異端のダンジョンと正統ダンジョン

足袋旅

プロローグ

序章

「リリ、起きて」


 ママが呼ぶ声がする。

 身体も揺すられ、眠いけれど瞼を擦ってなんとか目を覚ました。

 いつもと違う表情。

 ちょっと怖い顔。


「リリ、よく聞いて。今お外には悪い人がいっぱいいるの。だから隠れなくちゃいけないわ。お母さんかお父さんが良いよって言うまで、クローゼットの中で静かにしていて欲しいの。できるわよね」

「かくれんぼ?」

「そうかくれんぼよ。絶対に見つかっちゃ駄目なの。服の後ろに隠れていてね」


 優しい笑みを浮かべて、ママが私をクローゼットに入れた。

 小さな衣装ケースが置いてあるのだけれど、その上に座らされる。

 ハンガーに掛かった服を寄せるように掻き抱き、自分の周りに寄せた。

 洗濯で付いた石鹸の香りと、微かに香るパパとママの匂い。

 落ち着く匂いが私を眠りに誘う。

 


 何かが壊れる音で、目が覚めた。

 次いで女性の叫び声が響く。


「ママ?」


 叫び声など聞いたことはないが、どこかママの声に似ているものを感じ呼びかけた。

 返事はない。

 続けざまに何かが壊れる音と、言い争う声がした。

 服をどかし、クローゼットの扉に耳を押し当て外の様子を窺う。


「いい加減大人しくしろや」


 聞いたことがない男の声。


「ベイル!ベイルーーッ!!」

「いくら叫んだって返事をするわけねーだろ。とっくに死んでるって」

「いやっ、やめて!離してっ!」

「黙れっつってんだろーがっ」


 鈍い音が響く。


「おいおい、殺すなよぉ。かしらと違って俺は死体と寝る趣味はしてねぇんだからよぉ」

「俺だってそんな気はねーよ。だけど抵抗され過ぎんのも萎えるだろーが」

「死んでなきゃいいけどよぉ。まあ手加減しろや」

「はいはいっと。ほらようやく大人しくなったし楽しもうや」


 知らない男の声だけがする。

 ママがパパの名前を呼んでいたけど、今はもうママの声が聞こえない。


 かくれんぼって言われたけど、気になってしまって外に出てみることにした。

 クローゼットの扉を開けても、皆でいつも寝ているお部屋には誰もいない。

 隣の部屋からガタガタと音がするので、そっちにいるみたい。

 ドアをこっそりと開けて、覗き見た。

 

 びりびりに破けた服を着たママが食卓にうつぶせに倒れ、その後ろで知らない男が荒い息をつきながら腰を動かしていた。

 もう一人男がいて、その人は椅子に座ってその様子を眺めているみたい。

 何をしているか分からないけれど、分かることもある。


 悪い奴だ。


「ママを離して!」


 扉を勢いよく開け、ママの後ろに立っていた男に駆け寄り、足を殴りつけてやる。

 でもビクともしなかった。


「おい、これどうするよ」

「流石に小さすぎるから俺はパスするわぁ」

「俺もだな。誰か好きな奴に渡して恩でも売っとけがいいんじゃないか」

「そうすっかぁ。じゃあ俺が連れていくけど、その女壊すなよぉ」

「分かってるって」


 男の一人が私の後ろ襟を掴んで持ち上げ、宙吊りにされる。

 暴れるけれど首が締まるだけだった。


「は、なし、て」

「暴れんなよぉ。ほら、お父さんみたいになりたくないだろぉ」


 宙吊りのまま体を玄関の方向に向けられる。

 そこには槍で壁に縫い付けられた男の姿があった。


「ほぉら、お父さんですよぉ」


 私を持つ男がそちらに向かって歩いていき、俯いていた壁の男の髪をつかんで持ち上げる。

 顔が見えて、いつも浮かべていた笑顔ではなく、とても怖い顔をしているけれどパパだと分かる。


「パパ?」


 呼びかけても反応が無い。


「そうでちゅよー。もう死んでっけどなぁ」


 死んでる?

 なんで?


「パパ」


 もう一度呼び掛けても、答えてくれない。


「だから死んでるっつってんだろぉ。じゃあ行きますかぁ」


 パパが起き上がってくれないかともう一度呼び掛けたかったが、男の歩みで首が圧迫されて言葉が出なかった。

 外に連れ出され、見えた光景は意味が分からなかった。

 いつも見ていたはずの場所が嘘のように様変わりしている。


 夜のはずなのに、異様に明るい。

 お日様の明るさじゃない。

 地面も空も真っ赤に色づいている。

 村が燃えていた。


 何軒もの家が轟々と燃え盛り、真っ黒な煙が昇り、嫌な臭いが立ち込めている。


 そんな中を吊るされながら、村の真ん中にある泉がある広場へと連れて行かれた。

 男たちが数人たむろしている。


「マルナ。これいるかぁ」


 まるで狩った兎を見せつけるかのようのように男が集団に少女を掲げて見せる。


 その声に、男たちの中で一番大柄な男がこちらを向いた。

 男の視線が私を捉えると、にんまりと笑顔が浮かぶ。


「くれんのか?」

「おう。代わりに今度いい獲物がいたらこっちに渡してくれよぉ」

「交渉成立だ」


 大柄な男が私の両脇を掴むようにして受け取った。

 その力が強くて、首の締まる息苦しさからは解放されたが、顔が歪む。


「おっとごめんな。力が強かったか」


 掴む力が少し緩む。

 真正面にある男の顔は変わらず笑顔のまま、優しそうな声で語りかけてくる。


「俺は力加減がなってなくてな。でもなるべく優しくしてやっからな」

「パパとママのところに帰して!」

「あー、はいはい。そうかそうか。あとで帰してやっからとりあえず俺といいことしような」

「いいこと?」

「おう。すっげえ気持ちいいことだよ」


 満面の笑顔を浮かべ、男は私を燃えていない家の一つへと少女を連れ込んだ。

 その家からは数時間悲鳴が断続的に響き、しばらくして大柄な男だけが外に出てきた。 

 家の中には体液まみれとなった無残な少女の死体が転がっている。



 数日後、村があったはずの場所に行商人が訪れた。

 行商人は首を傾げ、自分の頬を抓った。

 村がどこにも見当たらない。

 何度も訪れている場所で、位置を間違っていないはずだが影も形もない。

 行商人は不思議に思いながらも、次の村に向かって立ち去った。



 これが記録には残っていないが、最初の消失事件。

 その後同じ現象が世界中で起きるが、その規模はまちまちだった。

 十数人の村から、大規模な都市まで。

 大勢の死人が出た場所で謎の消失現象は起きた。



 数十年後、逆の現象が起き始める。

 消失から現出へ。

 世界中に得体のしれない構造物が現れる。


 人間に敵意を持つ魔物を生み出し、財宝を抱く洞窟や塔。


 それを人々はダンジョンと呼称した。

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