23. 風の喫茶店

 午後の早い時間、わたしたちはお昼ごはんを食べずに神社を出た。


 目指すはもちろんニオの家だ。

 何でもニオの家は喫茶店をやっているらしい。


 みちるさんからもらった地図のメモを見ながら、のどかと湖畔の道を歩く。

 晴れてはいるけれど、空の上では雲の動きが速い。


 道の途中、琵琶湖につき出た小さな港を見つけた。小さな船がたくさん停まっている。

 そういえば昔何度か遊びにいった記憶がある。

 メモによると、淡海あわみ港というらしい。


 港の先は緩い上りになっていて、道はだんだん湖面からはなれていく。


 みずうみに突きでた岬の先には、大きなお店が立っていた。


「わー、かわいい!」


 木造で、三角形の屋根がいくつもつながっている。スイスの山小屋ってこんな感じかも。

 まだ新しくてきれいだけど、昔ながらのデザインといった感じで落ち着いている。


「ここみたいだね」


 のどかは看板とメモを見比べてそう言った。


 お店の名前は『喫茶ウェーブレット』。どういう意味だろう? ウェーブって波?


 ドアを開けると、軽いベルの音が響いた。


「あ、しーちゃん、のんちゃん!」


 エプロンをつけたニオがこちらへ走ってくる。


「いらっしゃい! いきなり呼んでごめんね。お母さんが急に言いだしてね」


 カウンターから出てきた女の人が「あら、いらっしゃい」と声をかけてきた。


「「おじゃまします」」


 のどかといっしょにお辞儀をする。


「ごていねいにどうも。二人とも大きくなったわね」


 と、おばさんが穏やかに笑う。


「しーちゃん、のんちゃん。こっちへどうぞ。とっておきの席があるの」


 そう言ってニオは店の奥に進んでいった。


 店の奥は一面のガラス張りで、今はカーテンが下ろされている。


 横開きのドアを開け、外に出ていくニオについていく。


 外は板張りのテラスになっていて、大きな屋根の下にテーブルが並んでいた。


 そしてニオは一番奥のテーブルへと案内した。


「ご注文は何にしましょうか?」


 と、ニオがエプロンから伝票とペンを取り出す。


「ニオ、店員さんみたい!」


「本物の店員さんだよ。今日はお手伝いなんだ」


 のどかと二人メニューを開く。


「店員さん、おすすめはありますか?」


「オムライス、おいしいですよ」


 のどかに営業スマイルを浮かべるニオ。


 ニオが、あのニオが、まともに接客をしている……!


「いいね。僕も好きだよ」


 のどかが笑いかける。


「のののののんちゃん!? そんないきなりストレートに心の卵がふわふわで将来を誓い合った二人の毎日は半熟でわたしもずっと大好きだよ!?」


 接客モードは二十秒ももたなかった。


 お昼どきも過ぎているということで、ニオもお手伝いを中断してわたしたちといっしょにごはんを食べた。

 出てきたオムライスは卵がふわふわで、デミグラスソースが甘じょっぱくて、つまりはハッピーだった。

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