3. 夜の道を

 車は夜の暗い道を走っていく。


 電灯がぽつり、ぽつりと後ろに流れていく。


 さっき高速道路を下りてからは、ずっとこんな感じの田舎を走っている。

 とちゅう、お父さんは何も説明してくれなかった。


 何か聞いても『ああ』とか『うん』とか返事をするだけだ。

 のどかもずっと黙って窓の外を見ている。まあ、のどかは普段からこんな感じだけど。


 淡海町は、滋賀県の琵琶湖、そのほとりにある小さな町だ。


 考えてみれば、お母さんの実家に行くのは久しぶりだ。五年ぶりくらいかな。


 最後に来たのは、たしか小学校に入る直前の春だった。


 その春の日、お母さんはみずうみでおぼれた二人の子どもを助け、そして自分がかえらぬ人となった。


 二人の子どものうち、一人は淡海町の女の子で、もう一人がわたしだ。


 だけどわたしはその日のことを覚えていない。強すぎるショックを受けると、人間は自分の心をまもるために大事なことでも忘れてしまう。

 お医者さんがそう言っていた。


 だから今、わたしはそんなに悲しくない。


 左手が真っ暗になる。


「琵琶湖だ。もう着くよ」


 ハンドルをにぎったまま、お父さんがそう告げた。

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