第5話 【アルバイト】


 ようやく学校が終わった。


 今日は昨日のカツアゲのこともあって特に榊たちからの陰口が半端なかった様に感じられたが無事に耐えきった......。


 悲しくも、俺の陰口に対する耐性が日々の学生生活の中で上昇している実感がある。


 今日も自宅方面に向かう電車に意気揚々と乗り込む俺。

 帰りの俺は、学校に向かう朝の俺より10倍元気だ

 イヤホンを装着し、電車に揺られながらいつものように音楽を聞く。


 流れる景色を楽しみながら音楽を聞くことは、俺にとって大きなストレス軽減につながるのだ。


 そして気づけば自宅の最寄り駅に電車は到着。

 ただし、今日はここでは降りない。

 俺は3駅先で電車を降りる。


 ________そして


「いらっしゃいませー」


俺はハンバーガーショップ「ドクマナルド」のカウンターでお客さんからの注文をとっていた。


ドクマナルドでのバイトは俺にとっては良い息抜きの場になっている。


 学校では人としゃべらずにずっと無表情でいる分、ここでの俺は満面の笑顔ではきはきと仕事をこなす。


 ドクマナルドで働いている時間は俺が社会のなかで生きていると実感できる貴重な時間だ。



 「今日も笑顔がすてきね。ハンサムなお兄ちゃん」

 常連のおばあちゃんが今日もきてくれている。


「ありがとう。今日もいつものにしますか?」


「うん、いつものでお願い。あぁ、お兄ちゃんに会えて今日も嬉しいわー」


「僕も、おばあちゃんに今日も会えて嬉しいです。これから暑い季節になってくるから体調管理には気をつけてくださいね。」


 商品を受け止ったおばあちゃんは満面の笑みで店を後にする


「いらっしゃいませー注文は何に致しますか?」

また満面の笑みをつくり次の客の相手をする俺。


「私もいつもの。」


 俺の目の前には同い年くらいの俺とは違う学校の制服を着ている女子高生。

 この娘も最近よくこの店で見かける。


「今日も笑顔がすてきですね。ハンサムなお兄さん」

 彼女はさっきのおばあちゃんの真似をして僕をからかってくる。


「僕がハンサムなら世界中の男性は皆ハンサムですよ。可愛いお姉さん」

 仕返しとまではいかないが、そのような言葉を口にした俺が満面の笑顔で商品を渡すと彼女は少し顔を赤くして、早歩きで店を出ていってしまった。


 し、しでかした。


 やっぱり俺みたいな奴が「可愛いお姉さん」とか言う言葉を使ったのが気持ち悪かったんだろう......。


 彼女もう来てくれないだろうな......

 俺は自分らしくなかったと先ほどの対応に後悔する。


 でも、さっきからハンサム、ハンサムって俺がハンサムなわけがないだろ.......



