第25話 魔装職人

 その人は、とても綺麗な女性だった。


 茶色い長髪をたなびかせ、それが信条であるかのように常に先陣を切る。

 俺はいつも彼女の背中を見ていたが――それは彼女が、俺に背中を任せてくれているということだと分かっていた。


 でもその時、切羽詰まったその時だけは。俺はそれを、信じきる事が出来なかった。

 彼女も、自分自身も――俺には信じきる事が出来なかったのだ。信用が、足りなかった。


「先に逃げてっ。私は一人で食い止められるから、早くっ!」

「む……無茶だっ! 他の皆はあいつに殺されたのに、レイナだけが残ったって……!」


 アームドドラゴンと戦う彼女の背中に、俺は必死に呼び掛ける。しかし結局、彼女が見せるのは背中だけ。

 俺に顔すら見せず、彼女は言った。


「……足手まといだって言ってるの。ここは、任せて」


 ――彼女に役立たずだと断ぜられた俺は、泣きながらその場を離れるしかなかった。

 後から少し冷静になって考えれば、彼女は俺を逃がすためにそう言ったのだと普通に分かった。彼女は俺を傷つけることで、俺を生かそうとしたのだと。


 もちろんあの時俺が残ったところで超越種に勝てるわけではなかったし、逃げられもしなかっただろう。だからレイナの判断も俺の判断も、間違ってはいなかった。

 ただ、それでも俺は――。あの時彼女の側に残ることが出来ていればと、考えずにはいられない。






 アームドドラゴンを追った俺は、ダンジョンの狭い足場にまでやって来ていた。


「俺をここまで誘き寄せたつもりか? 武装龍」


 これまでになく気持ちを揺さぶられながら、俺は崖のようになった段差の下を這うリザードマンの超越種を見下ろした。


 普段なるべく感情的にならないようにしていたのは、あの時の激情を思い出さないようにするためだったのだろう。自覚さえしていなかった自分の心理に気付いたが、どうでもよかったのですぐに忘れる。


「俺はお前を倒すために、あれから五年も鍛練を積んできたんだ……。昔の俺と同じだと思ってんじゃねえぞ?」

「ルルルルル……」


 自分を鼓舞するために超越種に声を掛けると、そいつは俺の言葉を理解しているかのような声を上げた。それからトカゲの要素も人の要素もない蛇のような胴体を上に伸ばし、肉と鋼鉄の入り交じる本体が俺の目の前に現れる。

 一瞬足が震えたが、それは武者震いだと自分に言い聞かせた。


「多腕装甲、小規模展開。喰らえっ!」


 以前は作れなかった六本の動く腕で、俺は仇敵を多方面から攻め立てる。

 だがそれぞれ剣や槍など動きの違う武器を持たせているのに、アームドドラゴンは長く伸びた胴体から生えた剣を器用に動かしてその全てに対処した。


 武器を体に取り込めるだけあって、アームドドラゴンの筋肉は不規則な動きをするが……。それにしても今の攻撃を全て防ぐのは至難の技だろう。


「やっぱり、知能は高いみたいだな……おめぇ」

「ルルルルルッ!」


 俺の言葉を聞いたアームドドラゴンは戦いを楽しんでいるかのように叫ぶと、とうとう攻勢に移った。

 胴の至るところから剣を生やし、こちらの攻撃のすき間を縫ってこちらに剣を突き立ててくる。奴は体から武器を出している時以外体の殆どが鎧に覆われているので、俺は攻撃を甘んじて受けながら飛び出してきた剣の根本に攻撃を集中させた。


 だが……俺の六本の動かす六本の腕は、アームドドラゴンが繰り出す無数の攻撃によって簡単に捌かれてしまう。こちらが相手の一点を突いている間に俺は無数の攻撃を受け、多腕装甲もどんどん削られていく。


「ルル、ルル、ルルルルル……」


 攻めきれずにいた俺を見て自分の好機だと悟ると、アームドドラゴンは何も持っていなかった両腕から、突然新たに武器を生やした。

 節々が伸縮する鋼の鞭メタルスネーク、穂先の角度を調節して回避を許さない三叉の槍エイミングトライデント、そして――。


「そ、それは……!」


 そして――炎竜の骨で作られた深紅の直剣、業炎シャープフレイム。

 奴の頭から角のように突き出したのは……レイナが愛用していた、当時の俺の最高傑作だった。


「やっぱりもう、レイナは――。レイナッ! レイナァァァァァァッ!」


 アームドドラゴンの体からレイナの愛剣が飛び出たことで、俺は目にしていなかった彼女の死をハッキリと知った。トカゲの汚い口に咥えられ、剣ごと貪られる少女の姿を思わず幻視してしまう。


