第6話 その一方で
「さ、流石に理解が追い付かねぇわ……」
突如として現れた、重厚感漂う木製の扉。
その扉の向こうから覗く、中世の図書館を彷彿とさせる異質な空間。
受け入れ難い光景を目の当たりにしたマコトは、目を見開いたまま頬を引き攣らせた。
そのようにして数秒、目の当たりにした光景にマコトが意識を奪われていると――
「くっくっくっ、中々に良い反応じゃのう?
如何に反応の薄いマコトでも、コイツに対しては驚きを隠し切れなかったとみえる。
どうじゃ? 実際に魔なる法則――所謂【魔法】を目の当たりにした感想は?」
何処が勝ち誇った口調が届いたことにより、マコトの意識はアンジーへと向けられる。
「聞くまでも無いとは思うんだが……この空間はアンジーが生み出したんだよな?」
「答えるまでも無いとは思うんじゃが、まさにそのとおりじゃな!
まあ、コイツは【空間魔法】の一種で【賢人の宝物庫】と呼ばれている魔法なんじゃが――
では何故! そのような呼ばれ方をしているのかと言うと、熟達の者にしか【空間魔法】は扱えんということに加え、賢人と呼ばれる者でなければ空間の固定が困難であるという理由があるんじゃが――」
得意気に胸をそらしながら肯定の言葉を口にしたアンジー。
中指の関節で扉を鳴らすと、【空間魔法】の説明――というよりかは講義を始めてしまう。
「――要は、魔力量と技量によって【賢人の宝物庫】は形を変えるという訳じゃな。
ゆえに、とある賢人は『娘の玩具箱を守れて三流、嫁の衣裳部屋を守れて二流、蒸留酒を嫁から守れて一流だ』。
などという冗談めいた指標を後世に残している訳なんじゃが――……聞いておるのか?」
しかし、講義を行っている途中でマコトが呆けていることに気付いたのだろう。
アンジーは腕を組み、少しだけ拗ねた様子で尋ねた。
「いやいや、普通に聞いてたぞ?
聞いてはいたけど……正直、何を言ってるのかはさっぱりだったけどな……」
「さ、さっぱりじゃと!?
……じゃが確かに、魔法の知識がないマコトにとっては難しい話だったかもしれんのう」
マコトの返答を受け、アンジーは自分に言い聞かせるようにして頷く。
「ならば! その知識を補う為にも儂の宝物庫――【書斎】に案内する必要があるようじゃな!
とはいっても、元よりそのつもりじゃったから【賢人の宝物庫】を使用して見せたんじゃがのう!」
続けて、【賢人の宝物庫】を使用した理由を明かしたアンジー。
くるりと反転してスカートをひるがえすと、「着いて来るのじゃ」と背中越しに声を掛ける。
「ちょっと待ってくれ! そ、その前に一服させて貰えねぇか?」
が、現状に対して理解が追い付いていないマコトからすれば、思考を整理する時間が欲しいというのが本音だ。
加えて、「着いて来るのじゃ」の指し示す場所が、あの異質な空間なのだから心の準備をする時間も必要だろう。
ゆえにマコトは、それらの時間を稼ごうとして「一服」を提案した訳なのだが……
「却下するのじゃ! そんなもの吸ってる暇があるなら、とっとと儂の【書斎】に案内されるのじゃ!」
「お、おい!? 引っ張るなって! こっちにも心の準備ってもんが――」
「準備したところで結局は驚く羽目になるんじゃ! するだけ無駄じゃよ!」
アンジーに容赦なく却下されてしまい、半ば強制的に【賢人の宝物庫】――【書斎】へと繋がる扉をくぐることになった。
「どうじゃ? なかなかに壮観じゃろ?」
「壮観というか何というか……本当に理解が追い付かねぇんだけど……」
アンジーの質問に対し、苦笑いを溢しながら答えたマコト。
そんなマコトの目に映っていたのは、やはり受け入れ難い光景だった。
「まるで中世の図書館……ってかファンタジーの世界だな」
くるりと周囲を見渡してみれば、扉を除く360度が本棚と本で埋め尽くされていることが分かる。
加えて分かったのは、壁が曲線を描いてるということで、この空間が吹き抜けの円柱構造をしているということだった。
「本の量もさることながら……こっちはこっちで目を見張るものがあるな……」
マコトは中央に存在する空間へと視線を送る。
そこにあったのは、円を描くようにして敷かれた芝生。
その芝生の上に置かれていたのは、赤のビロード張りのソファに、同じくビロード張りの足台。
