第8話 告白

あの出来事から、何日もたったある日の昼休み。

臣人は外にいた。

両手を頭の下に置き、芝生の上に寝転がりながら青空を眺めていた。

太陽が眩しい陽射しを運んでくる。

その光をサングラス越しに見ながら、雲の流れる様をぼうっとして眺めていた。

「臣人先生。」

急に頭上から声をかけられて、その方を見ると女生徒が立っていた。

「おう、劔地でないか。そんな所に立っとると、パンツが見えるでぇ。」

綾那は反射的にスカートに手をやった。

臣人は上半身をムクッと起こした。

「もう、ちょいやった、な?」

と、冗談混じりにわらって言った。

綾那は赤くなって、ゲンコツを振り上げた。

「もう!!H!」

「はははっ。冗談や冗談。元気か?」

「はい。先生は?」

「はあ…」

臣人はため息をつきながら、うなだれた。

「元気、なさそうですね。」

ちょっと困った顔をして綾那は言った。

「隣に座ってもいいですか?」

「おう。ええで。」

「変なことしないでくださいよ。」

「そんな人聞きの悪い。わいが、いつそんなことを」

「くす。」

臣人の隣に座り、綾那は微笑んだ。

臣人はあぐらをかいて、腕組みをした。

また、ため息をつく。

「傷心ですか?それとも消沈ですか?」

「どっちもや。あのあとこってり校長に怒られたんや。まあ、理事長はわいのじじいの親友だから、なんもいわんが。調理室の修理費、自腹やで!自腹!」

ガクッと首をうなだれた。

その姿に綾那は笑いを抑えられない。

「それはそうと、瀧沢はどうや?」

うなだれていた顔が急にあがった。

綾那は驚いたが、にっこり笑って答えた。

「祥香、だいぶ明るくなりましたよ。リストカットもしなくなったし。普通の祥香に戻ったと思います。」

「そりゃ、よかったなぁ。」

「…あのあとの話、何かオッド先生から聞いてます?」

ちょっと首を傾げながら綾那がたずねた。

「いや。あいつは必要なこと以外は、しゃべらん無口なやつだしな。何も。」

ほっとしたような表情で綾那がこう切り出した。

自分の両手の人差し指を絡めながら、落ち着かない様子で。

「祥香ったら、オッド先生に『好きです』って告白したらしいですよ。」

「!」​

臣人は言葉に詰まった。

その言葉に体が硬直した。

「でも、やっぱりダメだったみたいです。」

「せやろな…。」

安心したように、ため息をついた。

「私も前言撤回しようと思って。」

「?」

「オッド先生って、本当はやさしい人なんだなって。」

「本人に向かっていったらええやん。」

困った顔で臣人は綾那の顔を見ていた。

「え、無理です。あの雰囲気では無理です。だから臣人先生に聞いてもらおうと思って。」

綾那はにっこり笑った。

そして、真剣な表情でこう続けた。

「オッド先生って、前に、先生の人生を変えるくらいの…何かがあったんですね?」

「さぁてな」

バツが悪そうに臣人が答えた。

「だから、あの夜、お店にまで押し掛けた私を冷たく突き放したんでしょう?あんな事になるのがわかっていたから。」

「……」

臣人は頭をかいていた。

「『あいつはあいつなりに』って言ってた臣人先生の言葉の意味がわかった気がします。…先生たちって霊能者でしょ?」

「本業はな。」

ぽつっとそう言いながら、臣人は彼女を見つめていた。

「そのことも他の奴らに黙っててくれて助かっとるわ。でもなんでや?」

「だってそんなこと自慢げにはなす事じゃないもの。先生たちのおかげで祥香は帰ってきたんだし。それだけで十分よ。私には」

その視線から逃れるように、綾那は臣人の方は見なかった。

「それに」

「ん?」

「先生の右眼」

何かを言いかけたが、すぐに口を結んでしまった。

「ううん、なんでもない。聞いてくれてありがとう、臣人先生。」

綾那は、スカートを手ではらいながら立ち上がった。

そして、臣人に手を振りながら駆けていった。

臣人もそんな彼女に手を振りながら見送った。


臣人も芝生から軽やかにバック転をして、ひょいと立ち上がると歩き始めた。

歩道を横切るとそこは丘陵地になっており、眼下には市内が一望できた。

左手をジーンズの後ろポケットに突っ込むと、そのまま空を仰いだ。

(やさしい人、か。そのやさしさゆえの苦しみもある。

あいつは、7年前の誕生日から、ずっと・・・自分の気持ち時間を止めてしまったままや。

あいつの人生で、一番幸せで、一番哀しかった時間の中に自分を置いたまま、生きとる。

そうでもせんと、想い出の中におるラティあんたにすら逢えんさかいに。

ラティあんたしかおらんのになぁ。

バーンあいつの気持ちを理解して、いや、バーンあいつが素のままで、何の気兼ねもなく、おれる相手は…な。

わいやない。わいでは、一緒におることはできても、あいつの支えにはなれん。

なあ、ラティ。もういい加減、あいつの魂を解放してくれや。

あいつも、もう十分すぎるくらい苦しんだ。このうえ何を望むんや?

この答えのない旅に答えを探してる…あいつは。)

すうっと臣人の側を、爽やかな風が空に向かって吹きぬけた。

季節は、もう初夏を迎えようとしていた。





すべてはルーンの導きのままに…

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