 あれから五年が経っているのだ。彼女が生きているかもと期待していたわけでは、もちろんなかった。

 だが目の前にハッキリと死の証拠を突き付けられた時――俺の心は、予想を遥かに越えて軋んだ。


「それはっ! レイナの剣だあああああああっ!」


 喉が張り裂けるほど叫びながら、俺はメイの集落にいた魔物から作った装備を袋から取り出した。

 歪鋼メタルスネーク改! 伸縮性能も鉄の調合精度も、アームドドラゴンが使っている鞭より遥かに質が良いものだ。


 アームドドラゴンがお気に入りとばかりに両腕から生やした武器は、全てこいつと戦って死んだ【新星団】メンバーの武器。……だが所詮は、五年前の俺が作った武器だ。今の俺が作った武器に、敵うわけがないっ!


「その剣を、返せぇぇぇぇぇぇっ!」


 予め四本作っていた四本の鞭を、全てデストロイアに繋げて稼働させる。

 当時の俺は色々な武器を作っていたが、エイミングトライデントはそこまで良い武器じゃない。そんな武器を作る余力があれば、メタルスネークの量産をした方が強いほどだ。


「返せ! 返せ! 返せええええっ!」


 駄々っ子のように叫び、六本の腕とは別に四本の鞭を相手へと浴びせかけた。

 その内一本は目の下に直撃したが、残り三本はエイミングトライデントに絡めとられる。そして、止めるものがない相手の鞭が俺を目掛けて放たれたっ!


「っ――!? 〈成型手・速度特化〉! 強制離脱っ!」


 頭目掛けて正確に振り下ろされた鞭を受けるわけにもいかず、俺は鎧に繋いでいた殆どのパーツを切り離してその攻撃を避けようとした。

 しかし完全に避けきることは出来ず、脇腹の辺りに直撃を喰らう。


「ぐふっ……っ!」


 吹っ飛ばされた俺は地面に激しく頭を打ち付け、意識が朦朧とした。そんな俺を、ただの獲物を見る目でアームドドラゴンが見下す。

 奴にとって俺は、敵ですらなかったとでも言うのか。


「あぁ、俺は……俺は……。昔の俺にすら、勝てないのかよ……」

 

 仇敵に見つめられながら、俺は情けなく涙を流した。


 この五年、この時のために頑張ってきたのに……。全部、全部無駄だったっていうのか? ただ食われるためだけに、俺は……。


「そんなことないにゃわんよ、ライアッ!」


 だが。失意の俺に掛けられた声は、とても……明るかった。

 まるでさっきまでの苦悩が嘘だとでも言うように。暗い雰囲気なんて、ぶち壊してやるとでも言わんばかりに。


「蛇もどきは……ライトニングスネークでも見習うといい、にゃわんっ!」


 言って、レオナは空中を舞うように跳び跳ねながらアームドドラゴンへと近付いた。両手に持っていたライトニングソーで、アームドドラゴンの頭を小気味よく抉りとる。


「あれ、思ったより浅かったにゃわん。意外とやるにゃわんねぇ」

「レオナっ!?」


 空中をぶっ飛んで特効かましたレオナは別に足場を確保していたわけでもなかったようで、攻撃を終えると普通にアームドドラゴンの頭から落ちていった。


「うおおおおおおっ!? 何やってんだあいつっ! アサルトブリッジ!」


 にゃわ~んなんて呑気な声を上げながら落ちていくレオナのために、俺は慌てて段差の下へとアサルトブリッジを発射した。

 地面まで長さが足りないので鎧の鉄で無理矢理長さを増して、彼女のために蜘蛛糸の道を張る。


 蜘蛛の脚を装備していたレオナは、その上に立ち上がってなんとか一命をとりとめた。えっ、笑ってるけどあなた転落死直前でしたよ?


