DESTINYー絆の紡ぐ物語ー

花城 亜美

序章

遠い昔の御伽話

 人よ 忘れることなかれ

 光あらば闇があることを

 人よ 忘れることなかれ

 闇あらば光があることを


 闇が世界を覆う時

 勇者 騎士 賢者の絆

 世界を照らす光とならん

 龍の咆哮に導かれ

 闇を切り裂く光とならん


 人よ 忘れることなかれ

 光と闇が共にあることを






            ──神々の伝説より




 *   *   *





 静かで穏やかな闇に覆われた地上を、月の柔らかな光と星達の煌めきが照らす夜。

 ある一軒家の寝室で、子どもの声が響く。


「母さん、今日はこの本がいい!」


 幼い少年が本棚から一冊を取り出し、母親に手渡す。

 神々しい白い龍が表紙に描かれた本だった。


「神話なんて随分久し振りに読むわね。さ、ベッドに入って」


 母親は本を受け取ると、息子にベッドに行くよう促す。

 少年が跳ねるようにベッドに乗り横になると、母がそっと毛布を掛けた。

 その時、部屋の扉が開き、大人の男と幼い少年が部屋に入ってきた。


「父さん、兄さん! 今日の本はオレがえらんだよ。はやくよもう!」


 ベッドにいる少年は扉の方に顔を向けて、入ってきた二人に言う。

 その二人は少年の父親と兄であった。


「待って、今ベッドに入るから」


 兄はそう言って弟の隣にある自身のベッドに向かう。その兄を父親は後ろから軽々と抱き上げると、高い所まで持ち上げその場で一回転し、ベッドの上に下ろした。

 嬉しそうに兄は笑顔を浮かべると、寝転んで毛布を自分に掛ける。


「あーいいなぁ!」


「明日お前にもしてやるからな」


 羨ましそうな表情を浮かべる弟に、父親は明るい笑顔を向けつつ兄のベッドに腰掛ける。


「それじゃあ、始めるわよ」


 母親がそう言うと、兄弟は寝返りを打って母親の方に体を向ける。

 そして母親は表紙をめくり、一つの御伽話を紡ぎ始めた。


「遠い遠い昔、地上界が出来るよりもずうっと昔。世界には二人の神様がいました。一人は善い神様のアジェンダ。大いなる光の力を持つ全知全能の神様です。もう一人は悪い神様のハデス。闇の力を持つ邪悪な神様です」


「ゼンチゼンノウって?」


「何でも知ってて、何でも出来るってことだよ」


 全知全能という言葉の意味が分からない弟が投げ掛けた質問に、兄が答える。「ふーん」と弟は理解したのかどうかよく分からない反応を見せて、母親に視線を戻した。

 弟の視線が戻ったところで、母親は話を続ける。


「ある時、悪い神様のハデスは世界を全て自分の物にしようと、アジェンダ様に闘いを挑みました。神様同士の闘いは百年と八十五日も続く長い長い闘いになりました」


「百年もたたかってたら、すっごくつかれそう」


「しーっ、しずかに聞いてて」


 気の遠くなるようなほど長い神同士の闘いを思い浮かべた弟の呟きに、兄は人差し指を唇に当てて弟に視線を送り、静かに聞くようにと窘めた。

 兄に窘められ、弟は真似をして唇に人差し指を当てると、さも自分は何も喋っていないとでも言いたそうな表情で母親を見る。その様子に母も父も思わず笑みをこぼしていた。


「ふふ、さあ、続きを読むわね。闘いに勝ったのは、善い神様のアジェンダでした。アジェンダ様は、悪い神様を魔物達と一緒に深い深い闇の中に封印してしまいました。そうして、世界に平和が訪れたのです」


 母親は話を続けながら、弟の頭を優しく撫でる。


「それからアジェンダ様は、平和の証として三人の聖霊様と力を合わせ、地上界ヒュオリムをお創りになりました。アジェンダ様はその後、闘いと地上界を創るために使った力を回復させるために、長い長い眠りにつきました。眠りについても、アジェンダ様は私達地上界の人々を見守っておられることでしょう。……おしまい」


「神様ってすごいね。悪い神様をやっつけて、地上界もつくっちゃったんだもん」


 御伽話が終わり、弟は感じた事を素直に言葉にしていた。


「そうだな。すごい神様が平和の証として創った世界に生まれたんだから、二人も立派な人になれるように頑張るんだぞ」


 弟の言葉を受け止め、父親がそう言う。


「オレ、りっぱな人になる!」


「おれも」


 父親の言葉を聞いて弟は意気込んだ表情で声を上げる。それに続くようにして、兄も同じ表情を浮かべて言った。


「それなら二人共、明日からちゃんとお野菜も食べるようにしなくちゃね」


 母親は笑みを浮かべながら、幼い二人が嫌っている苦い野菜もきちんと食べるようにと告げた。その途端に二人の意気込んだ表情が、動揺の表情になって固まってしまう。


「が、がんばる……」


 兄弟は口を揃え、やや自信なさそうな声で言った。父と母は堪えられないといった様子で笑い声をこぼしていた。


「さあ、もう寝なさい」


「明日は畑仕事の手伝いをしてもらうからな。いっぱい寝て、元気を蓄えておくんだぞ」


 両親はそう言いながら毛布を掛け直してやり、微笑みながら愛しい我が子の頭を撫でた。


「おやすみ」


「おやすみ、父さん、母さん」


 挨拶を交わしてから、両親は部屋の灯りを消す。部屋も夜の静寂と穏やかな闇に包まれる。

 部屋を出た両親がゆっくりと扉を閉め、部屋には兄と弟二人だけになった。


「兄さん」


「何?」


「明日もいっぱいあそぼうね」


「うん、いいよ」


 静かな部屋に兄弟の声が小さく響く。


「おやすみ」


 二人の声が重なり、二人は同時に同じ深い海色の瞳を閉じた。

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