背の低いテーブルは可愛らしい猫足をしており、傍に置かれた硝子棚には、動物を模した銀細工が幾つも並べられていた。
「芝生の上に上等そうなアンティーク家具って……愛好家が見たら怒るんじゃねぇか? ……ん? つーか何だよアレ?」
本棚や柱、絨毯や備品に至るまでアンティークで統一された空間。
その空間に備え付けられた階段を昇るようにして視線を彷徨わせていたマコトなのだが、天井部に差し掛かったところであることに気付く。
「鳥籠みたいな灯りが吊るされてるのは分かってたんだが……」
この円柱状の空間は、十階ほど階段を昇ったところで半円を描くようにして天井部を形成し始める。
そしてその中央部分、そこから発光する鳥籠のようなものが幾つも吊るされており、マコトは洒落た照明程度にソレを認識していた。
「照明っていうか……生き物? いや、クラゲか?」
だが、実際は単なる照明では無かった。
鳥籠のなかに存在していたのは、淡く発光するクラゲのような生物。
その生物が照明の役割を果たしており、その事実に気付いたマコトは、食い入るようにして鳥籠の様子を覗い始めた。
しかし、そうして鳥籠の様子を覗っていると――
「くっくっくっ、口が半開きになっておるぞ?」
アンジーの笑い声と、からかうような指摘がマコトの耳に届く。
その指摘により、慌てて手のひらで口を覆ったマコトは、何処か気恥ずかしげに顎を掻いた。
「し、仕方ねぇだろ! こんな光景見せられたら驚くのが普通だろうが!?
つーか、魔法の知識を補う為にこの場所に案内したんだろ!? とっとと魔法とやらの話に移ろうぜ!?」
マコトは気恥ずかしさの所為か、少しだけ早い口調で尋ねる。
「――うんうん、そうじゃな。そのとおりじゃな」
アンジーはそんなマコトの内心を察したようで、敢えて余計なことを言わずに優しく笑みを零したのだが――
「……アンジー、頭を撫でてやるよ」
「頭を? ま、まあ撫でたいというのであれば撫でさせてやっても構わんが?」
「そうか、ありがとうなアンジー」
「れ、礼には及ばんよ……ん? ちと雑過ぎではないかのう?」
「そうか? 日本ではこうするのが普通だぞ?」
「ぬおっ!? 成程! 文化の違いというヤツか!」
「ああ、文化の違いだ」
「実に荒々しい感じじゃし、頭髪も乱れまくっておるが、これが日本の文化なのじゃな!?」
「いや、嘘だ」
「ほあっ!? う、嘘!?」
「ああ、これは純然たる嫌がらせだ」
醸し出した「分かってるよ」感がマコトを苛立たせてしまったようで、アンジーは髪の毛を弄ばれることになった。
「んもぅ……髪の毛がクシャクシャじゃ……」
アンジーは愚痴を溢しながら手櫛で髪の毛を整える。
そして、満足とはいかないまでも、ある程度のかたちを整え終えると――
「またクシャクシャにされては敵わんし……そろそろ本題に移ることにするかのう。
とはいえ、始めから小難しい話を聞かされても理解が及ばないじゃろうから、まずは基礎中の基礎からじゃな」
ビロード張りのソファに腰を下ろし、本題に移ることを告げる。
「まず覚えて貰いたいのが、魔法とは【魔力】と【魔素】で構成されているということじゃ」
「魔力と魔素……?」
「うむ、噛み砕いて言うと【魔力】というものは内部的要因。
【魔素】というものは外部的要因で、その二つの要因を掛けあわせることで魔法を行使できるという訳じゃな」
アンジーは説明を続ける。
「で、魔法を行使するには、その二つの要因が不可欠であるということは理解して貰えたことと思う。
じゃが、マコトが知りたいのはその先じゃろうし、どのようにすれば魔法を扱うことができるのか? の方が重要じゃろう?」
「ああ、俺が知りたいのは魔物の対抗手段である魔法だ」
「そうじゃろう? ではどのようにすれば魔法を扱うことができるのか――」
アンジーは説明を続けるのだが……
「今のマコトでは魔法を取得することは不可能――ぬおおおっ!? やめろおっ! 髪が乱れるのじゃあ!」
不可能と口にしたところで、折角整えた髪の毛を乱されることになった。
「お前ふざけてんのか?」
「ふ、ふざけてなどおらん! というかじゃな! 人の話は最後まで聞くもんじゃぞ!?
