思い出食堂~鷹仁グルメ紀行短編集~

鷹仁(たかひとし)

富山県

松葉さんの中華そばと焼きめし

 僕の故郷、富山県高岡市は、市内を路面電車が走っている。高岡駅から射水市の越ノ潟駅まで繋ぐ万葉線は、赤と黒のモダンな車両から、外観及び内装までをドラえもん一色に染め上げたドラえもんトラムなるものまで存在し、高岡市民の交通手段として愛されている。何を隠そう、高岡は藤子・F・不二雄先生の出身地だ。そして、ドラえもんは高岡のいたるところにいる。


 高岡は藤子先生や、芥川賞作家の堀田善衞などの文化人だけではなく、昔から北前船で栄え、大手アルミ会社や製紙会社などの工業にも強い土地だ。


 僕はそんな高岡で過ごした。大学や就職などで新潟、弘前、東京と拠点を転々としていても、半年に一回は実家のある高岡に帰っているくらい、高岡を愛している。


 そんな僕が、実家に帰る度に寄る食堂がある。

 伏木にあるその食堂を、我が家では松葉まつばさんと呼んでいる。

 松葉さんのご飯は、僕が小学生のころから食べていたいわゆるお袋の味だ。


 実家から歩いて五分ほどの場所に、こじんまりとした食堂がある。“松葉”と書かれた紺色こんいろ暖簾のれんをくぐると、年季の入った六畳ほどの空間が広がる。狭い店内には四人掛けのテーブルが三つしかない。

 木張りの壁には中華そば、焼き飯、野菜イタメ、かつ丼……等々、工事現場の職人が好みそうな素朴なメニューが並んでいる。

 ここに食べに行くと、よく作業着を来た職人が中華そばを啜り、焼きめしを食べている。中学時代の友達も、仕事の昼休みで食べに来ているのをよく見かける。


 僕はいつもを頼んでいる。十年間近く、もう、ほとんどこれしか食べない。値段は合わせてちょうど千円ぴったり。


 しかし、僕が一番推したいこの食堂の一番の目玉は、身長百八十オーバーの御歳七十歳のおじちゃんと、笑顔が可愛い丸っこいおばちゃんのコンビだ。

 二人は既に七十を超えているのに、僕が幼稚園の頃とほとんど変わっていない。いつまでも元気である。いつまでも元気でいてほしい。

 僕は、このおじちゃんとおばちゃんに会いたいが為に松葉に来ている節がある。


 店に着くと、僕は、いつものように中華そばと焼き飯を頼む。

 料理が出てくるまでは、部屋の隅の天井付近に取り付けられたテレビを見ながらセルフサービスの水をちびちび飲んで過ごす。

 今は、丁度甲子園の真っ最中で、高岡商業が県下の他校を打ち破り甲子園出場を決めていた。


 食堂の壁には富山テレビやチューリップテレビ(富山県の地方局)のアナウンサーのサイン色紙が何枚も飾ってある。どれも透明な袋に大事に入れられている。


 そうこうしているうちに料理が運ばれてきた。

 まずは焼きめしをレンゲで掬う。焼きめしは、焼き豚、長ネギ、かまぼこを細かくさいの目に切り、卵と一緒にふわっと炒めてある。そして焼きめしのてっぺんには紅ショウガが添えられており、色味がきれいだ。

 ちなみに、富山のかまぼこは一般的な白ベースに外縁ピンクのものとは違い、白ベースの本体に外縁から真ん中に向かってぐるぐると朱色の渦巻きが走っている。

 富山県のかまぼこの消費量は全国二位で、結婚式の贈答品には鯛の形のかまぼこを送る。


 焼きめしをレンゲで一口食べると、田舎の五目焼きめしという感じで優しい味がした。添えてある紅ショウガもアクセントとして丁度よく、口に運ぶレンゲが止まらなくなる。

 続いて中華そばをすする。松葉さんの中華そばはあっさりとした塩味だ。スープは底が見えるくらいきれいに透き通っている。そして、赤い鳴門模様の丼で出てくるのがノスタルジックだ。

 具は細かく切った長ネギ、シナチク、薄く切ったかまぼこ、そして自家製大判の焼き豚が乗っている。少し柔らかめのちぢれ麺は、スープとよく絡んで美味しい。

 思わず、あっさり風味の塩味にほっと一息ついてしまう。


 最近は二郎や家系ラーメンなど凝ったラーメンが多いが、必要最低限、足しも引きもしない松葉さんの中華そばは、僕が何歳になっても「これでいいんだ」と思わせてくれる味を続けていてくれる。すごくありがたいことだ。


 焼きめしと中華そばを夢中になって食べていると、ものの数分もかからずに料理がなくなっていた。

 料理を食べ終わると、おじちゃんが中華そばを満載させたを手に配達に出かけて行った。

 そう、松葉のおっちゃんはこの歳になっても出前をやっている。


 出前は、僕が小学生のころからお世話になっている。松葉のおっちゃんがおかもちに入った中華そばと焼きめしを家に届けてくれる瞬間が大好きだった。風邪を引いたときには具だくさんの鍋焼きうどんだったが、それ以外は中華そばと焼きめしを食べていた。

 僕の祖母が「松葉さん頼もうか」と言ってくれた時はいつも、例外なく心が躍った。

 松葉さんのメニューの中で一番好きだったのが焼きめしだ。僕は食が細く、あまり食べない子どもだったので、全部食べきれずに二口分ほど焼きめしを残すことがあった。祖母は残った焼きめしをラップで包んでおにぎりにして、明日の朝食用に温かい炊飯器の中で保存してくれた。それがたまらず好きだった。


 ともあれ、そんな思い出のある松葉さんだが、正直おじちゃんたちも歳なので、毎回高岡に帰る度にヒヤヒヤしている。だけれど母から「松葉さんやってるよ」と聞くと、心の底から何とも言えない気持ちになる。

 この料理がいつまで食べられるのかは分からない。でも、高岡に帰ってくる度にこの食堂で焼きめしを食べたいと思う。なぜなら、この料理とおじちゃんたちの顔が高岡ここが私の帰る場所だということを思い出させてくれるから。

 私は「ごちそうさま」と言って千円札を会計の台に置き、入り口に向かう。

「ありがとう。また来られ(また来てね)」と富山弁で話すおじちゃんとおばちゃんの言葉を背に、食堂を出た。これが、僕の大好きな松葉さんだ。

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