第7話 緑埜航平「僕はサラさんに恋をした」

「何かお召し上がりになりますか?」




 サラさんが僕におしぼりを渡しながら言うた。


 流石に拭いてくれるわけないわな。




 そこで、またもや胡桃沢が邪魔してきた。




「サラちゃん! その野菜スティック! ミドくんに、アーンしてあげて! アーン!」




 胡桃沢ぁっ!! コイツ、なんてええヤツなんや!!




「え!?」




 びっくりしたサラさんは、そう言うと、恥ずかしそうに野菜スティックにドレッシングを付けて、僕の口元に持ってきた。




「どうぞ、アーンです」




 う、嬉しい! けど、僕はそれを食べる気にならへんかった。


 サラさんが持ってきたのがニンジンやったからや。




「ごめん、僕、ニンジンあかんねん」


「なにそれ! 子どもじゃないんだから!」




 胡桃沢の言う通りや。


 確かに僕の味覚は子どもや。


 大人になっても、ニンジンのあの味は受け付けへん。




「お気になさる必要はありません」




 サラさんが穏やかに言うた。




「食の好みが人により異なるのは当然のことです。その上、人参に含まれる栄養素はすべて、他の食材で補えます。


 ですから、人参を召し上がれないことに、まったく問題はございません。


 わたくしも、セミやトカゲを食べることはできませんが、元気に育っております」




 めっちゃ優しい!


 こんな僕のことをフォローしてくれるやなんて!


 好きや!




「確かにそうだけどさ」




 胡桃沢はなんとかして、僕を陥れたいみたいや。




「それにさ、ミドくん、男のクセに家に帰ったら、犬とイチャイチャしてんだよ!」


「性別は関係ないんじゃないか?」


「で、犬の名前がマルクって言うんだけどさ! なんでマルクかって言うと!」




「まあっ!」




 サラさんが、胡桃沢の言葉を遮って感嘆の声を上げた。




「わたくしの家の犬もマルクというのです!」


「え!?」




 僕もびっくりした。




「もしかして、サラさんの犬もドイツの……」


「左様です! 感激です!」




 僕も感激です。


 もしかして、これは運命ですか?




「上目遣いで見てくるあの目が、とても可愛いですよね」


「は、はい……」




 嬉しそうな顔も、めっちゃ可愛い。




「まあまあ、変わった名前の付け方をする人間が、たまたま揃っただけだって」




 肩をすくめて呆れる胡桃沢を、青砥さんが宥めた。




「サラちゃん、学校とは全然違うし……こんなテンション高いサラちゃん見るの初めてだわ」


「え? サラさんって女子大生なん?」




 胡桃沢に訊いた。




「友だちだって言ったじゃん」


「桃花さんと同じ大学の3年生です」




 頭を下げるサラさんも可愛い。




「もしかして、サラさんの趣味って……」




 フルートや! フルートに決まってる!




「わたくし、読書を少々嗜みます」


「最高や!」




 もしかして、これは運命ですか?




「あんた、フルート吹く美人しか女と認めないんだよね!」


「そうなのですか?」


「何言うてんねん! 読書とフルートは九分九厘一緒やろ!」


「そうなのですか?」


「そんなわけねーし!」




「だいたい、大学の学費を賄うために、夜に水商売するなんて、めっちゃ健気やないか!」




「アンタ、キャバでバイトしてる女子大生は卑猥なビッチって言ったよね!」




 胡桃沢は立ち上がって言うた。




「夜にキャバで働いてる女子大生と、キャバ嬢が昼間に大学で真面目に勉強してるのとは、全然意味合いが違うやろ!」




 僕も立ち上がって言うた。






「テメエ、いい加減にしろよ!」




 青砥さんが僕と胡桃沢をなだめようとしたとき、遠くの席からでかい怒声が聞こえた。


 見ると、客の男三人とさっきの黒服さんが揉めてるらしい。




「早くあの女、連れて来い!」




 男たちが、こっちを見て言うた。


 たぶん男たちが求めてるのは胡桃沢、ではないはずや。




「ちょ、ちょっと、お待ちください!」




 黒服さんが止めるのも気にせんと、三人はこっちに歩いて来た。


 嫌な予感しかせえへん。




 もしかして、これも運命ですか?

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