第二章 異世界編

第5話 ー俺の話を聞いてくれー…ある男の独白

「お帰り。今日も遅かったんだね」


 自然な、柔らかな台詞を出来るだけ心掛けたのだが、やはりどうしてもトゲが入ってしまう。


 だけど、本当にこのままで良いのか、もっと何かするべきではないのか、という焦燥感は大きくなるばかりだ。


 部屋に戻ってきた彼女は、どこか気怠げで物憂げな表情を浮かべていた。

 俺と目を合わせる事がなくなってから、どれぐらい経つだろう。


「疲れてるから。もう寝るわ」


 そう言って彼女は自室にまっすぐ入って行った。もう言い訳を口にする事も無くなった。


 ミトラの所へ行っていたんだろう? そう言いたいのを、今日も堪える。


 彼女、最初はあんなに、女を取っ替え引っ替えしては遊んで捨てている弟を、軽蔑して嫌っていたのに。

 今はもう弟の事を嬉しそうに話ししてばかり。


 だけど、本当にこのままで良いのか?




──様子を見る? どういう意味だ。


 そう問うた俺の視線を、仲間である赤毛の女剣士マルゲリータは、自分の視線と交わらせようとはせず、俺の視線を躱すようにして言った。


「言った通りの意味よ。あの娘は寂しさから、ちょっと気の迷いを起こしただけ。問い詰めたりなんかしたら、事態は解決するどころか、ますます拗れて悪化する」


 ちょっと待てよマルゲリータ。

 ほんの少し前に、自分の彼氏が二股かけていたのを知って怒り狂い、ウチのパーティーから叩き出したお前が言うか、それ!?


 だがそう言いたいのを堪えている俺の顔を見て、憮然とした表情で続けた。


「私とあの娘じゃ全然違うわよ。パンチェッタは、ガサツな私と違って繊細なの」


「自分でガサツなんて言うなよ。自虐の回数が積もると本当に自分が嫌になってくるぞ」


「優しいのね。そんな貴方だから言っているの。彼女はそのうち自分の間違いに気づいて、貴方の所へ戻ってくるわ。

 だからそれまで待ってあげて。彼女を信じてあげて」


 だから彼女を信じる信じないという話じゃない! 俺の弟のミトラの事を言っているんだ!


 そう言おうとしたが、マルゲリータの顔を見て、言っても無駄だと悟った。

 彼女が“必ず”とか“絶対に”といった言葉を一切使わなかった事も、指摘せずに胸に飲み込む。


 俺はマルゲリータに背を向けて彼女のもとを去った。



 まただ。弟が絡むと、どいつもこいつも必ずアイツを庇う。


 あからさまに庇うのならまだマシだ。

 今回のように話を逸らして、有耶無耶にされるのが一番最悪だ。



 最初は単なる俺の嫉妬だと思っていた。

 だから弟を妬む俺自身の浅ましさに落ち込み、自己嫌悪したのは一度や二度ではない。


 だが、あり得るだろうか。


 弟が絡んだ時だけ、皆が皆、判で押したように同じような事を話してヤツを庇うのを。


 皆、弟の“竜殺し”の名に怯えているのかとも思った。

 町中で、偶然肩が当たった行商人を延々と殴る蹴るの暴行を加えて、嬲りモノにした挙句に殺してしまった事を、皆が“仕方が無い”と流してしまったからだ。


 だが違った。「ミトラは、ああいうヤツだからな、仕方が無い」と、まるで近所の憎めない悪ガキがイタズラで門前の植木鉢を割った、ぐらいのノリで話すのだ。


 縄張り意識や仲間意識が強く、スジを通すことに人一倍こだわる商人連中が、だ。

 弟が絡んだトラブルでは、みんな同じような反応なのだ。


 なぜ顔色ひとつ変えず兄を殺せるアイツを、そこまで好男子扱い出来るのか。



 その後、程なくしてパンチェッタは俺と一緒に暮らしていた部屋を去った。

 別に劇的な別れでも何でもない。


 ある日、彼女が弟と談笑しながら部屋に入ってきて、彼女の自室から二人で荷物を持って出てきた。

 そして、もうココには帰らないから、とだけ言って、二人とも出て行った。


 出しなに弟は、俺に蔑んだ目で笑いながら、勝ち誇ったように一瞬、振り向いた。



 あれから俺は、パーティーにはほとんど参加していない。させて貰えない。


 俺が居てると、パーティーがガタついて駄目だから、というのが向こうの言い分。

 理屈は分かる。メンバー同士の連携が乱れるのは、冒険時の生死に直接関わる事だ。


 俺一人よりも弟と彼女の二人。

これも理屈では理解出来る。特にパンチェッタは治癒師だ。冒険時の生命線を大事にするのは当然だった。


 だけど短い期間に二人もメンツが抜けるのは体裁が悪いからと、あっという間に飼い殺し状態にさせられたのはどうなのか。


 これを言い出したのはパンチェッタらしい。


 分け前が更に減るから無理するな、と金銭面は辞退して、俺は精一杯見栄を張った。

 いっそパーティーから追い出してくれた方が、弟と縁が切れてマシだったかもしれない、とは思ったが。


 せっかく故郷を捨てたのに、俺はなぜ弟を警戒する生活を続けなければならないのか。

 どうしてパーティーの仲間もパンチェッタも弟に盗られなければならないのか。



 いくらパーティーのあいつらが隠そうとしたって、もう随分前からパンチェッタがミトラに鞍替えした事は、街の皆が知っている。


 それまで俺と彼女の二人で一緒にいる事の方が多かったんだ。

 相当に鈍い奴以外なら大抵は分かる。

 そして鈍い奴でも今ならもう知っている。


 こうなるのが目に見えていたから、弟をパーティーに入れるのを反対したんだ。

 兄弟なんだろ、兄貴のクセに意地悪するなと押し切ったアイツを恨む。

 マルゲリータに追い出されたけどな。


 仕方がないので、俺は依頼に絡んだ情報収集や下調べ、それに今後に役立ちそうな知識の勉強をする事にしていた。



*****



「今日あたりに来ると思っていたよ」


 馴染みの酒場で、最近のお気に入りの蒸留酒を頼む。

 ニガヨモギから作った元薬用酒らしい。


 冷たい湧き水で割ると、透明な緑色から白く濁った色に変わるのが見てて楽しい。

……そして何より、安い(本音)。


「まぁ、あいつらが依頼から戻るまでしばらくかかるからな」


「もう冒険者は引退?」


「行きたいけど、体の良い軟禁状態じゃあな」


「アイツは、まだ一人でやってるらしいぜ」


 と、マルゲリータに追い出された彼氏の話題が出る。俺は渋い顔で肩をすくめる。


「だから軟禁状態だって言ってる。下手にあいつと組んで、マルゲリータに殺されたくない」


 溜め息をつくと、酒を手に取り一口飲み、独りごちる。


「こんな状態になった原因はそもそも何なんだろうな。……やっぱりあの時の邪竜退治からか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る