儂は今のマコトでは不可能と言ったんじゃ! それに打開策が無いとも言っておらんぞ!」
「……それが本当なら謝るけど、嘘だったらどうなるか分かってるよな?」
「う、嘘など言っておらんわい!」
アンジーは、「少し癖になりそうじゃな」などという訳の分からないことを呟くと説明を再開させる。
「実際、今のマコトは魔法を使用することは不可――ちょっ!? だから最後まで話を聞くのじゃ!
マ、マコトは魔法を使用することは不可能じゃが、使用する為の身体は出来上がりつつあるんじゃ!」
「……どういうことだよ?」
「マコトと初めて会った時に口づけをしたのは覚えてるかのう?」
「そ、それは覚えてるけどよ」
「んん~何で頬を赤らめておるんじゃ?」
「あ、赤らめてねぇよ! 話を続けろって!」
実際、マコトは頬を赤らめていたが、それを突いて髪を乱されることを危惧したアンジー説明を続ける。
「要は、あの口付けには二つの意味があったんじゃよ。
ひとつは儂の――吸血鬼の体液を送り込むことで、治癒能力を高めるということ。
そのおかげで、マコトの折れた腕もアバラも痛みを感じることが無かったじゃろ?」
「きゅ、吸血鬼の体液って大丈夫なのかよ?」
「問題無しじゃ。血液となればまた話は違ってくるが、体液といっても唾液程度ではさしたる問題にはならんよ」
「す、少し不安な気もするが……で、もう一つの意味ってのは?」
「開く為じゃよ」
「開く……何をだよ?」
「魔力を流す為の路と、魔素に干渉する為の路をじゃよ」
「……ちょっと意味が分からねぇんだが?」
「察しが悪いのう? マコトの世界に魔法は存在していなかったじゃろ?
存在していなかったからこそ、魔力を流す為の路も、魔素に干渉する為の路も閉ざされている状態だったんじゃ。
要はそれらを開く為に、尤も効率の良い形――粘膜を接触させるという形で儂の魔力を送り込み、閉じていた路を開いてやったという訳じゃよ」
「粘膜って……ということは、俺の身体は魔力を通す為の身体を作っている最中ってことか?」
「そういうことじゃ、だから今は使えないと言った訳じゃな」
「だとしたら……今の俺は魔法を――魔物に対抗する武器を持つ資格すら無いってことじゃねぇか……」
マコトは自分の額を叩くと、そのまま目を覆う。が――
「言ったじゃろ? 打開策が無い訳ではないと」
アンジーが希望の糸を垂らす。
「打開策?」
「うむ、今のマコトでは魔法の使用は不可能じゃが、それを覆せるものがある」
「……そんな都合の良いものがあんのかよ?」
「それがあるんじゃな。それがこれじゃ――」
その言葉と共に置かれたのは、刺繍の施された革張りの厚みがある本だった。
「……それは?」
「こいつは【魔法教典】と呼ばれるヤツじゃじゃ」
「魔法教典……宗教的な何かか?」
「ふむ、確かに教典と言うと宗教を思い起こす者も多いと思うが、マコトの世界で例えるならコイツは教科書みたいなものじゃよ」
「教科書? 今からその分厚い本を開いて勉強しろっていうのか?」
「その必要はないから心配は無用じゃ。無用なんじゃが……ちと覚悟がいるぞ?」
アンジーの口調が、軽い口調から重いものへと変わる。
「マコトの事情は分かっておる。
一刻も早く探し人や両親の仇である【はぐれ】を追いたいのじゃろう?