「何考えてんだよレオナッ、俺の腕が折れてたりしたら普通に死んでたぞ!? あれっ、もしかして犬人族ってこれくらいの高さじゃ死ななかったりする?」

「いや、死ぬにゃわん。それ亜人差別にゃわんよ」

「は? 何言ってんの? は? 何言ってんの?  は? 何言ってんの!?」


 大事なことなので三回聞きました。


「にゃはは、ライアを信じてたから出来たにゃわんよ。ライアが私を信じてるとか言って無茶ぶりしてくる苦労、ようやく分かってくれたにゃわん?」

「……っ!」


 ウインクするレオナの信頼の瞳を見て、俺は何も言えなくなる。流れそうな涙を堪えると、喉に涙の味が流れ込んできた。


「こんな俺を、まだ信じてくれるのか……?」

「何を今更……。ライアじゃないと、こんなに人への思いが詰まった武器は作れないにゃわん?」


 涙声で尋ねた俺に向かって、レオナが手元に持っていた武器を見せつける。それは先程の攻撃でアームドドラゴンから奪い取った、業炎シャープフレイムだった。

 彼女は俺の言葉を聞いてもいないのに、それが俺の作った武器だと分かったようだ。


 ……そうだ、そうだったじゃないか。俺はアームドドラゴンを倒すためだけに武器を作り続けてたんじゃない。使い手のことを思って、常に彼らのために……。


「エイミングトライデントは、バルが武器を当てるのが下手だから……。メタルスネークは、ミラがどこにいても出番を欲しがるから作ったんだ。そして……」


 シャープフレイムは、未来を切り開くレイナにぴったりだったから……。


 アームドドラゴンに殺された【新星団】メンバー達の事を思い返して、再び涙がこみ上げてくる。


「一人でなんでもしようとしてるんじゃないにゃわんよ、ライア。仲間を頼ることも、時には大事にゃわん?」

「あぁ、そうだな……そうだった。俺はずっと、そうしてきたんだった……!」


 我を取り戻し、俺はアームドドラゴンを見据える。そんな俺のもとに、フィラとメイ、そして橋を上がってきたレオナが集まってきてくれた。


 頭を削り取られたアームドドラゴンも体勢を立て直したようだが、もう先程までの焦りはなかった。今の俺には……こんなにも頼れる仲間達がいるのだから!


「とはいえここからどうすりゃいいにゃわんかねぇ、流石にやぶれかぶれの特効かまし続けるのは無理があるにゃわんし……」

「やっぱやぶれかぶれだったんかい。まぁ大丈夫だ……今の俺なら、大丈夫」


 俺は頷いてから、持ってきていた素材の一つを手に取った。


「メイ。その鎧で潜伏して、奇襲したかったんだよな?」

「? そうっす! やる気があれば出来るっすかね?」

「あぁ、出来るかもしれない。いや……俺が、させてやるっ!」


 最初にアームドドラゴンと戦った後、俺の調合技術は一部だけ衰退していた。それは地の技術力を上げることで補っていたが……今なら何故、前に出来た事が出来なくなったのか分かる。

 俺はあの戦いの後から、前線にも出ずレギア達との信頼関係を結んでこなかった。だから使い手の事を考えなければ使えない調合技術の秘奥を、俺は使えなくなっていたのである。


 だが、今なら……。


「〈覚醒手〉っ!」


 俺はこれまで技術の問題で使えないと思っていた、影蝙蝠の素材をメイの鎧に調合してやる。

 すると黒みがかっていた彼女の鎧が完全な漆黒に染まり、新たな力を得た。


「これは……?」

「俺は今まで、現実離れしすぎた能力までは魔物の素材から引き出すことは出来なかったんだ。でも〈覚醒手〉を使えば、それも使えるようになる。……使い手の体力を食うから、連発は出来ないけどな」

「成る程、最強技っすね!?」


 俺の言葉を聞いたメイが、少し幼稚ながらなかなか的確な喩えで言い表してくれる。


 そう。俺の最強技は……「人が使う武器に最強技を与える」技なのだ。俺らしくて良いじゃないか。


「では早速……よっ! っと!」


 叫ぶと、メイは自分の影の中に鎧ごと入り込んだ。そして地続きになっている影を動き、松明の光が当たらない部分を自由に泳ぎ回る。


「凄いっ! 本当に現実離れした技なんですね……っ! あのライアさん、私は……」

「ごめんよ。クルーエルビーはそこまで現実離れしたことしてこないから、跳躍槍はいつも通りだわ」

「ウオオオオオオッ! クヤシイ、ユルスマジヘビモドキッ!」


 悔しがるフィラは、いつも通りでもむちゃくちゃ強かった。こえぇよ、こえぇよ……。


 荒れ狂うバーサーカーが飛んでいくのを見届けてから、俺は、大切なことを思い出させてくれたレオナに向き合う。


「そして、レオナ」

「にゃわん」


 俺はレオナに向き合って、彼女の持っている武器に〈覚醒手〉を使用した。

 業炎シャープフレイム。炎竜の素材で出来たその赤い剣が、徐々に本来の姿を取り戻していく。


「ありがとうな、レオナ。君がいるから、俺は武器を作れるんだ」

「こちらこそありがとうにゃわん。君の武器があるから、私は戦えるにゃわんよ」


 二人で微笑みあってから、彼女はアームドドラゴンに向かい合う。

 そして、燃え盛る剣を構え、彼女は敵に向かって駆け出した。


 ――その人は、とても綺麗な女性だった。


 茶色い髪をたなびかせ、それが信条であるかのように常に先陣を切る。

 俺はいつも彼女の背中を見ていたが――それは彼女が、俺に背中を任せてくれているということだと分かっていた。


 影からの奇襲と、空飛ぶ槍……。そして輝く炎の剣によって、俺の仇敵は切り払われたのであった――。

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