第30話 逆襲のテンペベロ

 レオナが始めた実演販売は、期待していた以上の盛況ぶりだった。


「駄目だ、あの盾を破れる気がしねぇ。俺の剣なら盾ごと壊せると思ったのに、ビクともしやがらねぇぞ!」

「そもそもなんだこの娘……! いくら盾が優秀でも、ここまで受けきれないだろ普通っ!」


 最初からレオナに立ち向かったのは七人程度だったが、レオナが簡単には倒せないと分かると遠慮していた観衆達も戦いに加わった。


 最終的に、レオナと戦う人の数は三十人を越した。それでもレオナは攻撃を受けず、随盾腕を見事に使いこなす。

 盾を呼び寄せる勢いで相手の剣を弾く程度はもちろん、時には呼び寄せられる過程の盾で側面からの攻撃を受けるなどという嘘みたいな芸当まで見せていた。


「俺の剣を止めるほどの盾なら、買うしかねぇな……」

「僕はあの腕の装備も欲しいなっ! 時間はかかるだろうけど、彼女みたいな動きが出来るようになりたいっ!」

「俺は射手でしたが、あの盾を使いこなしたいから騎士になりましょうかね」


 レオナの力量が凄まじすぎて皆が購入を敬遠してしまうかとも思ったが、むしろ圧倒的な強さへの憧れは買う動機に繋がってくれたようだ。

 レオナと戦った人やレオナの舞のような動きを見た人は口々に商品への期待を示し、観衆は見る見る内に「お客様」になっていく。射手だけは人生懸けすぎな気がするが。


「あの凄い盾、二枚ください!」

「思ってたより高い……けど、私には盾だけじゃなくて腕の装備もお願いします! この鎧に糸もつけて下さいっ!」

「僕、あまり強くないけど……それでもさっきの盾買ってもいいですか!?」


 購買意欲を唆られたお客様達は、たちまち俺の方に来て盾や腕の装甲を買い始めた。

 予想とは比べ物にならないほどのお客様が来たのですぐに在庫は切れて、俺は製作に移り販売はフィラとメイに代わってもらった。


「盾2枚お買い上げありがとうございます!! これ、私が作ったわけでもないのに売れると凄く嬉しいですね!」

「そりゃそうっすよ! 拙者達【夜明けの剣】の商品が気に入ってもらえた、ってことなんすから! あ、お客様。売るの初めてだけど毎度ありっす~!」


 自分の作った商品が飛ぶように売れると、良いものが出来ていたか不安だった俺も心が暖まるのを感じる。盾を買えたお客様が笑顔になって、喜んでくれるのを見ると俺も嬉しい。


 しかし実演販売が成功したということは――奴らが見逃すはずはない、ということでもあった。


「おやおやおや、あなた方は【鍛冶嵐】に歯向かった、愚かな生産ギルドの方々じゃあないですかぁ」


 盛り上がりを聞き付けて来たのだろう。細身の男、テンペベロが後ろに黒服を引き連れて再び俺達の前に姿を現した。


 彼が【鍛冶嵐】のメンバーであることは周知の事実らしく、周りの人達にも動揺が走る。


「え、あの子たち旅商人じゃなかったの?」

「おいおい。【鍛冶嵐】に目をつけられてんならやべぇって。俺やっぱ買わんとくわ」


 周りにいた人の中には、【鍛冶嵐】が来ただけで俺達から離れていってしまった人もいる。

 【鍛冶嵐】の妨害があったから仕方なかったとは言え、こちらが旅商人でなかった事もバレてしまった。


「はぁ――。困るんですよねぇ、こんなことされたら。私達の邪魔しないで下さいって、前に言いませんでしたかねぇっ!」


 テンペベロは俺の近くまで寄ると、大通りの道端に並べていた商品をいきなり踏みつける。

 商売の邪魔をしてるのはどっちだよと思ったが、ここで抵抗すれば【鍛冶嵐】との対立関係をお客様方に強く印象付けてしまうため、見ていることしか出来なかった。


 それで気を晴らした後、テンペベロは歪んだ笑みを浮かべながら騒動を見守っていたお客様方に言い放つ。


「そんなわけで、この身の程知らずなギルドは我々【鍛冶嵐】の商売敵なんですよ。なので今後もし【夜明けの剣】から商品を買えば、その方にはもう我々の商品はお売りいたしませんよ? 今こいつらから盾を買った方も同様です。それが嫌なら今すぐ返品して下さい」

「なっ――!?」

 

 【鍛冶嵐】はこの街の商会をほぼ牛耳っているため、【鍛冶嵐】の商品が買えないということはこの街で何も買えなくなるのと殆ど同義だ。


 いくらこちらの商品を気に入ったとしても、生まれたばかりのギルドのせいで生活が危うくなるのは耐えられないだろう。商品を買ってくれたお客様方が、絶望したような表情でこちらを見遣る。


