47. 嵐が来る

 社務所に駆けこむと、そこにはお父さんがいた。


「来てたんだ!」


 と飛びつくと、お父さんはあわてて「しーっ」と人さし指を口に当てた。


 お父さんの肩ごしに奥を見ると、みちるさんがどこかと電話をしていた。


「――何でもっと早く! 今から? 無理です、こっちだって空けられません!」


 と、みちるさんは受話器を電話に叩きつけた。


「みちるさん?」


 お父さんがそっと声をかけると、みちるさんは勢いよく振りかえった。

 ずいぶんと興奮していた様子だったけれど、わたしとのどかがいるのに気づいたのか、みちるさんは押さえつけた声で言った。


伊吹いぶき大刀自おおとじが危篤だそうです」


「え! ……大刀自って何?」


 こっそりたずねると、お父さんは「家の主を務める女性のことだよ」と教えてくれた。


「え、じゃあ伊吹のおばあちゃん!?」


 そのおばあちゃんには会ったこともないけれど、それでも危ないなんて言われたらびっくりする。


「みちるさん、早く行かないと。今の電話でも、向こうから呼ばれたんでしょう?」


 お父さんが心配そうな声で聞く。


「行かなくていいんです!」


 みちるさんは強い口調でこたえた。


「そういえば昨日、辺津宮のおじいちゃんが言ってたね。『話をするなら今のうちだ』って」


「あんたたち、やっぱり聞いてたのね」


 みちるさんがわたしたちをにらみつける。眼光が超するどい。


「もしかして、その伊吹のおばあさんとケンカでもしてるの?」


 わたしが聞くと、みちるさんは鼻筋にしわを寄せて言った。


「……昔から反りが合わないの。特に向こうはわたしを毛嫌いしてるし。こんなになるまで連絡ひとつ寄こさないで」


 それでそんなに機嫌が悪いんだ。なっとく。


「でも、昔はお世話になったって聞いてるよ」


 と、お父さんがなだめるように言う。


「それは……。でも、本当に今はわたしが神社をはなれるわけにはいかないんです」


「みずうみの風が止まってるから?」


 のどかが口をはさむと、みちるさんは目を見開き、それからかすかに笑みを浮かべた。


「気づいたの? あんたたち、ちゃんとうみを見るようになってきたわね」


「今は何が起きてるの?」


 わたしが質問すると、みちるさんは真剣な表情で答えた。


「前に教えたわよね。伊吹はみずうみの魂振たまふり、つまり神気を荒ぶらせるのを御役目としているわ。大刀自が倒れたことで、伊吹の力は今弱まっている。わたしたち息長の力が上まわりすぎているの」


「バランスがくずれてるんだ」


 のどかのつぶやきに、みちるさんがうなずく。


「みずうみの風がこの町をきよめているって話はしたわよね」


「じゃあ、ニオが危ない!?」


「そう。風がやんで姫神さまの神気が行きわたらなくなると、幽気がのさばりだす。昨日も黄泉醜女は夕凪をついておそってきた。……それに、神気を鎮めすぎた後どうなるかは、あんたたちも身をもって知ってるでしょう」


 のどかと顔を見合わせる。


「「嵐がくる!」」


「だからわたしはここにいないといけないの」


 みちるさんは重々しく頷いて言った。


「嵐をおさめ、うみをしずかに保つ。それが息長の御役目なのだから」

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