第11話 鋼女鳥

 ハーピーという魔物は、簡単に言えば人間の女性の体を持った鳥だ。

 これだけ聞いてもイメージが湧きづらいが、女性の上半身から鷲の翼や脚が生えたような姿をしている。


 しかし数十年前に魔王と呼ばれる凶悪な魔物が復活して以来、多くの魔物達はより強力な形態へと進化した。メタルハーピーもその一種で、食らった獲物の血などから鉄分を採取し、その鉄から作った鎧を身に纏うようになったと言う。


「おー、やってるやってる」

「他人事だからって呑気にゃわんねぇ……」


 丘を登った俺達は、眼下でメタルハーピーと戦っている荒くれ冒険者達を発見した。


 彼らは総じて長い槍を持ち、中空に留まっているメタルハーピーに対して必死に攻撃している。体を鉄で覆ったメタルハーピーが重いというのは有名な話なので、高く飛べないハーピーには槍が届くと考えて槍を準備してきたのだろう。

 思いの外冷静に対策してきたんだなと思う反面、下からコツコツ突いているだけの槍は大したダメージを見込めそうになかった。


「メタルハーピーは攻撃が辺り辛い上に防御力も高いってのが強みだからな。焦らなくても、そう簡単にはあいつらも倒せないさ」

「いや競争に対して呑気って言ってるんじゃなくて、助けなくて良いのかって聞いてるにゃわんけどね?」


 荒くれ冒険者達は大した実力がなかったので安心して見ていると、レオナが逆に心配しながら彼らを指さした。


 自分を馬鹿にした奴らにまで気を使ってやれるレオナは優しいなと思ったが、確かに彼らは劣勢に立たされているようだった。荒くれ冒険者の攻撃が相手に通っていないのは先ほど見た通りだが、彼らはメタルハーピーの攻撃も防ぎきれていないように見える。

 空中の敵は距離感を掴むのが難しいから、少し調子が出てきたくらいのパーティーがハーピーやらグリフォンと戦って全滅するってのはよくある話なんだよな。


 仕方ないので助けてやろうと近づいていくと、彼らの焦る声が聞こえてきた。


「くそっ、こいつ強いぞ……! 硬いだけじゃなくて攻撃力まで高いとか聞いてねぇよ!」

「うわぁぁぁぁぁ! 鉤爪に肩が抉られたぁぁぁ!」


 パーティーメンバーの大半が既に攻撃を受けており、牧歌的な草原がここだけ阿鼻叫喚の様相を呈していた。

 ギルドであんなに自信ありそげだったからもう少しまともかと思っていたが、ここまで弱いとは……。


 俺らが呆れながら声をかけようとすると、その前にパーティーメンバーの一人がリーダーの戦士に進言した。


「やっぱ槍だけじゃ倒しきれませんよ! これ、撤退した方が良いんじゃ……」

「馬鹿野郎! そんなことしたらさっきの調合師達になめられるだろうがっ、撤退なんて出来るか!」


 ようやくまともな判断が出来る奴が出たと思ったら、リーダーが余計な意地を張ってそれを拒否した。

 うわぁ、マジかよ。こいつリーダーとして一番ダメな奴だ。


「おい、俺ならここにいるぞ。お前らの醜態は十分に見たから、もう諦めて素直に撤退しな」

「何っ、調合師!? いつの間に来てたんだ!?」


 普段は人を煽るような事はしないようにしているが、レオナを馬鹿にしたような奴に遠慮する気も湧かずきつめの言葉を発してしまう。するとリーダーは、ようやく俺に気づいて後ろを振り返った。


 さっきからずっと近づいてたのに、やはり敵に集中しすぎてて全く気付いてなかったようだ。もし俺が魔物だったら後ろから喰われてたぞ……。


「ハッ、本当に調合師の分際でこのクエストを受けたのかよっ! 身の程を弁えやがれ!」

「えー……この状況でよく強気でいられるな……。ピンチだったんだから素直に逃げろって、メタルハーピーは俺達が引き受けるから」

「なんだとぉ!? 調合師や獣人よりは俺達の方が強いに決まってんだろ、なめてんのか!?」


 駄目だ、ギルドで会った時以上に話が通じない。こりゃメタルハーピーに苦戦して相当参ってるな。


 これ以上話しても意味がなさそうだし、さっさとこちらの実力を見せて黙らせた方が良いだろう。俺はレオナに目で合図して、荒くれ冒険者たちには構わず二人でメタルハーピーに近づいた。


