、俺は魔術の門外漢なので他の武器のように一からは作れなかった。

 それが出来るようになれば、もうどんな杖を作るかは決めているのだが……それにはまだ勉強不足だ。


 俺がこれからの事を考えていると、魔法を撃ちまくっていたアネータが振り返って言った。


「ありがとう武器商人! これがあれば私、冒険者としてやっていけるかも……!」

「ちょっと他人行儀だな。そんなに喜んでくれたなら、ライアって呼んでくれよ」

「そ、そうね……。ありがとう、ライア!」


 魔術師のお眼鏡にかなうか不安だったが、どうやら気に入ってくれたようだ。

 その後に魔物を狩りにいったが、彼女は並の冒険者と遜色ないスピードで、かつ高火力を叩き出して魔物を掃討していた。


「凄いっ! この投陣があれば中規模魔術がすぐに撃てるし、凝縮杖があれば魔方陣を当てるまでの妨害も怖くないわ!」


 はしゃぎ回る彼女は、これまで自分の思うように戦えた事がなかったのだろう。

 笑顔で自分の力を振るう彼女は、まるで水を得た魚のようで。


 ただの調合師で満足せず、出来ることを増やしていきたいな、と漠然と思うのだった。





 ――だがその七日後。あんなにも喜んでいたアネータは、待ち合わせ場所で暗い表情をしながら俯いていた。


 何があったのか尋ねようとすると、彼女はそれを制するかのように俺に武器を返してくる。


「えっと、何か問題があったのか? 不備があるなら、言ってくれれば改善するけど……」


 俺は嫌な予感がして、咄嗟にそう尋ねてしまう。


 それは奇しくも新星団を追放される直前に放った質問に凄く似ていて、尚更の焦燥に襲われる。


「ごめん。もうこの武器、要らないから」


 その予感は、見事に的中して。


 手渡された武器の重さを実感しながら、俺は走って俺の元を去るアネータを見送る事しか出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る