第2話 職人inダンジョン

 ギルドを追い出された俺には、もう戦う以外に稼ぐ方法がなかった。


 商品を作って売るにはギルドを追放された調合師の信用が低すぎるし、そもそも商品を作ろうにも素材は全てレギアに没収されてしまっている。そして私財までなげうってギルドの装備充足に努めていた俺は、素材を仕入れる金すら満足になかった。


「何が貢献してないだよ……。ふざけんな! ふざけんなっ!」


 自分がこれまでギルドのためにしてきた事が後からどんどん思い出されてきて、また沸々と怒りが込み上げてくる。

 泣きながらダンジョンの中を歩いてブツブツと呟く俺の姿は、恐らく魔物と間違われても仕方ないほど危ない奴だろう。


「もういいや。魔物に殺されようが魔物に間違われて死のうが、同じようなもんだ……」


 俺がフラフラと立ち入ったダンジョンは、生産職である調合師が生き残れるような易しいダンジョンではない。


 だがこれ以上易しいダンジョンには魔物の乱獲規制がかかっており、個人で挑めるような体制になっていないのだ。生きるにはこのダンジョンで稼ぐしかないが、同時にこのダンジョンへの挑戦は自殺と殆ど同義であった。


「あいつらが俺の死体を見て嫌な気持ちになるなら、それで良いかな……。いや、レギアの事だから俺の死体を見ても笑うだけか? はぁ……」

「ちょっ、そこの人! 鬱になってないで助けてにゃわんっ!」


 嫌な未来を想像して乾いた笑みを浮かべていると、洞窟の天井から唐突に声が掛かってくる。

 空耳かと思いながら頭上を見上げると、頭から茶色い犬の耳を生やした少女が蜘蛛の巣に絡まっていた。


「え、どうしたの……?」

「どうしたのって、捕まってるに決まってるにゃわん! 早く助けてにゃわんっ!」

「いやそれも気になるけど、まず語尾どうしちゃったんだ? 病気か?」


 あまりに異常な口調を聞いて、蜘蛛の糸に絡まってる事よりも彼女の語尾を心配してしまう。滑舌が終わってる系女子なのか?


「にゃわんっ、語尾は気にしなくていいにゃわん! 早くしないと蜘蛛が来るにゃわん……というかその前に……!」


 少女は泣きそうになりながら、自分の体を見下ろす。暗くてよく見えなかったが、目を凝らすと少しずつ鎧が溶けているのが見て取れた。


 そういえばこのダンジョンにいる【アシッドスパイダー】という蜘蛛型の魔物は、吐き出す糸が酸で獲物を溶かすと聞いたことがある。このダンジョンの獲物は普通の糸で絡めても簡単に逃げてしまうので、酸で弱らせるように進化したのだろう。


「私の一帳羅が……にゃわん。というか、体をじっくり見てるんじゃないにゃわん!」

「わ、悪い……! 今助ける!」


 段々と服の面積が減っている少女を観察していたら、流石に怒られてしまった。我に返った俺は、慌てて少女を助けようとする。

 だがこの洞窟型ダンジョンは縦にも横にも広く、そう簡単に助けられそうにない。


「てかどうやったらそんな所に引っ掛かるんだよ?」

「犬人族は動くものを見ると思わず追いかけちゃうにゃわん。空中で何か動いたから獲物かと思って飛び付いたら、蜘蛛の巣に絡まってもがく虫の魔物だったにゃわん……。今も隣で動いててマジでキモいにゃわん……」


 マジかよ。普通の犬より知能低いじゃねぇか。

 ただいくらアホな理由だからと言って、このまま放っておくわけにもいかない。


「使うしか、ないか……」


 俺は右手に持っていた槍を見遣り、小さく呟いた。


 ギルドから追放されて調合師としての腕に自信をなくしていたが、今はそうも言っていられない。洞窟の天井近くにいる少女を助けるため、俺は槍を構えた。


「今から槍で巣を払うから動くなよ! これ試作品だし、上手く機能するか分からないからな!」

「えっ、でも槍なんかじゃここまで届かなにゃわん……? って、にゃわん!?」


 少女の訝しげな問いは、俺が槍を強く握った途端悲鳴に変わった。何故なら1メートル程度しかなかった俺の短槍が、握り込んだ瞬間に4メートル程まで伸びたからである。


「にゃわんっ!? それどうなってるにゃわん!?」

「その口調うるさいからちょっと黙ってて。気が散る!」

「にゃわん……」


 少女に槍が当たらないよう気を張っていた俺は、思わずきつい言葉を放ってしまう。巣に絡まった少女は、しょぼんと犬耳を垂らした。


「よし、届いた!」


 伸ばした槍が蜘蛛の巣に届き、俺は歓声を上げる。


「蜘蛛の巣は粗方崩したぞ! もう降りられるか!?」

「にゃ、にゃわん!」


 少女は一つ頷くと、蜘蛛の巣から勢いよく飛び降りた。

 猫のようにとまではいかないが、亜人ならではの身体能力で綺麗に着地する。とても格好良かったが、殆ど下着姿になっていたのでエロさの方が際立った。


「あ、ありがとにゃわん! 本当に助かったにゃわん!」

「いや……。俺も、自分の道具で人を救えて良かったよ」


 久し振りに感謝されて、むしろ俺の方こそ助けられた気分だ。さっきまでの鬱々とした気分も多少は晴れて、自然と笑顔が浮かんだ。


「あ、あの……あー……」


 そうしていると、少女が俺の槍を見ながら壊れたように呻いた。

 何事かと思ったが、少し考えるとさっき俺がうるさいと言ったのを思い出したのだと分かった。申し訳ない気持ちになりながら、俺は彼女の聞きたいことを察してやる。


「ごめんね、もういつもの口調で大丈夫だよ。この槍が気になるの?」

「そ、そうにゃわん! そんな槍見たことないにゃわん!」


 少女の目は、俺の槍を見てキラキラと輝いていた。自分の作品がここまで興味を持たれるのは嬉しくて、俺は少しだけ得意げになって説明する、


「この槍は【クルーエルビー】っていう巨大蜂の尾を多重加工して作った、伸縮槍って名前の槍だよ。完成すれば自由に伸ばしたり縮めたり出来る筈だ」

「蜂の尾を槍に加工するなんて凄い発想にゃわん! でも、試作品ってことはまだ完成してないにゃわん?」

「あぁ。素材の関係で、自動で縮める機能はまだ実現してないんだよ」


 俺はそう言いながら、伸縮槍の先を腕力でむりやり奥に押し込んだ。


「ちょっとダサいにゃわん……」


 腕力のない調合師が必死に槍と格闘する様子を見て、少女はボソリと呟いた。恩人にも容赦ないなこの子!


「とにかく今の装備じゃお互い危ない、早くここを脱出しよう。俺は調合師のライア、君は?」

「私は剣士のレオナにゃわん! これからよろしくにゃわん!」


 そう言って、レオナは爪だけは鋭い華奢な手を差し出してきた。彼女の信頼の瞳を見ていると、【新星団】の元ギルド長とコンビを組んでいた駆け出し冒険者時代を思い出す。


 俺は久し振りに熱い気持ちを思い出しながら、レオナと握手を交わすのであった。



全財産

・18000ゴールド

・伸縮槍(未完成)×1

・布の服×1

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