「ライア、言っとくけど私だってメタルハーピーは簡単に倒せないにゃわんよ? ちゃんと秘策があるにゃわんか?」

「あぁ、勿論だ。下から攻撃してダメなら、上に登ればいいだけだろ?」


 そう言って、俺は予め持ってきていた槍を構えた。


「なるほど、伸縮槍でメタルハーピーを攻撃するって事にゃわんね? ん? でも上に登ればいいってどういう……」

「こういうことだよっ!」


 俺は叫びながら、以前伸縮槍を伸ばしたときと同じ要領でその槍を強く握る。その途端、俺の持っていた赤い槍の穂先がメタルハーピーに向かって飛んでいく。

 それは伸縮槍を伸ばした時以上の勢いがあったため、装甲が最も薄いメタルハーピーの方翼を貫いた。


「なっ……! 何だあの槍は!?」

「しかもメタルハーピーの翼を、ああも簡単に貫いただと!?」


 俺の作った武器を見て、さっきまで俺達を馬鹿にしていた荒くれ冒険者たちが驚きを口にする。あまりの衝撃に、地面にへたり込んでる奴さえいた。マナーがなってない奴を見返してやれたのは気分が良いな。


 だが隣にいるレオナだけは、その光景を見ても俺が優勢だと勘違いすることはなかった。そう、彼女が懸念する通りこの槍は一度伸ばすと簡単に縮められない上、穂先も翼にハマって抜けなくったので再度の攻撃は望めないのだ。


「ライアっ、伸縮槍落ちてこないにゃわんよ!? ここからどうするにゃわんかぁっ!」

「落ち着けレオナ、これはただの伸縮槍じゃないぞ。よく見ろよ」


 俺は顎をしゃくって、伸び切った槍を示した。そして、彼女も気づく。ダンジョンで使った伸縮槍とは、使われている素材が全く違うことに。


「前の伸縮槍はクルーエルビーの尾が原料だったけど、今回はアシッドスパイダーの糸袋と糸で出来てるんだ」


 伸縮槍の構造はとても単純で、【クルーエルビー】のスリムな尾にある針が入るだけの小さなスペースに、他の【クルーエルビー】の尾を多重にムリヤリ押し込んでいるだけだ。

 外側の尾を圧迫すればすぐに中身が飛び出す程ギチギチに詰めているため、飛び出た時の勢いは凄まじいものがある。今回はアシッドスパイダーの素材をもっとムリヤリ加工して詰め込んだから、本体に負担はかかるが勢いも凄かったというわけである。


