第5話

 今朝も昨日の朝と同じように6時30分にセットした目覚まし時計が鳴る。昨日の朝と違うのは、普段なら煩わしい「ピピピピッ」という電子音を聞くと心が躍るということ。この音がすず先輩に会える合図のように聞こえて胸が弾む。


 俺、昨日は先輩と一緒に下校したんだ。そして、彼女と色々な話をしたんだ。


 昨日は自然と口が動いてたくさん恥ずかしいことを言ってしまった。思い出すだけでも顔から火が出るような思いだ。しかしそのおかげで俺が先輩に対して抱いている思いを全て伝えることができた。今は恥ずかしいながらも、とても清々しい気分だ。


***


 昼休みも放課後も熱心に勉強をしていたすず先輩。俺は昨日、どの授業も全く集中していなかった。集中していたのはすず先輩を待つ放課後の自習時間だけ。


 彼女が頑張っているのに俺が頑張らないわけにはいかない。彼女に見合う人間になるためには勉強をおろそかにしてはいけない気がする。俺は彼女を支えられる人間になりたい。彼女が困っているとき、手を差し伸べられる人になりたい。彼女を支えられる人間になるために、今からできることは全てしておきたい。


 だから、今日からはちゃんと授業に集中しよう。放課後、先輩を待つ間も必死に勉強しよう。本当はあまり好きではないけれど、いつか彼女を支えられる人間になるために頑張ろう。


***


 ———昼休み


 「ましまぁ〜 今日は一緒にごはん食べられる?」


 毎日一緒に食べていたから昨日は一人で食べて少しだけ寂しかった、ような気がする。


 「うん、今日は何もないから一緒に食べよ」

 「そういえば、昨日どっか行ってすぐ帰ってきてたけどどこ行ってたんだ?急いで食べてたから結構長い時間かかるのかと思ったらすぐ帰ってきてて気になってたんだよ」


 頑なに隠し続けると沖田は教えるまで聞いてきそうなので、とりあえず詳細は伝えずに簡単に言っておこう。


 「先輩に会いに行ってたんだよ。でも結局、用事をしてて話しかけることができなくて即帰ってきた」

 「その先輩ってさ、2年の先輩だろ?」


 げっ…なんで沖田が知ってるんだ…


 沖田は続けた。


 「ああ、なんで知ってるかっていうと、いさおくんから聞いたからなんだ。『真島くん昨日の昼休み俺の教室きてたんだよね〜』って。昨日はちょうど時間が合って一緒に家まで帰ったんだよ」


 功くん、とは文芸部の田中先輩のことだ。沖田と田中先輩は家が隣どうしで幼い頃から知り合いだったらしい。だから先輩・後輩関係を大切にする高校生になっても幼い頃の呼び方のままらしい。


 それにしても田中先輩、余計なことを言ってくれましたね…沖田にばれたら冷やかされること間違いなしなのに…

 しかも沖田は普段なら一人で帰っているはず。なんで昨日に限って田中先輩と帰ったんだ…


 「そうそう、2年の先輩。ちょっと話したいことがあって行ったんだけど結局無理だった」

 「話しに行った先輩、生徒会の女の先輩だろ?功くんが『多分あれは天沢さんに会いに来てたな』言ってたよ」


 田中先輩にはばれてたのか…?すず先輩のこと気になるなんて言ってなかったのに。部活のときに気づかれたのか?それとも、教室の外から覗いてたときにばれたのか?どっちにしろ、普段はぽわ〜っとしてるのに変なとこよく気づくんだな…


 沖田は続けて言う。


 「で、“天沢先輩”に何の用があったの?」


 沖田は真剣な表情で聞いてくる。普段ならここは冷やかすはずじゃないのか…?

 そして女の先輩だからか、やけに詳しく聞いてくるな…

 もう隠すのもめんどくさいから話してしまおうか。


 「実は、、、部活で先輩のことをはじめて知ったんだ。それでちょっと気になって、、、話しに行ってみた」


 すず先輩以外の誰かに話すのははじめてだからやはり少し恥ずかしい。


 「そうなんだ」


 戸惑ったような表情で相槌を打った沖田はそれ以上は何も聞いてこなかった。

 


  ———その時の俺はまだ沖田の表情の意味を知らなかった。


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