「そんな。大手ギルドだからってそこまでするのにゃわん――?」


 商品を売るために体を張ってまで売り込んだレオナは、【鍛冶嵐】の悪どすぎるやり方を呆然と見ていた。

 しかしそんな彼女の隣を横切って、さっきまで興奮していたお客様方が俺の方へと集まってくる。盾を返品するつもりなのだ。


「うぅ、こうやって回収し続けていると、不良品を売りつけてたみたいで心が痛いです……」

「さっきまで貰ってたお金を返し続けるのって、ちょっと悲しいっすね……」


 迷惑だけかけてお金を返さないわけにもいかず、フィラとメイが先程受け取ったお金をお客様に返し始める。

 彼女達も販売を頑張っていたのに、その努力が無駄になっていくような感覚があった。


 その様子を見た後、不敵な笑みを浮かべながらテンペベロが俺に近づいてくる。


「これで本当の力ってものが何か分かりましたよね? 今まで黒服を倒して良い気にでもなっていましたか? ねぇ?」


 言いながら、テンペベロが俺の頬に拳を当ててグリグリと回す。


「ははは、だから言ったでしょう? 君らみたいな頭の悪いガキは、いくら力が強くても大人に勝てないんですよ。私達に逆らった罪は、たっぷり償ってもらいますからね?」


 汚い大人の言いぐさに、俺は激しく言い返したくなる。

 しかしレオナが必死に守ろうとした生産ギルドの芽を潰したくなくて、俺は抵抗もせず耐えた――が。


「許――にゃわん」


 そんなテンペベロに近づきながら、レオナが聞き取れないほどの小声で何事かを呟いた。


 彼女がとうとう怒り、許せないと言ったのだろう。俺はてっきり、そう思い込んだが。


「許して、にゃわん。……もうやめて、やめてよぉ! ライア達は関係ないにゃわんよぉ!」


 レオナは子供のように泣きじゃくり、許しを請うていた。そこにいつもの頼れる剣士の風格はなく、ただただ弱々しい女の子に見える。


「私がっ、私が悪いにゃわん! 今の生活が幸せ過ぎて……夢を、夢を見ちゃったのにゃわん! 皆でギルドホームを……家を作って、ずっと一緒に暮らせたら、ひぐっ、いいなって!」


 だからあんなに、生産ギルドを作ることにこだわっていたのか。

 泣きながら叫ぶレオナを見て、俺達は彼女がギルドにどんな思いを持っていたのかを知った。


 獣人だった彼女には、幸せな家庭生活など送った記憶すらないのかもしれない。

 だから彼女は、ギルドを作ることにその分の幸せを求めていたのだろう。穏やかで暖かくて、ずっと続く平凡な日々を――。


「ふふ、なるほど。確かにあなたの戦闘技術を【鍛冶嵐】のために活かしてくれるのであれば、許すのもやぶさかではないですね」

「ほ、本当にゃわん?」

「ええ。それに――」

「にゃわっ!」


 テンペベロは黒服に合図を出し、唐突にレオナの鎧を脱がさせた。


「あぁやはり! 獣人であることを差し引いても、素晴らしい体つきだ。その体を自由にさせてもらえるのであれば、不届きものを見逃すくらい安いものです!」


 興奮した表情でテンペベロはレオナのインナーをまくりあげ、彼女の水色のブラジャーが白日の下に照らされる。


 注目されることすら怖がっていたレオナは、大衆に下着を見られて涙を流したまま震えていた。

 それでも彼女は……小さな声で、言った。


「わ、分かったにゃわん……。私の我が儘でライア達が、困るよりは……」

「ふふ、それなら――」


 笑みを深めた、テンペベロの後頭部を。さっきまで商品を作っていた俺は、思いっきり殴った。

 手甲が頭蓋を割りかける鈍い音がして、テンペベロの黒髪から結構な勢いで血が滲み出す。


「痛っ! いたっ、痛っいた、いだ、いっだあああああああああ!」


 人に殴られたことなどなかったのだろう。地に倒れ伏した彼は頭を抱え、全身に浸透するような激痛のせいで身を芋虫のように何度もよじっていた。


 俺はその芋虫の尻に、今度は全力で蹴りを入れる。


「うばああああああっ!」

「テンペベロ様っ!」


 黒服達が本名も覚えていない主人を守るため、彼に近付こうとする。だが我慢の限界を迎えていた俺は、テンペベロだけを見てこう言い切った。


「温厚なこの俺を怒らせたんだ……。お前、無事で済むと思うなよ……?」


 こうして俺は、レオナの受けた苦痛を清算するまでテンペベロを苦しめる事に決めたのであった。

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