じゃが、今のマコトでは探し人を見つける道中で魔物に殺されてしまうのがオチで、どちらの目的も達成することは不可能じゃろう。
じゃから、異世界での案内人を失いたく無い儂は二択を用意してやることにしたのじゃ。
ひとつは、時間を掛けて魔物に対抗する手段を身につけること。
もうひとつは、荒療治で魔物の対抗する手段を身につけるということじゃ」
「そんなもん、後者に決まってるじゃねぇか」
「……下手したら死ぬ可能性もあるんじゃよ?」
「なっ……!?」
マコトは躊躇する。
「ひとつ聞くが……俺が目的を果たそうとしたら、確実に死ぬのか?」
「確実じゃ」
「そうか」
しかし、躊躇したのもそのような会話を交わすまでの僅かな間で――
「だったら、俺は後者を選ぶわ」
マコトは荒療治を選択した。
「……偶然の出会いじゃったが、儂はマコトを気にいっておる。
できれば前者を選んで欲しかったところじゃが、マコトはソレを許さんのじゃろ?」
「ああ、悪いな」
「では止めんよ。マコトよ。本に手を置くが良い」
アンジーに言われるがまま、マコトは魔法教典に右手を置く。
「意識を強く持つんじゃよ?」
そして、不安そうなアンジーの声が聞こえた瞬間、マコトの意識は黒く沈んでいった。
横たわるマコトの頭を、膝の上に乗せたアンジーは独り呟いていた。
「何とも奇妙な世界じゃのう。
親父殿の書斎にあった本でこの世界のことを学んだが、儂の世界とこの世界では妙な共通点が見受けられる。
木火土金水じゃったか? あの考えは儂の世界の魔法の理に似通ったものがある。
それに【気】じゃったかのう? あれも【身体強化魔法】に通ずる何かがあるのう」
アンジーは笑う。
「面白い! 実に面白いのう!
きっとこの世界には、儂の世界で強者と呼ばれた者達も転移させられておる筈じゃ!
そいつらはこの世界で何を起こす!? この世界の住人はどのように対応するんじゃろうな!?
ともあれ、異世界と化したこの世界で起こるのは間違いなく、人魔入り乱れる争いじゃ!
くっくっくっ――なぁマコトよ? お前はこの世界でどう生きていくのじゃ? 儂はそれを見届けるのが楽しみで楽しみで堪らんよ」
そして、愛おしげにマコトの頭を撫でると、絶対者たる笑みを溢し――
――東京都 渋谷
「アっちゃん! やばいって! 逃げようよ!?」
「オサムぅ~何ビビってんだよ? こんなん、緑色の肌をしたただのガキだろうがよ?」
「あ、あっちゃんはアニメを見ないから知らないかもしれないけど!
そ、そいつはゴブリンなんだよ!? 狡賢くて人を食い物にするような魔物なんだってば!」
「ゴブリン? こいつらの名前か?」
「そ、そうだよ! ってか、名前なんていいから早く逃げようよ!!」
「オサムぅ~、俺に逃げろって言ってんのか?」
「だ、だからそう言ってるじゃん!!」
「本当、お前は昔からビビりだよなぁ~」
狼狽えるオサムに対し、「アっちゃん」と呼ばれた男は余裕な態度を崩さない。
彼の自信を支えるのは何なのか?
