第5話 ウロボロスガジェット(生命の冒涜)

 棘狼の死骸が手に入った俺は、そこから〈成型手〉で体中の棘と皮を剥ぎ取った。そして露出するのは、棘が抜かれて穴だらけになってもなお形を保った筋肉だ。

 ソーンウルフの筋肉は、棘が簡単に体から抜けないように異様な発達を遂げているのである。


「よし、ここまで肉を見せれば寄ってくるだろ」


 棘を抜いた跡をそれぞれ少しずつ拡大してから、俺は棘狼の死骸を地面に放置した。


「さっきからこれしか聞いてない気がするけど、何にゃわんこれ?」

「即席の罠だよ。罠としての機能は殆どないようなもんだけど、ライトニングスネークを捕まえるには棘狼の死骸がうってつけなんだ」


 レオナの質問に答えると、彼女は訝しげに眉を潜めた。


「ライトニングスネークって、確か人に見えないくらい速いことで有名な魔物にゃわんよね? そんなの捕まえられるにゃわんか?」

「あぁ、捕まえること自体は割と簡単だぞ。ほら、実際もう捕まってる」

「へ?」


 俺が地面に置いたばかりの棘狼の死骸を指指すと、レオナは一瞬で顔を青ざめさせた。


「う、うにゃああああああんっ! いつの間にこんなえげつない事になってたにゃわん!? さっきまでただの死体だったにゃわんよね!?」


 彼女が見たのは、少し目を離した隙に全身の穴からうねうねした何かが飛び出していた棘狼の死骸だ。

 パッと見は死骸から何かが生えたように見えるが、しっかり見れば高速で動く細長い「何か」がソーンウルフとは別の生き物だと分かる。


「死骸から飛び出してるこいつらが、ライトニングスネークだよ。死骸漁りに特化した魔物だから、食べ辛い死骸さえ作ればすぐに捕まる」

「じゃあこの一瞬で何十匹もここに集まって、棘狼の死骸に食いついたってことにゃわん……?」

「そういうこった。ダンジョンが魔物や人の死骸だらけにならないのはこいつらのお陰でもあるんだぜ?」


 豆知識を披露しつつ、棘狼の死骸に近付く。棘狼の死骸は棘が抜けないように筋肉の奥が刺激されると穴が狭くなる性質があるので、ライトニングスネークは穴に挟まってなかなか目前の死肉を食べきれずにいた。こうでもしないと、死骸がすぐに消化されきってしまうのである。


 そんなライトニングスネークを、俺は二匹ほど捻り殺す。そして得た稲妻蛇の死骸×2を〈成型手〉で繋ぎ合わせ、生きているもう一匹の尾にその死骸を繋げた。


「うわぁぁぁっ、何やってるにゃわんかぁ! ただでさえエグいのにエグさを凝縮しないでにゃわん! というかライトニングスネークは何で抵抗しないにゃわんか!?」

「亜音速移動のためには軽量化が必要だからか、ライトニングスネークは知能が植物並にないんだよ」

「植物並に!?」

「だから身に危険が迫っていても、大抵は目の前の死骸を食うことしか頭にない。その性質を生かせば……」


 俺は棘狼の死骸から取り出した骨を混ぜ合わせて大きな骨の軸を作り、そこに長くなったライトニングスネークを巻き付けた。

 ライトニングスネークは最も近くにある死肉を追うので、自分の尾に引っ付いた死んだライトニングスネークを求めて骨の上を走り続ける。自分の尾を追って回転し続ける蛇の輪、ウロボロスガジェットの完成だ。


「さ、最悪にゃわん……」

「素材が魔物だろうが鉄だろうが、武器作りってのは結局何かを殺すための行いだ。最悪に思えるだろうけど、これは調合師の業として俺は……」

「いや、そういう倫理的な話じゃないにゃわん。単純にビジュアルの話にゃわん」


 レオナの言葉を聞いて俺が自分の信条を語ろうとしたが、それは関係ないとばかりにバッサリ切り捨てられた。あ、俺の作品がキモいって話ね。それはそれで普通に悲しい。


「まぁ即席とは言え、この回転機構が色々使えるんだよ。例えば棘狼の死骸で何か作るなら……こうかな?」


 俺はライトニングスネークの動きを邪魔しないように骨の横へと繋がる大きめの柄を作り、そのあと高速で動くライトニングスネークの背に〈成型手〉で棘狼の棘をまんべんなく植えつけた。


「よし、これで完成だ!」


 出来上がったのは、骨の上で棘が高速回転する武器。棘の部分で棘狼の死骸を切りつけると、切り傷は洗練されていないが凄い勢いで筋肉が削れていった。


「うーん、思ったほど切れ味がないなぁ……。棘の向きを変えた方が良いか?」

「えっ、でもこれ凄いにゃわんよ!? 振らなくてもこんな火力が出る武器なんて、革新にも程があるにゃわんっ!」


 予想ほど切れ味が出ずにがっかりしたが、試し斬りを見ていたレオナは思いの外好反応を示した。さっきまで気持ち悪いと言っていたウロボロスガジェットを、食いつくように見ている。


 レオナの腕前を見た後だと、彼女の言葉を素直に信用してしまう俺がいた。凄腕の剣士に自分の作品が褒められて、俺は純粋な喜びに満たされる。


「ライトニングスネークを捕まえられたからって、よくこんな武器の発想が出るにゃわんね……」

「レオナがそんなに喜ぶなら、作るのも簡単だしもう一つくらい作っても良いかもな。剣というよりノコギリっぽいし、名前は連なるノコギリでチェーンソー……いやライトニングソーが良いか」

「ライトニング要素、一切ないけどにゃわん」


全財産

・回転鋸ライトニングソー×2

・肥大槌ソイルハンマー×1

・伸縮槍(試作)×1

・布の服×1


・影蝙蝠の死骸×1

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る