「何のために……って、ちょっと待つにゃわん。凄い嫌な予感がしてきたにゃわん」


 俺の解説を聞いたレオナは、咥えた骨が鉄で出来てたような絶望を顔に滲ませた。割と勘が鋭いな。


「そう……。この槍がアシッドスパイダーの糸で出来てるってことは、アシッドスパイダーの脚があれば登れるってこった!」


 レオナ、瞬時に自分の足元を見る。再び絶望。


「にゃわんっ! 最初からそのつもりだったにゃわんね! いくらなんでも危なすぎにゃわん!」

「それでも、レオナなら行けるだろ?」


 俺が本気で信頼しながらそう問うと、彼女はぐっと言葉に詰まる。それから、何かを考えるように目を強く瞑り、割と短い時間で開いた。


「にゃーっもうっ! その信じてますみたいな瞳ずるいにゃわん! 絶対断れないやつじゃんもう!」

「有難うなっ! レオナの剣も改造しておいたから、負ける要素はない筈だ」

「あぁぁぁっ、やってやるにゃわん!」


 レオナは自棄になって大声を出し、犬人族ならではの身軽さで俺の持っている槍に飛び乗る。


 その頃には翼を貫かれたハーピーも戦意を取り戻していて、こちらに捕食者の目を向けていた。


「ハーピーが下手な動きをすると槍が壊れるから、それに合わせて動くぞっ! 大丈夫か!?」

「大丈夫にゃわん! もう何でもやってやるにゃわんっ!」


 ヤバい状況に置かれたせいで、逆に思い切りが良くなったようだ。荒くれ冒険者たちがレオナを見つめていたが、彼女にはもうギルドで見せたような臆病さは見受けられない。

 ふっ切れたレオナは糸の橋が動いても一切怯まず、一直線にメタルハーピーの元へと駆け上がっていた。


「やっとたどり着いたにゃわん、ハーピーッ!」

「キュオオオオオオッ!」


 レオナとハーピーが向かい合い、お互いに命がけならではの強烈な戦意を向け合った。

 槍の柄を地面に置けるとは言え、俺は俺でレオナを乗せた槍を維持するのに必死なんだが……。はよハーピーの体に飛び移ってぇ。


「キュオオオオウン!」


 俺の願いも虚しく、彼女達の戦いは槍の上で始まった。メタルハーピーは槍の刺さった翼ごとムリヤリ前に出てきて、レオナへと嘴を伸ばす。


「ふっ、にゃわん!」


 しかしレオナは足場の悪い中華麗にジャンプして回避し、メタルハーピーの頭上へとライトニングソーを叩きつけた。


 金属が刻まれる、鋭くも荒々しい音が響く。かなりの火花を散らせたその攻撃は致命打にも思えたが……。


「あまり効いてない、にゃわん!?」

「あのライトニングソー、もう元気ないのかもしれないな……」


 ライトニングソーの素材であるライトニングスネークは生きている。アシッドスパイダーの死肉は食わせたけど、それから丸一日何も食べさせてないから弱っているのかもしれない。

 これがなまものの限界だよな……。


「にゃあもうっ! 使えないにゃわん!」


 叫んで、レオナがライトニングソーを空中から投げ捨てる。あぁっ! 可哀想なライトニングスネーク!


 しかし肥大槌ソイルハンマーも土がない場所ではただの小さなこん棒だ。ライトニングソーが使えないとなれば、俺が改造した安物の剣しか武器はない。


「信じるにゃわんよ、ライア……!」


 レオナは俺の改造した武器に一縷の望みをかけて、メタルハーピーに向かって剣を振るった! 弾かれる! 傷は浅い!


「ダメじゃんっ! ……にゃわんっ!」


 切れ味が特に変わっていなかった剣を見て、レオナが叫ぶ。


 そんな隙をさらしたレオナに向かって、メタルハーピーの傷ついていない翼の表面がガシャリと開き、中身を晒した。中には鋼鉄の巨大なファンが内蔵されており、そこから発生させた風で不安定な場所に立つレオナを吹っ飛ばすつもりのようだ。


「諦めるなレオナ、もう一回攻撃しろ!」

「うぐっ!」


 俺が叫ぶと、レオナはまだ俺の言葉を信じてメタルハーピーに突っ込んでくれた。レオナががむしゃらに剣を振り下ろし……それは、メタルハーピーが少し後退することで避けられてしまう。


「ダメ……だったにゃわん」

「今だ! 突けっ!」


 今度は掠りすらせずレオナは絶望の表情を浮かべたが、俺はそれでも叫んだ。俺の言葉を聞いたレオナは、反射的に剣をハーピーの頭へと押し込む。


 ……普通の剣であれば、突きに使ったところでメタルハーピーの装甲を突き破ることは出来ない。むしろ変な場所に力がかかった剣が壊れるだけだ。

 誰もが……魔物ですらそう思うからこそ、そこに隙が出来る。


 ハーピーに押し込まれた安物の剣は砕け、中から黒い細剣が現れた。アシッドスパイダーの硬い脚を、俺の製造技術で極限まで細く作った細剣。鋼鉄をも貫き中身を傷つける、極細剣。


 予想外の攻撃を受けたメタルハーピーは、為す術もなく細剣によって脳を破壊された。

 これこそが今回の秘策。極細剣を内蔵した直剣……眼前暗殺剣アサシンズハート。




ペア財産

・?ゴールド

・肥大槌ソイルハンマー×1

・回転鋸ライトニングソー×1

・伸縮糸槍アサルトブリッジ×1

・眼前暗殺剣アサシンズハート×1

・布の服×1

・触手装甲×1

・蜘蛛天脚×1


・影蝙蝠の死骸×1

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