渋谷の悪ガキ共を束ねる統率力ゆえか?
それとも、反則で敗退はしたものの、全国区の誠心空手で絶対王者と呼ばれていた者を破った自負ゆえか?
ライオンのような頭髪を真っ赤に染め上げた獅子堂アギトは、異形相手に欠片も怯まない。
「なんだろうな? この前の地震からめちゃくちゃ調子良いんだわ!」
アギトは空手で身に付けた技を異形相手に振るう。
「ぐぎゃ!?」
回し蹴りによって異形――ゴブリンの頭が爆ぜる。
「おらッ!! もういっちょ!!」
「げぎゃ!?」
ただの前蹴りで、ゴブリンの内臓に甚大なダメージを与える。
それらの暴力行為は、十数体のゴブリンに与えられることになり――
「は、ははっ! や、やっぱアっちゃんはすげぇや!!」
「そう思うなら、ススス、スタバの女店員から番号聞いて来いよ!」
「……ああ。可愛いって言ってた子だよね? 言い難いんだけど、あの子オークに殺されたみたいだよ?」
「はぁ!? まじで言ってんのか!?」
「ごめんだけど、まじ」
「……ざっけんな!! まじざっけんな!!」
「へ? アっちゃん泣いてる?」
「泣いてねぇよ!! なぐわげねぇだろが!?」
「結構ガチ目に好きだったんだね……」
ゴブリンが作る血だまりのなか、なんとも反応しづらい会話を交わすのだった。
――京都府 伏見
「お逃げ下さい! ここは私達が引き受けますゆえに!」
とある境内の一角、そこには巫女装束の女達と、トカゲを人型にしたような異形達の姿があった。
「シャルルルルルル」
「「「ひいっ!?」」」
巫女装束の女達は、トカゲ――リザードマンの発する音に思わず悲鳴を上げる。
だが、それでも尚引こうとしない。
何故なら、彼女たちの後方には【姫巫女】と呼ばれる守るべき女性が居たからだ。
「は、早く――ひぎゃっ!?」
「カ、カンナ様! 逃げて――おごっ!?」
巫女装束の女達は、リザーマンの槍によって、薙がれ、突かれる。
しかし、一人、また一人と絶命しているというのに、カンナと呼ばれた女性は逃げる素振りを欠片も見せはしない。
それどころか――
「ええ気味や。ようやく死んでくれはるん?」
巫女装束の女達に、そのような言葉をのたまった。
「……?」
巫女装束の者達は絶句した。
【姫巫女】と称されていたものの、紐結カンナは生まれつき身体が弱かった。
ゆえに傷つけないように、容易に触れてはいけない宝のように扱ってきたのだ。
それはもはや神仏を扱うのと同様のもので、大事に大事に、決して汚してはいけないモノとして扱ってきた。
だというのに、カンナから聞かされたのは無慈悲なる言葉。
その為、巫女装束の女達は、その言葉を受け入れることができず、絶句ののち、声を荒げた。
「お、お前は誰だ!? カンナ様は決してそんなことを言ったりはしない!!」
「カンナ様!? 本当のカンナ様は何処に行かれた!?」
「は、早く駆けつけてお守りせねば!」
その言葉を聞いて、カンナは溜息を漏らす。
「あんたらはいつもそうや。そうやって見たいものしか見ようとせん。
分かるか? 何も無い三十畳の部屋で、十八年間も神さんみたいに扱われてたうちの気持ちが?
分からんやろ? 籠に閉じ込められたうちの気持ちなんて? あんたらは自分が救われるのが一番なんやからな?」
カンナは言葉を続ける。
「せやからな? うちはこの染みたれた場所から出ていくんや。
地震の日からみるみる体調がようなってな。今じゃお陽さんが心地ええし、あんたらが奉った力も十全に使えそうなんや。
まあ、この歳まで育ててくれた両親には悪いとも思うとるんやけど……うちを利用してさんざん稼いだやろうし、親孝行なら充分にしたんとちゃうん?