________ そのように別のことを考えたりしながらも

愛想よく、次々と列になっている客を捌いていく間宮健人。


その彼の列には他のカウンターに比べて比較的女性が多くならんでいた。


 そう、ドクマナルドでの間宮健人は、学校での間宮健人と正直にいってほぼ別人と言っても過言ではない。


 まず、ドクマナルドでの間宮は眼鏡を外し、コンタクトを着用している。

 いつも目の辺りにまでかかっている前髪もできるだけかきあげて帽子のなかにしまい込む。


 本人的には眼鏡をかけて、目の辺りまで前髪を垂らしている方が落ち着くのだが、ここでの面接の際


 一通りの受け答えが終わった後に顔を執拗にじろじろと見られて主任のおば..いや、お姉さんに

「バイト中は眼鏡からコンタクトに変えた上で前髪を切る、もしくは帽子にずっといれておいてくれれば採用するわ」

と言われて、今の状況に至る。


 言うとおりにして挑んだ初めてのバイトの出勤日、主任は何故か「よし」と満足気な顔で間宮の肩を叩いた。


 何故か、それは眼鏡をコンタクトに替えて、前髪をすっきりさせた間宮健人が客観的に見てもかなりのイケメンだったからだ。


 本人は日々の学生生活の中で陰キャやぼっちなど日々陰口を言われて気付いてもいないが本来の彼はまぎれもなくイケメンである。


 いつも、教室でデカイ顔をしてふんぞり返っている榊や守谷、高砂は所詮は客観的に見ても雰囲気イケメンなのだ。


 高砂に至っては雰囲気でもあやしい。


 さらに間宮は元々ボクシングで鍛えていたこともあり肉体も程よく引き締まった上質なものとなっている。


 そんなドクマナルドでの、この間宮が女性からモテないわけがない。


 トーク力だって本来の間宮は実は普通に高い。中学までは普通に友達もいた。


 高校では、小さな失敗から意固地になって殻に引きこもり、陰キャやぼっちなど周りからは陰口をたたかれて萎縮してしまい、自分の中で自分の価値を極端にさげてしまって友達をつくることを諦めてしまった間宮だが、本来の間宮健人はドクマナルドでの間宮だといっても過言ではない。


 普通にお客に対する接客も評判が高い。


 何度もいうが、このドクマナルドでの間宮が本来の間宮の姿なのだ。


 そんな間宮は今も目の前に並ぶお客さんを丁寧に対応しているが、背の高いおじさんの対応を終えて

「いらっしゃいませー」

と次のお客さんの顔に目を合わせた瞬間



________俺こと間宮健人の背筋は凍りついた。


 「お疲れ様です!!ハンサムなお兄さん!!」


 何故か目の前には、満面の笑みであざとく上目遣いで俺に話しかけてくる女性がいる。


 俺はこいつの顔を知っている......。


 なぜだ、約1年程、俺はもうここで働いているが同じ学校の生徒には一度も出くわしたことがない。


 出くわさない為に、学校から比較的遠い俺の自宅からさらに遠いここで働いているのに、何故こいつがここにいるんだ......。


 そう。今目の前にいるのは間違いなく俺と同じクラスの小悪魔ビッチこと、山本サヤ本人であった。


「モテモテだねっ! 」


 上目遣いで甘ったるい声で話しかけてくる麻栗色の髪をした悪魔サヤ。


 俺は現状を理解できずに、取り乱しかけるが何とかお客様に向ける満面の笑顔をつくる


「ご注文は何にしますか?」


マニュアルにそって対応を淡々とこなしていこうと心がける。


「んー?」


 考える素振りをしながら人差し指を唇にあて首を横に傾けるサヤ。


 俺は目の前の彼女の行動がいまだに理解できない......。

 なぜなら彼女の目線は何故かメニューにはない。


 そして上目遣いで俺の顔をひたすら見つめてくる。


「ご注文はお決まりになりましたか?」


 俺は早く彼女の対応を終えたい一心で再度丁寧に優しく注文を問いかける


「はい!決まりました!ご注文は間宮くんでお願いします!!」


 微笑みながら、何かさらに意味わからないことを言ってくる彼女。


「只今、チーズバーガーセットがキャンペーン中でお安くなっております。おすすめですよ。」


 俺は聞こえなかったフリをして笑顔で接客を進める


 も、もはやそうするしかこの現状の対処方法がわからないのだ。


 「むぅ! じゃあそれでお願いしますぅ」


 するとようやく、そのようにあざとく、ぷくーっと頬っぺたを膨らませた山本が俺の目を数秒間見つめたあと、商品をうけとり帰っていってくれた......。


 かえり際に、俺の耳元に顔を近づけ小さな声で彼女が呟いた言葉


「学校ではいつも通り、眼鏡をかけて、前がみえないぐらいの前髪の間宮くんでいてね、本当の間宮くんを知っているのは私だけでいたいからさ」


 この言葉が俺の脳にはまだ彼女の声と共にこびりついている......。 



 意味がわからないが言われなくとも学校にはいつも通り眼鏡の姿で俺は登校する、そして前髪もおろす。


 その方が俺は落ち着けるから。


 とことん彼女は意味がわからない.......。


「小悪魔不思議ビッチ」こと山本サヤ......。彼女は一体何がしたいのだろう。


 不思議な女だ......。

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