てなことで、うちはこれから自由を謳歌するゆえ引き止めんでな?」
「だ、だれが偽物など引き止めるか!!」
「そ、そうだ! 出てくなら勝手に出ていけ!」
「……ほな、出ていきますわ」
そう言うと、カンナは目の前に迫るリザードマンを脇に差した刀で――いとも簡単に両断してみせる。
「なっ!? そ、それだけの力があるなら残りのヤツらも!!」
「いやや」
「な、なんで!? 私達を見殺しにするつもりか!?」
「見殺しも何も……あんたらは散々うちを殺してきたやろ?」
「は?」
カンナはそれ以降振り返らない。
悲鳴が響き渡るなか、足取り軽く、石の階段を蹴下りるのであった。
――神奈川県 鎌倉
『な、なにが起きたんだ?』
そう溢したのはラグ=ホーインス。
実力は高いものの、生真面目な性格が災いして、まっとうな評価が得られない冒険者――所謂なんでも屋だ。
「きゃあああああああああ!!」
そんな生真面目な男に、つんざくような悲鳴が届く。
『一体何が!?』
ラグが周囲を見渡すと、目に映ったのはゴブリンに襲われる女性。
その瞬間、ダグは恐ろしいほどの速度で女性の元へと辿り着く。
『大丈夫か!?』
「え? え?」
ダグの言葉は伝わっていない。
だが、西洋風の顔立ちの整った男が助けに来てくれたのだと、女性は理解することができた。
『ハッ! フッ!!』
ダグにとってはゴブリンなど取るに足らない容易な相手だ。
一匹、更に一匹と両断していき、更にはオークまでも両断して見せる。
そしてその瞬間、周囲から大きな歓声が上がった。
『ゴ、ゴブリン如きで何故歓声が? ……そ、それよりもお嬢さん、怪我はないかい?』
「えっ――はい!」
女性はやはり言葉を理解していなかったが、整った顔から向けられた笑顔に思わず肯定の言葉を返した。
続けて女性が口にした言葉は――
「あ、あのお礼がしたいのでお食事にでも行きませんか?」
そんな他愛も無いお誘いの言葉だった。
勿論、その言葉をダグは理解していない。
しかし、女性が行うグラスを傾けるような仕草や、フォークを口に口に運ぶような仕草。
そのような仕草により、ダグは食事に誘われているのだと理解する。
『食事か……』
ダグは周囲を見渡す。
すると目に映ったのは、海風の香る自分が与り知らない風景。
その風景を視認したダグは、転移させられたという自覚も有ってか、情報収集の必要があると判断する。
『では、御招きに預かろう』
従って、ダグは女性のお誘いに対して、頷くことで返事を返したのだが……
この瞬間にダグの運命は大きく転んでしまったのだろう。
翌朝、ダグは頭痛と共に目覚める。
そんなダグの横に居たのは、食事に誘った女性――もとい全裸で寝息を立てる女性だった。
ダグは昨夜のことを思い出す。
『確か……女性に食事に誘われて、喉の痺れる酒を飲んで……』
ダグは笑みを浮かべる。
『ふふっ、楽しかったな……皆が僕を囲み、酒を注いで、笑顔で僕の肩を叩いたんだ』
ダグはニヤケる口を押さえながら独りごちる。
『ゴブリンやオーク如きを殺したくらいで……ここでは英雄になれるんだ』
「あれ……起きたの? ――ちょっ!? んんっ、ふっ、あっ」
ダグは、隣で瞼をこする名前も知らない女性に口づけをする。
寝起きの口臭が気になったが、濃厚な口づけを交わすと女性の身体に覆いかぶさった。
『ここは僕が認められる世界! 僕を認めてくれる世界なんだ!』
旅の恥はかき捨てと誰が言っただろうか?
勿論、そのような言葉をダグは知る由もないが――
『ここは僕が居た世界じゃないんだ! 好きなようにやってやるさ!!』
似たような意志をもって性を貪った。
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